カリノヨランナウェイ

麻(asa)

 

「紫さん。サヴィーニさんがいらしてます」


 コックシャツに着替え、キッチンに入ると、ホールスタッフに呼ばれた。

 駆け足になりそうなのをこらえながらフロアに出ると、いつもの壁際の席で、彼女はやわらかく微笑んでいた。


「お久しぶりね、ユカリさん」

「もういらっしゃらないかと思ってました」


 思わず本音がこぼれて、頬が熱くなるのを感じる。恥ずかしい。

 彼女のまっすぐな目に悟られたくなくて、私は少し顔を伏せる。


「前回お邪魔して、もう5年が経つんだものね。そう思われても仕方がないわ」

「でも、お変わりないようで安心しました」

「あなたは大人になったわね、最後に会ったときはまだ高校生だったのに。ドルチェの一部を任されてるんですって?」

「パンナコッタとかバニラアイスとか、簡単なものばかりですけど。製菓学校を卒業して、父が……オーナーが、キッチンに入れてくれるようになって」

「そう」


「お待たせしました、マルゲリータでございます」

 ホールスタッフが、彼女のテーブルに焼きたてのピッツァを運んでくる。営業時間も終わりに近づき、客は彼女ひとりだけだ。

 ゆっくり話していたいところだけれど、明日は貸切パーティの予約が入っているので、料理の仕込みを手伝わなくてはならない。

「すみません、そろそろ仕事に戻ります。どうぞごゆっくり」

「ええ、ありがとう。お話できてよかったわ」



「珠洲乃(すずの)さん、来てるのか」

 キッチンに戻ると、父がたくさんの食材を調理台に並べているところだった。

「うん」

「父さんの言った通りだったろ。忘れたころにまた来てくれるって」

 誇らしげに言われたのがなんだか悔しくて、私は無言でじゃがいもの皮むきに取りかかる。本当は、「珠洲乃さんを忘れたことなんてない」って反論したかったけれど。


 珠洲乃・サヴィーニさんは、父の恩人のひとり娘だ。料理の修行をするため、父は18歳でイタリアに渡った。しかし、見知らぬ日本人に料理の腕を仕込んでくれるようなリストランテはなかなか見つからなかった。その日食べるものにも困るほど金がなく、途方に暮れていたところに、珠洲乃さんの母である櫻子さんが通りかかったのだ。

 同じ日本人だとわかると、彼女は父を自宅に招き入れ、手製のピッツァを食べさせてくれた。その美味しさに感銘を受けていると、イタリア人の夫がピッツェリアを経営しているという。父は必死に頼み込み、その店で働かせてもらえることになった。

 そして10年にわたりイタリアンピッツァの何たるかを叩き込まれ、日本へ帰ってきた。店を開く資金を集めるために雇われシェフをする中で母と出会い、結婚し、私が生まれた。その後念願だった自分の店を持ち、経営が軌道に乗ってきたころに、珠洲乃さんは突然訪ねてきたのだ。


 父はイタリアにいたころ、行方不明の娘について、オーナー夫妻から一度だけ話を聞いたことがあった。スポーツが得意で、賢く真面目だった彼女の格好がいきなり派手になり、家をあけることが増えた。無断外泊までするようになったので問い詰めると、家を飛び出してしまい、それっきりだという。年齢は父の2歳下だそうだ。

 涙を流す妻の肩を抱きながら、師匠のアントニオさんは父に言った。あの子はきっと、今もどこかで生きている。この家には戻ってこないかもしれないが、いつかどこかで君と出会うことがあるかもしれない。私たちに恩を返したいと思っているのなら、そのときはあの子を助けてやってほしい、と。

 そしてそれは、現実になった。逃げ込むように店へ入ってきた彼女を見て、父はすぐに恩人の娘とわかった。髪と瞳の色はアントニオさん、肌の色と顔の造形は櫻子さんのそれとよく似ていたからだった。父は何も聞かず、珠洲乃さんを壁際の席に座らせ、目の前に焼きたてのマルゲリータを出した。彼女は黙ってそれを頬張り、涙を流したという。


 そうして父と珠洲乃さんの奇妙な関係は始まり、今も続いている。時に数ヶ月、数年という間を空けながら。

 母が事故で亡くなった時も、17歳の私が珠洲乃さんに好きだと告白した時も、それは小さな川のせせらぎのように、ただ静かにそこにあった。



 からんからん、とドアベルの音が響く。ホールを掃除していたスタッフが、準備中の看板を出してくれていたはずなんだけれど。

「ああ申し訳ありません、営業は先ほどしゅうりょ、」

 何かが弾けるような音がして、スタッフの声がおかしなところで切れる。直後、小麦粉の袋を高いところから落としたような、重く鈍い音が響いた。

 父が作業をやめ、キッチンを出ていく。後を追おうとすると手で制され、それ以上動くことができなかった。呼吸をするのもためらわれるような、この異様な空気は何なのだろう。考えるよりも先に、胸が痛いほど鳴り出している。

 汗まみれになった手を壁につき、震える身体を支えながら、キッチンの出入口の横に座りこんだ。ホールをおそるおそる覗き見ると、父の足元に、赤黒い池ができている。ついさっきまでせっせと働いていたホールスタッフの彼が、その中心で倒れていた。青白く、ぴくりとも動かない手足は、捨てられた着せ替え人形のようにも見える。

 胃から酸っぱいものがあがってきて、私は反射的にそれを飲み込む。私がここにいることを知られてはならない。本能がそう訴えかけていた。

 からからの喉を手で押さえながら、目線を上へ移していく。父の大きな背中の向こうで、珠洲乃さんが何食わぬ顔でコーヒーを飲んでいる。そこへ、見たことのない男たちが銃口を向けていた。


「ジウ・ガットってのは、お前だな?」


 唯一拳銃をかまえていない、真っ黒なスーツに身を包んだ男が訊ねる。聞いたことのない名前だ。珠洲乃さんはふうーっと長いため息をついたあと、コーヒーカップをソーサーへ戻す。

「せっかく日本に戻ってきたってのに、コーヒー1杯ゆっくり味わうこともできないなんてね。ヤクザを買収するなんて、あいつらも落ちたもんだわ」

 んだとコラ! と声を荒げる若者をまあまあと宥め、スーツの男は妙に甘ったるい声を出す。

「おれたちみてえなのは、すっかり居づらい土地になっちまったからなあ。若い衆を食わしてくのも一苦労よ。よそのお国の奴らだろうが、金受け取っちまったら、やることやらねえわけにはいかねえのよ。わかんだろ?」

「へえ……そいつは、お気の毒さまっ!」


 それが始まりの合図だった。珠洲乃さんがテーブルを勢いよくひっくり返し、銃声が狭い店の中で響きわたる。

 思わず目を瞑り、耳を塞ぐと、あたたかくて重いものに包まれた。大好きな、トマトとチーズの香り。


「……父さん?」

「紫、おまえは裏口から逃げろ」

「え、父さんは」

「一緒には行けない。珠洲乃と店を守る」

「え、やだ、一緒に逃げようよ父さん!」

「だめだ!」


 豪雨の中をつんざくような勢いに、私は何も言い返せなくなる。母が死んだことを私に伝えたときだって、こんな顔はしなかったのに。

 ああ、この人は、とっくに決意しているんだ。覚悟を決めているんだ。それが何に対するものなのか、知らないふりをするように、私の両目からは涙がこぼれ落ちてくる。父はそれを太い指で不器用に拭い、私を裏口の方向へ突き飛ばした。


 足腰をなんとか立たせ、ドアノブを回し、暗い外に飛び出す。女の店員が逃げたぞ、と叫ぶ声と、数人の足音が私を追い立てる。もつれそうな足を動かすことに精一杯で、助けを呼ぼうにもうまく声が出ない。22時を過ぎた静かな住宅街では、通行人を見つけることさえできなかった。


 やがて、自分がどこを走っているのか分からなくなった。体力も底をつき始め、意識がもうろうとしてくる。

 何かに蹴つまずいて座りこんだところを、髪の毛をつかんで引っ張り上げられ、物陰へ引きずられていく。ぶちぶちという嫌な音が頭の中でこだまする。


「手間かけさせやがって、おとなしく死ねよクソガキが」


 首筋に刃物のようなものがあてられる。徐々に皮膚が裂かれていき、熱さにも似た痛みが走る。そこから溢れ出たものが胸元を通るのを感じたとき、私は抵抗をやめて目を閉じた。あとは、最初で最後の死の感覚に身を預ければいい。

 そう思った矢先に、男の手の力が緩んだ。かつん、と、刃物がコンクリートの上に落ちる音。目を開けると、彼の肩に、小さな注射器のようなものが突き刺さっているのが見えた。


「あ……なんら、こえ?」


 男は、自分の身に何が起こっているのかさえ把握できないようだった。原因を確かめようと、肩に手を伸ばそうとするけれど、それは枯れた植物の茎のようにだらりと下がってしまう。そしてあっという間に、膝から地面に崩れ落ちてしまった。口を大きく開け、喉仏を上下させているので、生きてはいるようだ。もしかしたら、死ぬよりもかわいそうな状態なのかもしれないけれど。


「ユカリ!」


 名前を呼ばれて、反射的に顔を上げる。そこには、いつもきれいに整えられた赤髪を振り乱し、白い肌とブラウスのあちこちに血の染みをつけた珠洲乃さんが、肩で息をしながら立っていた。

 自分が置かれた状況も忘れて、私はつかの間、その姿に見惚れた。


 この人は、なんて美しいんだろう。


 差し出された手をつかみ、なんとか立ち上がる。と、そのまま腕を引かれ、きつく抱きしめられた。いつもかすかに感じていた異国の香りが、胸いっぱいに広がる。


「怖い目に合わせてしまって、本当にごめんなさい。大丈夫? 怪我してない?」

「えっと、転んだときのすり傷くらいで……」

 言いながら、首に手をやる。べったりとした感触とともに痛みがよみがえってきて、ついさっきまでそこにナイフを押し当てられていたことを思い出す。

「ちょっと、胸元が血まみれじゃない!」

「あ、はい、傷はそんなに深くないと思うんですけど」

「こいつにやられたの?」

 珠洲乃さんは、足元に転がる男を顎で示す。その声は落ち着いていたけれど、目の奥がぎらぎらと光っている。

 小さくうなずくと、珠洲乃さんは無言で長い脚を持ち上げ、ハイヒールの尖った踵で男の頭を蹴り飛ばした。男は小さなうめき声をあげたけれど、それ以上は何も起こらなかった。


「その人、死んでるみたいだけど生きてるんです」

 私が言うと、珠洲乃さんは得意げに笑う。

「あったりまえでしょ。私が改良した、とっておきのお薬を打ち込んでやったからね。死ぬことはないから大丈夫」


 いったい、何が当たり前で大丈夫なのだろう。あんなふうに銃を向けられても涼しい顔をしていたのだから、何か私にはわかりえないことに関わって生きているのだろうと予想はできるけれど。

 そういえば父は、珠洲乃さんがどこで何をしている人なのかということについて、今まで何も教えてくれなかった。

 そうだ、父は。


「あの、父は無事なんでしょうか」

「タケなら平気よ。私の横で若いヤクザひとり伸してたわ」


 あの人強いのねえ、と珠洲乃さんはくすくす笑う。父は筋トレが趣味で、さらに毎週格闘技を習いに行っている。ただ鍛えるのが好きなのかと思っていたけれど、思わぬところで実践する羽目になったようだ。



「傷、みせて」


 珠洲乃さんの細い指先が、鎖骨のあたりにやわらかく触れて、肩がびくんと跳ねる。


「痛い?」

「いえ……平気です」


 傷自体はやっぱり浅くて、とっくに血も止まって塞がりかけているのがわかる。そういう意味で平気と答えたけれど、心の中は全然平気じゃなかった。

 だって、ずっと昔から好きだった人に抱きしめられた上、今度は肌に触れられているのだ。そんなことを考えている場合じゃないけれど、事実であることに変わりはない。珠洲乃さんに助けられて、一度は落ち着いたはずの心臓が、また大きな音を立てて脈打ち始める。


 服の上から私の全身をおおまかに点検して、珠洲乃さんは乱れた髪をそっと梳いてくれる。

「うん、首の切り傷以外はたいしたことないみたいね。よかった」

 至近距離で微笑みかけられて、頭がくらくらする。それが恋心のせいなのか、とても現実とは思えないできごとに巻き込まれたショックによるものなのか、もはや判断がつかない。とにかく冷静になるためにも、彼女にすべてを説明してもらう必要がある。

「あの、珠洲乃さん」

 絞り出した声を、けたたましいサイレンの音が遮った。珠洲乃さんはその方向を見やり、苦笑する。


「さっすが、日本のケーサツは仕事が早いわ。ユカリ、ちょっと移動しましょ」

「え、でも……」

「ごめんね」


 珠洲乃さんが不意に浮かべた切なげな表情に、私は言葉をのみこむ。


「警察に事情を説明することも、あなたを引き渡すこともできない。だから、タケの店に帰してあげることもできない。でも、あなたのことは私が絶対に守る。今は信じてついてきてほしい」



 大通りに出てタクシーをつかまえ、少し走った先にあるコインパーキングに、珠洲乃さんの車は停まっていた。

 後部座席に乗り込み、彼女がトランクの中から選んでくれた洋服に着替える。さすがに、血のついたコックシャツのまま外をうろつくわけにはいかない。肌触りのいいニットも、きれいな色のスカートも、さっき抱きしめられたときに感じた彼女の香りと同じようで、何となくどこかが違っていた。

 珠洲乃さんは運転席で、じっと考え事をするように煙草を吸っている。


 着替え終わり、助手席に移る。珠洲乃さんはこちらを見てうすく微笑み、携帯灰皿で煙草をもみ消す。

「サイズは大丈夫みたいね。それじゃ、これは私からのプレゼント」

 そう言って彼女は、運転席と助手席の間にある収納ボックスを開ける。するとそこには色とりどりのスカーフが、花の蕾のように行儀よく丸まって並んでいた。

「今のユカリに似合うのは、この色かな」

 そのうちの1枚を、珠洲乃さんは迷いなく選び出し、広げてみせる。それはほんのり赤みを帯びた、すみれの花が一面に描かれたスカーフだった。彼女はそれを細長く折りたたみ、私の首にそっと結ぶ。

「うん、やっぱり似合う。傷も隠れてイッセキニチョーね」

 額や頬が、また熱を帯びてくる。まだ夢の中にいるような気分の私は、贅沢な望みをぼんやりと浮かべる。この気持ちが、言葉にしなくても伝わればいいのに。そして彼女がそれを、ほんの少しの齟齬もないまま、受け入れてくれたらいいのに。

 エンジンが音を立てて、車はゆっくりと動き出した。


 話せる時間ができたらあれこれ尋ねようと思っていたはずなのに、いざその時が来ると私は、口を開くことさえできなかった。珠洲乃さんも運転中は一言もしゃべらず、車の中は静かにラジオの音声が流れているだけだった。

 今振り返ってみればそれは、どんな事情があろうとも、私はこの先この人と生きていくんだという確信と覚悟、守られているという安心感があったからだと思う。会話のないあの時間も、苦痛とは程遠い、慣れ親しんだベッドの中に潜り込んだような心地よさを感じていた。

 そして、珠洲乃さんの「しばらく走るから眠ってもいいよ」という言葉に甘えて、私の意識はあっけなく夜の底へとおちていった。


 眠っている間、夢を見ていた。これまで何度も何度も反芻してきた、珠洲乃さんと私の過ごしてきた時間の記憶が押し寄せてくる夢。

 5歳の夏、初めて彼女に会った。絆創膏と包帯だらけの姿におびえながら、本当はそのきれいな緑色の瞳に心を奪われていた。

 10歳の冬、クリスマスにやってきた彼女は以前よりもやわらかい表情をして、大きなプレゼントの包みをかかえていた。私を見つけるなり、彼女は私を抱き上げて頬をこすりつけてきた。「本当はこの子をずっと抱きしめてみたかったの」と言いながら。

 14歳の春、学校を終えて家に帰ると彼女がいて、思わず抱きついた。彼女も抱き返してくれて、純粋に嬉しいと思う一方、今まで知らなかった感情の芽が顔を出したのはこの時だった。その数日後、母が交通事故で亡くなった。珠洲乃さんは余計なことは何も言わず、ずっと私のそばにいてくれた。

 17歳の秋、告白されてなんとなく付き合っていた男の子と別れた帰り道、雨に降られて駅の中でぼんやりしていると、珠洲乃さんが迎えに来てくれた。たぶん、私が傘を持っていないことを父から聞いたのだと思う。気づけば、あなたが好きだと告白していた。彼女は真剣な面持ちで私と向き合い、「必ず答えを出すから、それまで待っていてほしい」と言った。


 あれから5年、22歳の秋。珠洲乃さんは再び私の目の前に現れた。そして図らずも、私は彼女に連れ去られることとなった。あの日の答えについては、まだ分からないし、もしかしたらこの先もずっと分からないままかもしれない。

 けれど、それでもいい。珠洲乃さんが私を守ると言ってくれたのだから。望んでいたような形ではなくとも、私たちの運命の糸はひかれ合い、絡まり合ってしまったのだから。

 一緒にいられるのなら、それでいい。



 揺り起こされて、目を開ける。外はもう明るくなっていた。

「ユカリ、絶好の飛行機日和よ!」

 飛行機?

 そう。眠りながらいつの間にかたどり着いたそこは、巨大な国際空港だったのだ。


 洋服の詰まったスーツケースを引っ張りながら、サングラスを格好よく決めた珠洲乃さんの隣を歩く。まさかと思ったけれど、この人、明らかに浮き足立っている。

「珠洲乃さんっ、飛行機に乗って一体どこに行くんですか」

「んー、どこでもいいけどとりあえず、オーストラリアなんてどう? 私ウォンバット抱っこしてみたいのよね〜」

「ね〜って、そんな旅行気分でいいんですか! そもそも私、まだパスポート持ってないですし」

「あ、それなら大丈夫、もう作ってあるから」

「いや、作ってあるっておかしいでしょ! 本人しか申請できないんじゃ」

「ユカリ」


 珠洲乃さんは足を止め、すっと真面目な表情になる。その瞳にとらえられて、私はまた言葉に詰まってしまう。その隙をつくように、彼女は素早く顔を寄せてくる。唇が触れる、寸前のところまで。


「そんな怪しいこと、大声でしゃべっちゃダメでしょう」

「ごめんなさい……でも」

「言ったでしょ、私を信じてついてきてって」

 小さくうなずく。珠洲乃さんは笑みを浮かべ、頬に口づけた。

「じゃあ、出発しましょ。愛の逃避行に」



 あのとき彼女が使った「愛」の意味は、今もわからない。でも、それが愛であるということに変わりはない。いつかどこかで、決定的な場面に出くわしたときに、それを問われるのかもしれないけれど。


「珠洲乃さん、朝ごはんできましたよ〜」


 少なくとも今は、これでいい。



 彼女が起き出してくるまでの間、私は鏡の前に立ち、今日つけていくスカーフを選ぶ。

「今日はやっぱり、これかな」

 端が少しくたびれてきた、すみれ色のスカーフ。それを丁寧に折りたたんでいると、珠洲乃さんが階段を下りてくる音が聞こえてきて、私の胸はふんわりとあたたかくなった。

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カリノヨランナウェイ 麻(asa) @o_yuri_san

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