追跡の八日目-1


 針生が僕の家に来たのは母さんが出かけたすぐ後だった。僕たちは食事も済ませて万全の態勢で針生を待っていた。


「昨日も話したけど、まずはあのヴァンパイアを優先的に探すって事で良いかしら?」


 開口一番、針生は気合の入った表情でそう言ってきた。僕としてもアンをあのままにしておくのは拙いと言う思いがあるので針生の意見には賛成だ。アルテアも静かに頷いている。


「まずはヴァンパイアが居る所を探さなきゃいけないんだけど、どこか良そうな場所って思いつくかしら?」


 僕たちがアンと戦ったのはサッカー場だった。あの時、アンは人間から魔力を奪うために人が多くいる場所としてサッカー場を狙ってきたはずだ。

 そして次に姿を現したのが針生が釼に捕まっていた所だ。そこでアンは戦う事はせず、釼を従僕化してその場を去ってしまっている。これは藪原さんを失ったから新たな憑代ハウンターを求めてという意味合いの方が強いだろう。

 そう考えるとやはり人の居る所にアンは現れるのではないか? アンとしてはアルテアとの戦いで消費した魔力をまた溜めたくなるはずだ。近くで人が集まる所と言えば本町になるのだが、それでは範囲が広すぎる。


「そうね。後、人が居そうな所だと動物園とかかしら?」


 確かに動物園は人が集まる所ではあるが、それは休日の話だ。平日となるとこの前行った時のようにあまり人手は期待できない。

 三人でアンがどこに現れるのか頭を悩ませていると、いつの間にか針生の後ろに立っていたヴァルハラが口を開いた。


「それなら学校なんてどうだ? あそこなら平日でも人数はいるだろう」


 学校なら平日でも、いや、平日の方が人はいる。だが、そこそこ大きい街なのでそれなりに学校の数も多い。小学校と中学校を合わせると四十位はあるのではないだろうか。それに高校まで含めると五十近くになると思う。

 それだけの数の学校をたった四人でカバーする事は不可能だ。そして何より僕はアルテア、針生はヴァルハラと離れてしまうのはとても危険だ。


「だったら、一番生徒数の多い学校にかけるしかないだろう。全部カバーできないのなら一つに絞るしかない」


 この街で一番生徒数が多い学校となると月星高校だと思う。でも月星高校は現在休校中なのでその次となると稲宮いなみや高校かな。


「他に手掛かりがない以上、稲宮高校に行ってみるしかないわね。他の学校はそこにいる友達に何かあったら連絡するように言っておくわ」


 そう言うと針生はスマホを弄りだし、メッセージを打っているようだ。僕は他の学校の生徒とほとんど交流がないので黙って針生が打ち終わるのを待つしかなかった。針生は友達に連絡をし終えるとこたつから立ち上がる。


「じゃあ、行きましょうか。私たちが着く前に襲われちゃったら意味ないものね」


 針生が家を出たのに続き、僕とアルテアも家を出る。今日も良い天気でそれほど寒さを感じないが、僕は買ったばかりのダッフルコートを着て防寒対策は完璧にしておく。何時アンが現れるかもしれないからだ。


「あら? そんなコート持ってたっけ? 買ったの?」


 針生が目聡く僕の服装の違いを見つけてくる。そう言う針生も見た事の無いコートを着ているのを見て、僕は針生からコートを借りていたのを思い出した。

 今渡しても良いのだが、クリーニングにも出してない服を返すのは失礼だと思い、後日必ず返す約束をする。


「急いでないからちゃんと返してくれればそれで良いわ。それまでは家に行く口実にもなるし」


 最後の方がよく聞き取れなかったが、とりあえず急いでないようなので一安心だ。

 僕たちは稲宮高校に着くと、近くにあるコーヒーショップに入った。良くあるチェーン店のコーヒーショップで、壁一面窓になっているので稲宮高校の様子が良く見える。

 日中の高校に人の出入りなどほとんどなく、遅刻をしてきた生徒が入ってきたり、早退をする生徒が出て行ったりしたが、その出入りもお昼を過ぎた頃にはほとんどなくなっていた。


「ほとんど人の出入りもない事だし、私たちもお昼にしましょうか」


 針生の合図で僕たちも昼食にする事にする。店内で販売しているサンドイッチを購入し、元の席に戻ってくるが、高校に動きはない。

 何時動きがあるのか分からないので落ち着いて食事をする事ができず、折角のサンドイッチの味も良く分からなかった。

 それから針生たちと雑談をして過ごし、太陽が沈み始めた頃、学校から下校してくる生徒が目につき始める。どうやら学校の授業が終わったようだ。と言う事はアンはこの高校に姿を現さなかった事になる。


「私の友達からも連絡がない所を見ると今日は動いてないのかもしれないわね。こればっかりは相手が動くまで根気強く待つしかないわね」


 アルテアやヴァルハラが近くにいる使徒アパスルの気配を感じてくれれば来たのが分かるのだが、両者ともそう言った気配は感じていないようだ。

 となると針生の言ったように動くまで待つ事になる。針生と話をしている僕の横に高校から出てきた生徒が二人入って来て、僕たちの隣に着席する。


「今日の花火大会どうするよ? 誰か誘うか?」


 こんな二月に花火大会? とも思ったが、ここ数年本町の端にある大きな川でこの時期に花火大会を開催しているのを思い出した。本番は今週の土日なのだが、街の記念日と言う事で今日も開催するらしい。

 その話を聞いた僕は針生の方を向くと、針生も僕の方を見ている。どうやら話は聞こえていたようだ。


「花火大会なら多くの人が集まるわね。もしかしてこっちが狙いなのかも……。花火大会って何時からだっけ?」


 アンが花火大会の事を知っているかどうか分からないが、イベントをしているサッカー場を探し当てたぐらいだから来てもおかしくない。

 僕の記憶が正しければ二十時からだったはずだ。今から行けば歩いても十分に花火大会には間に合う。問題は河川敷一杯に人が集まってくるためその中からアンを探せるかどうかだ。


「居なくて当たり前。居たらラッキーってぐらいの気持ちで行きましょ。それに花火大会なんて素敵じゃない」


 こういう時に前向きの意見が出る針生はとてもありがたい。ややもすると、ここまでの見張りで心が折れてしまいそうだが、今の一言で僕は気合を入れ直す。


 僕たちが花火会場に着いたのは、花火大会が始まる一時間以上も前だったが、すでに河川敷では沢山の人が場所取りを行っており、今も続々と人が集まってきている。

 集まってきている人は浴衣にコートと言う夏の花火大会ではなかなか見る事の無い服装で来ている人もおり、冬の花火大会ならではの雰囲気を出している。

 この中からアン一人を探し出すのかと思うとげんなりするが、ここに居る人たちが被害に遭ってしまうのではないかと考えるとそうも言っていられない。

 僕たちはアンが居ないか探し始めるが、時間が経つにつれて人が多くなり探して回るのも大変な状況になる。

 土手沿いを歩いていると、不意に人があまりいない場所に目が行った。なぜ人がいないのか不思議に思ったが、河川敷には大きな穴が開いており、危険防止のため周りにはコーンが立てられていた。


「あの穴は何なのかしら? 前に来た時には開いてなかったはずだけど陥没でもしたのかしら?」


 針生もその様子を見つけたようで、興味深そうに穴の方を見ている。考えた所で分かる訳でもないし立ち止まってしまうと人の流れの邪魔になってしまうので、僕は横目で見ながら歩を進める。

 花火大会の開始三十分前にもなると人出は最高潮になり、河川敷には足の踏み場もないほど多くの人が、今か今かと開始を待っている。時折吹く強い冷たい風に悲鳴を上げる人も居るが、それすらもイベントのようでどこか楽しそうだった。

 あまりの人手に僕たちは一旦、土手から離れ、街側の公園に退避した。


「流石にここまで人が多いとこれ以上は探すのは無理ね。私たちも花火大会を楽しんで、終わった後にもう一度探しましょ」


 針生の言う通り、この状況では歩き回るのも困難で、人を探すとなるとほぼ不可能だ。まさかここまで人が多いとは予想外だった。


「あれ? 釆原君? どうしてここに居るの?」


 声が聞こえてきた方を向くとそこには鷹木が浴衣の上からファーの付いたコートを羽織って立っていた。

 いかにも今から花火大会に行くぞと言う格好をした鷹木の隣には、この前見た耳の尖った女性。シルヴェーヌがこちらを警戒し、何かあればすぐに動ける体勢を取って立っていた。

 アルテアとヴァルハラも同じように臨戦態勢を取っており、花火大会を楽しみにしている観客の声が聞こえる河川敷と打って変わって公園は不気味なぐらいの静けさに包まれていた。


「鷹木さん、貴方こそどうしてここに? それよりも隣の人は誰かしら?」


 沈黙を破って針生が鷹木に話しかける。針生も僕から話を聞いているし、隣にいる耳の尖った人物が何者なのか分かっているのだが、あえて声に出して聞いた。


「釆原君だけじゃなく、どうやら針生さんも憑代ハウンターだったようね。憑代ハウンターって私の知り合いばかりなのかしら」


 アルテアに対して僕、ヴァルハラに対して針生と言う状況を見て針生も憑代ハウンターと判断したのだろう。良く見ているな。

 鷹木は少し呆れたような表情を浮かべるが、その目は決してこちらから離そうとはしていない。何があっても良いように警戒しているのだろう。


「釆原君は無事に使徒アパスルを探し出せたのね。良かったわ。少し気になっていたから」


 鷹木がアルテアの方に視線を向けると、アルテアから感じる緊張が僕にも伝わってきた。導火線に火を近づけた爆薬みたいに何かあればすぐに爆発して襲い掛かろうとするのが分かる。アルテアは完全に敵として鷹木を認識しているようだ。一緒に動物園に行った時とは違い。

 そんなアルテアの緊張を解くように僕は鷹木にお礼を言う。あの場から逃げ出せたのは鷹木がリディアを抑えていてくれたからだ。


「お礼なんていらないわ。あそこに連れて行ったのは私だから無事に戻ってもらうのは私の役目だもの」


 普通に会話をしているだけなのだが、公園の空気は僕を圧し潰そうとどんどん重くなってくる。僕の背中には今も一筋の汗が流れ、緊張で何時倒れてもおかしくない状況だ。


「鷹木さん、貴方が憑代ハウンターなのは知っているわ。どうかしら? 私たちと一緒に戦わない?」


 針生が鷹木を仲間に誘うのだが、鷹木は針生の方を凝視したまま何も答えない。その表情からは嬉しいと思っているのか嫌だと思っているのかは読み取れない。

 透明な時間が流れる。本当に近くで花火大会が開かれるのかさえ疑ってしまうほど静かな時間。いつまで続くのかと思った時、鷹木が口を開いた。


「ごめんなさい。私は貴方たちと一緒には戦えない」


 重い空気の中、鷹木の甘くソフトな声が響く。アイドルとして一世を風靡したその声は今も変わっておらず、聞いた者を自然と引き込んでしまうような声だった。

 鷹木の顔からは強い意志を感じるのだが、僕にはとても寂しい顔をしているように見えた。矛盾しているようだが、そう思えてしまっただから仕方がない。


「キャァァァァァア!!」


 公園の空気を破って河川敷の方から女性の悲鳴が響く。その声に反応して声のした方を向くと針生も同じ方を向いていた。


「私が行くわ。紡は鷹木さんをお願い。行くわよヴァルハラ!」


 何があったのか分からないが、嫌な予感がする。とても通常で発せられる声ではないのだ。僕たちの予想通りアンが人を襲い始めたのかもしれない。できれば僕も一緒に行きたいのだが、ここは針生に任せる事にする。鷹木を放っておいて行く事はできない。ここで鷹木と別れてしまったらもう仲間になってくれることはないと思ったからだ。

 多分、針生も同じことを考えていたのだろう。だから針生は僕をここに残してヴァルハラと一緒に声のした方に向かって行ったのだ。

 悲鳴が聞こえたためか、針生が居なくなったためか分からないが、重く、苦しかった公園の空気はどこにでもある公園の空気に変わっていた。

 空気が変わった事で体の緊張が解かれ、二月らしい冷たい風が吹くと僕の体は一瞬震えた。


「何かあったみたいね。釆原君は行かなくて良いの?」


 鷹木の声もいつもの感じに戻っていた。さっきの声も心に響いて良いのだが、僕としては今の鷹木の声の方が話しやすくて好きだ。

 鷹木に言われるまでもなくすぐに針生を追いたいが、針生にここを任されてしまった以上鷹木を置いていく訳にはいかない。それにしても鷹木は何故仲間になる事を断ったのだろう。


「私はシルヴェーヌがこの戦いにかける思いを知っているの。だから釆原君であろうが針生さんであろうが倒さなければいけない。だから仲間にはなれないの」


 鷹木の言っている事は分かる。僕だってアルテアを勝たせてあげたいと思っているからだ。だが、それは誰とも仲間として行動しない事ではない。最後は戦う事になるかもしれないけど、それまでは一緒に戦っても良いはずだ。アルテアも僕の考えと同じのようで頷いてくれている。

 そんなやり取りに業を煮やしたのかシルヴェーヌがいつの間にか取り出した鞭で僕を攻撃してきた。鷹木との会話にシルヴェーヌの事を意識から外していた僕はいきなりの攻撃に避ける事ができなかった。

 だが、アルテアが僕と鞭の間に入り、日本刀で鞭の攻撃を弾いた事で僕は攻撃を受ける事はなかった。そしてアルテアとシルヴェーヌの戦いは開始された。


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