1.5話 女の子になっている!?

  女神カナイと名乗る女は、伝え聞いていた女神の出で立ちとそっくりの格好をしており、どこか神々しさまで感じる。



「その少女、開闢かいびゃくの女神にして身の丈を自在に操る褐色の少女。創生神として母なる海を作り、ニライと交わり子をなした」



 僕が神話の一説を暗唱してみる。



「そうそう、私をたたえる続きをよんでみなさい」

「夜の神でもある開闢かいびゃくの女神は漆黒の髪をしており・・・・・・髪、白くない?」

 微妙な間が開いてしまう。

 僕が近くの棒をとり、今にも振り回しそうな雰囲気を醸し出したことに気づいたのか、カナイが早口でしゃべりだす。



「ちょっと待ってよ。わかった。わかったから。そんな疑わないでよね。そんな棒を振り回そうなんて。あなたにはこの世界の常識を知る必要があるようね。両手を出しなさい。」



 僕が渋々と両手を出す。

「これから、この私が学んだこの世界の知識を教えまーす。手と手をつなぎ、額と額をくっつけることで、記憶の共有ができるわ」



 カナイの顔が目の前に迫り、鼓動が早くなる。心音が頭に響き、頬が熱くなるのを感じる。

「照れちゃって、かわいいんだから」



 カナイが笑いながら両頬をつねる。

「まずは練習に簡単な記憶の共有から行うわね。行くわよ」

 カナイが僕にはわからない言葉で詠唱を始めた。体中が不思議な光に包まれ、意識が遠のくのを感じる。




 目の前には二人の男がいる。一人は獣のような荒々しさをたずさえたどこか孤独そうな男。もうひとりは儚げな、金髪の男。荒々しさをたずさえた男が金髪の男を壁際に追い詰める。そして、片手を壁に預け、何かささやく。金髪の男はほほを赤らめる。


 テッテレッテテー、頭の中に突然金のような音が鳴り響く。

「女神の知識講座の始まり。この獣のような男性は専門用語で攻め、儚げな男性は受けといいます。反対に儚げな男性から誘うのも魅力的ですね・・・・・・」



 男と男がまぐわう様子をひとしきり眺めながら、説明が続いた。




 体中から光が消えて、意識がはっきりとしてくる。それにつれて、頭の中に飛び交っていた「♂×♂」、「A+B」と記号が消えていく。



「この世界では、男性同士で子をなすのだな」

 先ほど見た衝撃の映像を振り切るように言葉を紡ぐ。



「久しぶりすぎて、共有する記憶間違えちゃった」

 泣きそうな声で女神がつぶやく。私の隠れた趣味を知られてしまった。

 いえ、ここはチャンスよ。汐もこの沼に引きずりこめば、興奮した様子で女神がつぶやく。



「この世界にきてから一度も使っていなかったから、鈍っちゃったのね。次は、簡単な記憶を共有して、肩慣らしをするわ。準備はいい、行くわよ」



 お互いに、先ほどと同じように額を重ねる。



 二人の女性が、中庭と思しき場所で向かあっている。

「先生、先生のことが好きなんです。生徒としてではなく、今だけは女としていさせてください」

 告白を聞き、無言で立ち去ろうとする先生の背中に少女が顔をうずめる。



「私は先生である前に一人の女だ。それほど慕われて悪い気はしない。だが、これ以上は許される行為ではないんだ」



 振り返った先生が、生徒の両肩に手を当て振り絞るように声を出す。

「私は純粋に先生のことをお慕いしているのです。この気持ちが許されないというのなら、どのような気持ちが許されるというのですか」




 体を包み込んでいた光が消えて、再び頭の中には「♀×♀」、「A+B」と記号が飛び交う。

「この世界では、同性同士で子をなすのだな」



 頬が火照り、僕はカナイの顔が見れずに目を伏せる。

「いえ、男女での恋愛が基本よ」

「カナイ、先ほど常識を教えるって・・・・・・」

「男性同士のまぐわいを見せたから、女性同士も見せないとバランス悪いかと思って」



 カナイが悪びれる様子もなく言う。



「目的の記憶を見せることができるようになったみたいだから、今度は失敗しないわよ」

 カナイが僕の顎に手を触れ、目を伏せていた僕の顔をもとの位置に戻す。



「今度の記憶の共有は長くなりそうだから、意識を保つために呪文を唱えなさい」

「呪文なんて一つもわからない」



「あなたが今感じたこと、この世界での気づき、それっぽいもの、なんでもいいのよ。それを思いながら、流れに身を任せて唱えてみなさい」



 カナイが詠唱を始めるが僕は戸惑い、まだ呪文を唱えない。カナイが刺すような目つきで僕を見つめる。なんとか僕は思いついた呪文を唱える。


「真理の扉を開き、この不可思議な世界の理を我が霊魂に刻みたまえ」

 あたりは静けさを増すばかりで何も起こらない。



「呪文なんて本当は必要ないんだけどね」

 カナイがぼぞっとつぶやく。頬が紅潮して、下唇を噛んでしまう。恥ずかしさが怒りに切り替わり、「カナイ」とくぐもった声を出す。



「準備は出来たようね」



 カナイが言い終わると同時に、世界は真っ白に包まれた。地面からシャボン玉が現れてははじけていく。はじけるたびに、僕はこの世界について理解していく。



 大きな概念から日常の細々としたやりとり。この世界で私が学び育んできたであろう感覚が僕の中からあふれ出てくる。



 記憶の濁流から次々とシャボン玉が飛び出してきたかと思うとはじけて、そのたびに僕の頭の中が整理されていく。

 世界にはじき出されたように感じていた僕の心が、「今」に存在していることがわかる。



「おかえり。その顔だと成功したようね。この世界についてわかったようね。あくまでも私の記憶を共有しただけだから、すべてが当たっているとは限らないわよ。それと、異世界転生についてもっと詳しく知りたければ机の本を読むことね。異世界転生の物語がつまっているから。それにしても、疲れたわ。私はもう寝るわね。後で、ちゃんと鏡みなさいよね。転生してからのあなたはしほという名前の女の子になっているから」



 言われた通り鏡の前に立ってみる。鏡の前の僕はどこからどう見ても女だ。



 黒髪でショートカット。前髪は右に軽く流れており、少し目にかかる程度でアシンメトリーにカットされている。


 瞳は琥珀こはく色をしており、ミルクに少し甘さを足したような肌の色をしている。唇は花を咲かす前の蕾のように膨らんでおり、もいたばかりの桃を差したような色だ。


 人差し指をあててみると、指が意思を持ったように唇の上で踊る。




 鏡越しに見る僕の姿は、想像していたよりも可愛く、そして初めてとは思えない親近感を覚えた。



 どこからどう見ても女の僕は、年頃の男の子が可愛い子を見た時に湧くような情欲は不思議とわかず、キレイに着飾りたいなと男だてらに思ってしまった。


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