牛脂

深川夏眠

牛脂


 昔々、曽祖母がさるお屋敷に勤めていたとき、決して入ってはいけない土蔵があったという。主のお妾さんの生んだ子供がくだんだったので、隠して育てていて、食事を運ぶのは奥様の役目。お盆の上にはつのを磨くための獣脂の塊まで載っていたとか。


 さて、奥様は自らに子がいないため、夫の愛人が生んだ子供の面倒を嫌々見なければならない、そんな屈辱に身を震わせつつ、更に深刻な不快感と不安に苛まれていた。

 くだんとは、牛の体に人の頭を持つ怪物とか、逆に人間の頭部が牛になっているだとか、本で読んだけれども、土蔵に幽閉されているのはどちらでもなかった。それは性別の違う二人。不健康な青白い肌をした細い手足を持つ双子。まがかたない少年と少女なのだが、いずれも二本ずつ角を生やしている。

 だが、奥様が異形の二卵性双生児を恐れるのは、彼らの外見より振る舞いのせいなのだ。二人は始終、着物の前をはだけて互いを掻き抱き、顔を寄せて唇を吸い合うかと思えば、角を磨くために奥様が用意した獣脂を、口に含んでは吐き出しているのだった。

 このまま日が経って少女の腹が膨らんだらどうしようと考えると、夜もおちおち眠れない。そして、生まれて来る赤ん坊がどんな姿をしているか想像するたび、奥様は浅い眠りの中で悪夢にうなされるのだった。



                 【了】



◆ 初出:ホームページ antipatadis(旧タイトル「脂」)2015年9月


*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/hmNPGJgr

**縦書き版はRomancer『珍味佳肴』にて無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=20414&post_type=epmbooks

***Romancer『掌編 -Short Short Stories-』には【圧縮版】を掲載。

   https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts


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牛脂 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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