2話 記憶喪失の理由

 カナイのアドバイスに従い、僕は机に積まれている本を数冊手に取る。

 どの本の表紙にも可愛いイラストが描いており、タイトルには「異世界」、「転生」という文字が羅列してある。


 

 異世界転生にはいくつものパターンがあり、記憶をなくすパターンはもあるようだった。

 異世界に転生するにあたって秘められた力が開花するものや願いが一つ叶うといったもの、能力や武器などを転生後に持ち越し出来るようなパターンもあるようだ。



 転生前の僕はしがない村人で、妹と村を守るためにしかたなく戦争に出向き、初陣で死亡。幼馴染の悠里を守れたことは不幸中の幸いだったけれど、特別な能力などなかった。

 日本という国で役立つような能力などもなく、特にこれといった能力に目覚めるようなそぶりはない。



 しいて言えば、そこで気持ちよく眠っている美人の女神と、性別の変わったこの体があるくらいだ。

 昼を告げる鐘がなっても起きない女神に業を煮やして、肩をさする。ネグリジェから覗く鎖骨が妙に艶めかしい。

「もう起きたから」



 ちょっと不機嫌そうな顔で顔を上げる。先ほどの記憶共有がよほど疲れたのか、起きてからもベッドの淵に座り込んで、立とうともしない。

 「異世界」の本を読んでみたことを伝えて、端的に現状について尋ねる。予想していた通り、特殊能力などはないようだった。幸いにも一つだけ願いを叶えてもらう権利はあるそうだ。



「前世の妹を助けてくれ」

 僕は密かに決意していた願いを告げる。

「妹ちゃんは生まれ変わって、もう無理よ。それに過去は変えられないの」

「それなら、記憶を戻してくれ」

 僕にとっては、死んで直ぐにこの世界に飛ばされてきたようなものだけれど、この体にはちゃんと記憶があり、15年間過ごしてきた重みがあるのだ。記憶が戻るなら出来るだけ早く戻ったほうがいいだろうし、この体はどこかうしろめたい。



「それもダメよ。もちろん、私も汐に早く記憶が戻って欲しいと願っているわ。でも、これはあなたの願いでもあり、汐の願いでもあるの。汐が15年間この世界で培ってきた重みというのを無視するのは出来ないわ。汐の記憶、いいえ同一人物であるからこの場合は、あなたよね。あなたの日本での記憶が戻らないことには聞くことが出来ないわ。あなたの手で記憶を取り戻すのよ」



 記憶を取り戻すといっても、正直どうしたらいいのかわからない。

「女神だったら、なんとかうまいこと出来ないのか 例えば、記憶を失う前の時間に戻すとかさ」

「私はあなたのいた世界の女神であって、この世界の女神じゃないのよ。この世界の時間に干渉することは難しいわ」



彼女の言葉に僕は失望してしまう。こんな訳の分からない世界でどうやって記憶を取り戻していくんだ。



「せめて、記憶を無くした原因ぐらいは教えてくれないか」

 僕は嘆願するようにいった。今の状況に陥った原因がわかれば、解決策だってわかるはずだ。

「高校の入学式が先週の月曜日にあったの、そしてあなたはその帰りにトラックにぶつかったのよ」

「トラックにぶつかった!?」



 体中どこも痛くない、傷がないかも確かめてみた。トラックにぶつかったら普通はただじゃすまない。戦場でいえば、戦車にひかれるようなものだ。カナイが助けてくれたのか。それならお礼を言わないと。



「その時に、カナイが助けてくれたのか。だから僕は生きているのか」

 記憶を失ったとはいえ恩人に対して礼を書くことは出来ない。

 僕は深々と頭を下げる。

「助けようとしたけど、間に合わなかったのよ。あなたが急に走り出すから。でも、不幸中の幸いよね。トラックといっても、軽だったのよ」

「軽?」

「交差点で停車していた軽トラックの横に、あなたがぶつかりにいったのよ。異世界転生でもするつもりだったのかしら。すごい勢いだったわ。軽トラックも少しへこんでいて、運転手さんも驚いていたわ」



 言っている意味が分からない。トラックに引かれるのは異世界転生の王道だ。

まさか、自らトラックに引かれに行く人がいるのか。

いや、それ以上にトラックを引きに行っている自身に対して僕は恐怖を禁じ得ない。



 僕はどうやら少しおかしい子のようだが、狂いきってはいないようだ。何にせよ、命を案じて軽トラックを選んだのだから。それに、相手に極力を迷惑をかけないように、横から衝突しにいっている点がいじらしいというものじゃないか。



 余計な考えが頭をもたげるが、そんなどうでもいいことを考えている暇はない。今は目の前に立ちはだかった大きな問題、「この先どうしていくか」という難問のほうが切実だ。まさか、家を出るわけにはいかない。だが、記憶を失っていることを、家族にうち開けるのはリスクが大きい。ましてや、前世の記憶が戻ったなんて言えば、病院送りになるかもしれない。



「このあと、どうすればいいと思う。前世の記憶が蘇ったことはさすがに伝えられないし、家族には記憶喪失をしたと伝えるべきか」

「そうねー、記憶を失う前のあなたは妹ちゃんと仲良かったし、まずは妹ちゃんに伝えてみて、考えるのはどうかしら。ちなみに、妹ちゃんの名前は真帆よ」


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