その六、右目はまだやれぬ
a 恐ろしくもそれなりに楽しい日々
秋津綾人が師匠の弟子として過ごした年月はけっして長くない。
大学一年の五月から、三年の夏の終わりまでである。
長い人生のなかではたった二年という短い時間だったが、綾人はあれから何年か経ったいまでも、あの日々のことを鮮やかに思い出す。
お化け屋敷、二階の一室に灯る電気と、そこからじぃっとこちらを見つめる人影。書斎の静謐な空気。師匠の着物、貝の口の博多帯。巽の淹れる紅茶や、姉御のつくるご飯。何度も綾人たちを助けたあざらし様。マークXに流れるご機嫌な洋楽。心霊スポットを巡礼し、師匠に振り回され、閉じ込められたり足を掴まれたり驚かされたり(スマホを落として液晶割ったり)、逃げたり、逃げたり、まれに撃退したり、やっぱり逃げたり。
基本的には、恐ろしくもそれなりに楽しい日々だった。
慣れとは怖いもので、あの頃はどんな経験も一つ一つがこのうえなく恐ろしかったものだが、耐性のついたいまとなってはいい思い出だ。十一号館幻の七階に迷い込んだことも、繰り返し飛び込み自殺をするサラリーマンも、人工的に作られた心霊スポットも、師匠を道連れにしようとしたあの踏切さえ。
だがたまに、思い出すのも憚られるほど恐ろしい目に遭うことも、確かにあった。
それは大学一年の夏休み。
師匠との日々のなかでも五指に入る出来事であったと、いまでは思う。
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