追跡の八日目-2


 このままの位置では僕たちを巻き込んでしまうと思ったのかアルテアはシルヴェーヌの攻撃を避けつつ僕たちから離れて戦いを始める。

 そのおかげで、僕と鷹木は戦いに巻き込まれる事もなく会話をする事はできた。だが、さっきのように完全に意識を鷹木だけにしてしまうと不意の攻撃に対応できないため、横目で戦いを確認しながらだ。


「一緒に戦ったとしても最後には敵になるんだったら最初から仲間にならない方が良い」


 アルテアがシルヴェーヌとの距離を詰めようと力強く地面を蹴ると、残像が見えるほどの速さでシルヴェーヌに迫る。シルヴェーヌはその行動が分かっていたように鞭を振るいながらアルテアを懐に入れないようにしている。鞭の風を切る音が聞こえるがアルテアはそれを軽々と回避すると土煙が巻き上がった。

 鷹木の言う事は分かるが最初から仲間にならない方が良いと言う事はない。敵を排除しておいて最後に正々堂々と戦えば良いのだ。


「私はアイドルの時も一人でやって来た。だから一人でも平気なの。誰の手を借りなくてもやっていけるの」


 巻き上がった土煙の中から弾丸のようにアルテアが飛び出す。土煙がアルテアに引っ張られるように後ろから付いて行くがアルテアに追いつく事はできない。細く、長く伸びた土煙がアルテアを追うのを諦めた所で、アルテアはシルヴェーヌの懐に入り込んだ。

 自分に言い聞かせるように鷹木は僕たちとの共闘を拒否する。それでも僕は諦める事なく鷹木の説得を続けて行く。ここで諦めてしまったら二度と鷹木とは会話をする事はないと思ったからだ。


「シルヴェーヌは私に今まで見た事もなかった世界を見せてくれた。だから……。だから今度は私がシルヴェーヌに新しい世界を見せてあげるんだ」


 シルヴェーヌの懐に入ったアルテアが日本刀を袈裟斬りに振り下ろす。周囲の空気諸共、切裂きながらシルヴェーヌに迫る日本刀は月の光に照らされ、銀色に鈍く輝く。必殺の一撃と思われた攻撃をシルヴェーヌは首の皮一枚の所で回避する。だが、完全に回避できた訳ではなく、日本刀に刈り取られたシルヴェーヌの髪が数本、宙を舞い光耀いていた。

 今まで見た事もなかった世界を見せてもらったのは僕も同じだ。平凡な高校生でしかなかった僕がこうやってアルテアたちの戦いを見ているのがその証左だ。そんなのは普通の高校生では知りえない世界だ。そして、鷹木と同じように僕もアルテアに自分の思った世界を作って欲しいと思う。それを思えば僕と鷹木の考え方に違いはない。そう思った僕は鷹木の方に一歩踏み出す。


「近寄らないで! 私の気持ちは変わらない。いくら釆原君の頼みでも変わる事はない!」


 顔を引きつらせ、シルヴェーヌが距離を取る。距離を取りながらも手から放たれた光の弾が正確に何個もアルテアに向かって行くが、アルテアは日本刀でこれを打ち落とす。ピンポン玉のように弾かれた光の弾は公園の至る所に着弾し、大きな穴をあけて行った。

 鷹木の声で僕は歩みを止めた。これ以上近づいてしまえば鷹木が何をするか分からなかったからだ。しかし、踏み出したのはたった一歩だが、この一歩が大きかったのは間違いない。


「こんな事で釆原君と仲良くなりたくなかった。もっと違った形で知り合いたかった」


 最後の光の弾を弾くのではなく、空中にジャンプして躱したアルテアはお返しとばかりに光の弾をシルヴェーヌに放つ。空中で光の弾を放ったことで薄暗かった公園には明かりが灯ったようになり、鷹木の姿はアイドル時代のステージ上のように眩い光に包まれている。だが、光の強さに反比例するように鷹木の顔は暗く沈んでいた。

 もっと違った形と鷹木は言うが僕はそう思わない。アルテアたちとも出会わず普通に高校生活を送っていたら僕は鷹木と話す事はなかっただろう。そう思えばこういう知り合い方もありなのだろう。


「私にもっと勇気があれば……。そう思った事は何度もあった。私は私の弱さを恨んだ。私は私の勇気のなさに幻滅した」


 空中からのアルテアの攻撃にシルヴェーヌは鞭を斜め上に突き出して回転させ始めた。高速で回転する鞭はその速さで一枚の盾のような物を作り出した。鞭の盾に当たった光の弾は四方八方に飛び散ると、電気を切った電球のように光を失って消えて行った。

 鷹木に勇気がないなんて思わない。こうして戦いの中に身を置いているのだ。それが勇気と言わず何と言うのだと言うのだ。それにリディアに襲われた時も僕を逃がしてその場に残ってくれたのだ。それは決して弱い人間ができる事ではない。


「一緒に屋上から見た景色は忘れない。一緒に雪合戦した事も忘れない。一緒にエレベーターに乗った事も一緒に隣を歩いた事も忘れない」


 地面に着地したアルテアが剣を構え、タイミングを伺う。シルヴェーヌも安易に鞭で攻撃してくる事はなく、先ほどまでの動きの激しい戦いと違い、お互いが機を伺う静かな戦いが行われている。アルテアが右に、シルヴェーヌが左に回りながらじりじりとした時間が経過していく。

 アルテアを探していたと言う事を忘れ、屋上の景色に見蕩れてしまった事を思い出した。あの景色は綺麗だった。そして、そこではしゃぐ鷹木の姿は今もはっきりと思いだせる。


「すべて良い思い出だった。ストーカーに付けられていると分かった時は嫌だった反面、釆原君と話す事ができた事をストーカーに感謝をした」


 アルテアが前に出るタイミングでシルヴェーヌが鞭を振るう。手元から伸びた鞭は大きく弧を描きながらアルテアに向かってくる。柳のようにしなった鞭はアルテアの左太腿をわずかに掠めるが構わずに前に出る。懐に入ったアルテアだが、シルヴェーヌが右足でアルテアの左足を蹴ると鞭に付けられた傷の影響もあり、体勢を崩してしまった。

 僕たちの最初の出会いはストーカーがきっかけとなっている。確かにそのおかげで鷹木と話すきっかけになったのだが、ストーカーのような行為までは許す事はできない。


「ストーカーに付けられている恐怖と、釆原君と一緒に居られる事の安堵。そんな感情が私の中に渦巻いていた」


 アルテアが振り下ろした日本刀は狙いを外れ、シルヴェーヌの右腕を掠めて地面に突き刺さった。アルテアの左足とシルヴェーヌの右腕。互いにわずかに掠ったカ所を庇う事もせず攻撃を続けて行く。

 その感情は僕には分からなかった。てっきり僕はストーカーから逃げる事に一生懸命で恐怖を明るい表情で打ち消しているのかと思っていたのだ。


「私の思った通り釆原君は優しかった。ストーカーから守ってくれた時は嬉しかった。私の王子様じゃないかと思った」


 体勢を立て直したアルテアは逆袈裟に日本刀を薙ぐ。だが、その攻撃は当たる事はなくアルテアの体が吹き飛ばされてしまった。シルヴェーヌは公園にあるゴミ箱を鞭で絡め、アルテアにぶつけたのだった。

 王子様だなんて言い過ぎだ。世界中にいる本当の王子様に申し訳ない。僕には煌めく何かがある訳ではないのだから。


「でも釆原君は王子様ではなかった。私の王子様ではなかった。私には王子様なんていなかった」


 シルヴェーヌは公園にある滑り台の滑降部を鞭で絡めると破壊音と共にアルテアに向かって投げた。体勢を崩していたアルテアだったが、間一髪体勢を戻す事に成功し、回転しながら飛んでくる滑り台を真っ二つに切裂いた。

 僕は鷹木の言う通り王子様なんかじゃない。何の取り柄もないただの高校生だ。だけど、鷹木には必ず王子様が現れる。僕なんかより、僕ごときとは比べられらないほど良い王子様が。


「私の思いはそこで途切れたの。凧の糸が切れたように空をフラフラと彷徨った。釆原君は憑代ハウンターで、私も憑代ハウンター


 アルテアが前に詰めようとするとシルヴェーヌは大きくジャンプして後退するとジャングルジムの奥に着地する。だが、アルテアはジャングルジムを回避する事なく日本刀で破壊しながらシルヴェーヌに向かって行く。

 確かに僕たちは憑代ハウンター同士だ。でも協力はしあえる。現に、僕は針生とお互いフォローしながら戦いを進めているのだ。できない事はない。


「お互い戦う事が義務付けられている。これは運命。変える事の出来ない純然たる事実なの」


 日本刀がジャングルジムを破壊する音が響く。金属同士がぶつかり合う音は楽器を奏でているようにも思えるのだが、土台の無くなったジャングルジムは何の支えもなく崩れて行った。

 いいや、運命は変えられる。変えられない運命なんてない。自分の気持ちの持ち方だったり、自分の信念に基づく行動で何とでもなるんだ。現に僕は死にそうになってもしぶとくまだ生きているし。


「神様なんていない。どんなに願っても叶えてくれない神様なら私はいらないし、そんな神様なんて信じない」


 巻き上がる土煙の中から二人が飛び出て来た時にはアルテアはシルヴェーヌの目の前まで日本刀を迫らせていた。しかし、シルヴェーヌがギリギリの所で鞭を幾重にも折りたたんで止め、それ以上は日本刀の接近を防いでいた。

 僕も神様や仏様の類は信じていないが困った時の神頼みはする。所詮僕の信じている神様や仏様はその程度の存在なのだ。


「最後に話せてよかった。私の事は忘れて。私も釆原君の事を忘れるから」


 鍔迫り合いと言う言葉が正しいか分からないが、二人の顔は少しでも押されれば触れ合ってしまうのではないかと思えるほど近づいている。これ以上は押すのを無理だと判断したアルテアが飛び退いた所をシルヴェーヌは狙っていた。

 何を言っているんだ。鷹木の事を忘れる事なんてできる訳ない。出会う前ならまだしも僕はもう鷹木の事を知ってしまったんだ。例え、一緒に戦えないとしても僕たちが仲良くなったのは変わらない。


「短い間だったけど話せて良かった。心に思った事をすべて話せたから。だから私はもう思い残す事はない」


 シルヴェーヌは周りにある遊具を手当たり次第に鞭で絡めてアルテアに向かって投げる。公園にあった遊具はみるみる内に少なくなり、遊具ものが増えて行く。投げ捨てられた遊具は土煙を上げ、二人の姿は見えなくなってしまった。

 思い残す事がないなんて寂しい事を言うな。我慢の出来なくなった僕は再び歩みを始める。一歩、また一歩と鷹木に近づいていく。


「止めて。来ないで。来ても変わらないから。変わらないから……。これ以上来られたら私は……。私は……」


 僕は歩みを止める事なく鷹木の前にまで歩を進めた。鷹木の前まで来ると、鷹木は生まれたての小鹿のように震えており、自分の体を抱いていた。僕が目の前まで来た事で鷹木はゆっくりと顔を上げる。その瞳には涙が浮かんでおり、今にも零れ落ちそうだ。


「私は釆原君が好き。会う前から……、会ってからもずっと好き。私と付き合ってください」


 僕と鷹木は瞬きをする事なく見つめ合う。一体どれぐらい見つめ合ったのだろう。何時間もだったかもしれない。刹那だったかもしれない。だが、今の僕たちに時間の長さなど関係ない。


「鷹木の気持ちは凄い嬉しい。今まで生きて来て初めて女の子に告白されたかもしれない。でも……ごめんなさい。僕には気になる人がいるんだ。今は付き合う事はできない」


 鷹木の眼から溜まっていた涙が一筋頬を伝って地面に落ちた。僕はどんな罵詈雑言を浴びせられても構わない覚悟をしていたが、鷹木はそんな事はしなかった。


「悔しい……。悔しいけど、なんとなく分かってた。その気になる人って針生さんの事?」


 いや、針生は仲間と言うか同士と言うか同じ目的のために一緒にいるだけで好きとかそう言う感情は僕にはない。それは針生の方も同じじゃないかな。


「そうなんだ。それじゃあ……」


 そう言って鷹木はアルテアの方を向く。その勘の良さにドキッとするが、僕は表に出す事はなかった……と思う。


「それじゃあ、まだ私にもチャンスはあるわね。は付き合ってくれないかもしれないけど、必ず釆原君を振り向かせて見せるわ」


 止まる事の無い涙をそのままに笑顔を浮かべる鷹木の顔は、ステージで輝いていた時の表情と同じだった。いや、それ以上に輝いていたと思う。

 思わず伸ばした僕の手に一瞬肩をすくめる鷹木だったが、僕は構わず頭を撫でると鷹木は感情が抑える事ができず号泣し始めた。それほど広くない公園に鷹木の声が響く。だが、その声を止めようとする人は僕を含めて誰も居なかった。

 甘酸っぱい、弛緩した空気の中、何か重たいものが地面に落ちる音がした。ゴロンと音のした方に首を向けると、シルヴェーヌが首もなく立っていた。その足元に自分の頭を転がして。



「キャァァァァァア!!」



 シルヴェーヌの変わり果てた姿を見た鷹木が悲鳴を上げる。その声は先ほどまでとは明らかに違い、恐怖の入った声は戦いが始まる前に河川敷から聞こえてきた声と同じものだった。

 もしかしてアルテアがと思い、アルテアの方に首を向けるが、アルテアはシルヴェーヌから離れた所におり、とても動いたようには見えなかった。それどころかアルテアも何が起こったか分かっていない様子だった。


「クククッ。何だ。呆気ないものじゃないか。こんな事でレガリアが手に入るなら今回の戦いは余裕だねぇ」


 シルヴェーヌの体がゆっくりと地面に倒れると、その後ろから一人の女性が姿を現した。小柄な女性で月明かりを映し出す瞳は青く光っていた。その可愛いらしい姿に反し、女性の長く伸びた爪からは鮮血が今も流れ落ちている。


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