仲違いの五日目-5


 

 茂みから出て来た男性が頭を掻きながら気怠そうに僕に近寄ってくる。足元はサンダルでこの雪の中寒くないのだろうか。


「お前か? 俺が良い気分で寝ているのを邪魔したのは」


 寝て居たってこんな雪が降る中の公園でか? しかもそんな薄着では凍え死んでしまうのではないかとさえ思えるのだが本人はいたって本気で話しているようだ。

 おっさんがポケットの中から煙草を取り出す。その煙草はすでに一度火が付いた跡があり、一度吸ったものを箱に戻していたのだろうか。

 体の至る所を触ってライターを探していたおっさんにガーゴイルは襲い掛かってきた。どうやらガーゴイルにとって僕の周りにいる人間はすべて攻撃対象になるようだ。ガーゴイルは崩れかけている腕を振るって攻撃してくる。


「うぉ! 何だあれは? 変なのが襲ってきたぞ」


 体をかがめる事でガーゴイルの攻撃を避けたおっさんが大きな声を上げる。いきなり空を飛んでいる得体の知れない物に襲われたらそんな声も上げるだろう。

 僕はおっさんが巻き込まれてしまうのを心配し、ここから逃げるように助言するが、おっさんはいきなり攻撃された事が頭にきているようで僕の助言など無視してガーゴイルに向き合った。


「あの野郎! 俺に攻撃してくるとはいい度胸だ。ぶっ殺してやる!」


 ガーゴイルが男なのか女なのか、雄なのか雌なのか分からないが、取り敢えずおっさんが怒っているのがよく分かる。

 おっさんは片手をガーゴイルの方に向けてこちらに攻撃してくるのを待つ。おっさんの説得が効かないのなら僕がこの場から離れてしまえばガーゴイルはおっさんを狙う事はないのだろうが、僕はおっさんが何をするのか興味が出てしまい、この場から離れることができなかった。

 ガーゴイルが旋回して再びおっさんに向かって降下してくる。おっさんは頃合いを見て呪文のような物を呟いた。


「敵を焼き尽くせ! 消滅の炎!」


 向かってきたガーゴイルがいきなり燃え始めた。どこから出て来た炎か分からないがガーゴイルは苦しむような声を上げると炎に包まれたまま地面に墜落した。石造りの生物なので炎など効かないのではないかと思ったのだが、僕の予想に反してかなり効いているようだ。

 地面に積もった雪を溶かしながら炎は消えることなく燃えている。おっさんはその炎に近づき、ライター代わりにして煙草に火を付ける。唖然とする僕の所に戻って来たおっさんは気持ちよさそうに紫煙を吹き出すと煙草に着いた火を消して再び仕舞ってしまった。


「何だったんだあれは? お前が召喚した物か?」


 いや、おっさんの方が何なんだよ。いきなり何かを唱えたと思ったらガーゴイルが炎に包まれるし、そのまま倒してしまったし。どう考えても普通の人間ができる事じゃない。

 更に言うと一度吸い終わった煙草に火を付けて一度だけ吸ってまた元に戻すと言う事もあまりやる人間はいないと思う。


「俺か? 俺は白雪しらゆきって名前のしがない魔術師だ。これでもれっきとした人間だぞ」


 魔術師……。出会ったばかりのおっさんにそんな事を言われたら危ない人だからすぐに逃げようと思うのだが、実際に魔術っぽいものを使っているのを見てしまうと本当に魔術師なのかと思えてくる。

 それにしてもこんな小汚いおっさんの名前が『白雪』だなんて少し笑えて来る。


「俺の格好と名前は無関係だよ。それよりもアレは何だったんだ? 急に襲ってきたんだが?」


 白雪さんはガーゴイルの事が気になっているようだ。僕は簡単にガーゴイルについて説明すると白雪さんは公園の出口に向かって歩き出した。どうしたのだろうと思っていると白雪さんがこっちにこいとジェスチャーをする。

 それよりも僕はガーゴイルが地面に落ちた後にどうなったか気になり、ガーゴイルを確認すると炎に包まれ、その姿を消滅させた。半分崩れていたとは言え、僕が全く歯が立たなかったガーゴイルをいとも簡単に倒してしまったのだ。


「早く来いよ! もっと話を聞きたいから君の家に行くぞ!」


 正直、こんな小汚いおっさんを家に連れて行きたくはないのだが、今のガーゴイルを見てしまうと魔術と言うのに興味が出て来てしまった。それで話を聞きたいと言うと家で話そうと言う事になったのだ。



「あぁー。良い湯だった。久しぶりに風呂に入るとこんなに気持ち良いもんなんだな」


 家に帰る途中に簡単に自己紹介をしたのだが、僕の自己紹介なんかより食事に興味があったようだ。家に着くとすぐに食事の用意をして提供すると物凄い速さで食べ始めてしまったのだ。

 食事の後は風呂だろと言う事で風呂に入った白雪さんが今出て来た所だ。正直、食事も風呂も提供する気はなかったのだが、どうしても魔術の事が知りたくなって泣く泣く僕は要求をのんだのだ。

 ほんの少しだけ綺麗になった白雪さんだが、元々が小汚なかったのでやっと普通の状態になったと思えるぐらいだった。

 こたつにどっかりと腰を下ろした白雪さんにお茶を提供する。こちらが出せる物は出したので後は魔術の話を聞くだけだ。一口お茶を啜った白雪さんが口を開いた。


「それで? さっきの生物は何だったんだ? 軽く聞いたがちゃんと説明してくれ」


 魔術の事を教えてくれるのではないのかと思うのだが、僕は先ほど説明したよりもう少し詳しい話を白雪さんにする。どこか軽い感じのする白雪さんだが、時折頷いて相槌を入れながら僕の話を思った以上に真剣に聞いていた。


「なるほどな。それで釆原君は戦うために魔術を教えて欲しいと?」


 教えて欲しいというよりは興味があったというのが正しいのだが、僕も使えるようになるなら願ったりかなったりだ。


「魔術を使うこと自体はそれほど難しい事じゃない。結果をイメージし、言霊を紡ぎ、魔力を注入する。それだけだ」


 えっ!? それだけなの? それだけだと誰にでも使えるような気がするけど。


「本来魔術なんて誰でも使えるものだ。ただ、固定概念的に魔術なんて存在しないと思っているため使えないだけだ。それを思えば釆原君は使徒アパスルという存在を知ってその目で魔法を見ているので十分魔術を使えるだけの素地はある」


 そ……そうなんだ。僕は知らない内に魔術を使えるようになってるんだ。試しに白雪さんがやっていた方に炎を出そうとしたが上手く炎は出てくれなかった。


「まずはどういう炎を出したいのかしっかりとイメージするんだ。そして体を巡っている魔力の流れを感じ、魔力でイメージを具現化するんだ」


 何だ? 急に難しくなってきたぞ。どういう炎か。まずはライターの炎みたいなので良いかな。あんまり大きくて家に火が付いたら困るし。

 僕は目を瞑ってライターの炎をイメージする。次は魔力の流れを感じるだったか。魔力なんて今まで意識した事がなかったのでこれが難しい。普段の生活で意識する事のないものなのでこれが魔術を使えない原因なのだろうか。

 兎に角意識を集中して魔力を感じるようにする。アルテアには僕の魔力が供給されているので魔力がないと言う事はないはずだ。

 どれぐらい魔力の流れを探っていたか分からないが、何となく魔力が流れているのが感じられるようになる。「気のせいだろ」と言われればそうかもしれないが、それでも魔力が流れているような感じがするのだ。

 次は言霊を紡ぐんだっけ? でも僕は炎出す言霊なんて知らないぞ。と思っていたらここで集中が切れてしまった。


「言霊と言うと難しいイメージがあるが、何でも良いんだ。自分のイメージを具現化するために言葉にするだけだから。ただ、イメージとかけ離れたものを口にしても魔術は発動しないからな」


 何でも良いのか。それならそのまま「ライターの炎」って言えばイメージとも離れてないし良いのかな。もう一度最初からやり直す。炎をイメージし、魔力の流れを感じる。大丈夫だろうと思った所で言霊を紡ぐ。


「ライターの炎!」


 その言霊と共に僕の掌には小さな炎が具現化した。不思議と僕自身には熱さは伝わってこないがどう見ても炎が掌の上で燃えている。だが、その炎はすぐに消えてしまった。


「最初からそこまでできれば十分だろ。普通はそこまでできるようになるまで何カ月もかかるからな」


 そうなんだ。これもアルテアたちと出会った事の恩恵と言えるのかもしれない。アルテアが居た事で魔力があるのを知ったし魔法だって見せてもらえた。


「後は毎日の訓練だな。繰り返し使ってイメージと魔力の流れを早く感じれるようになればもっとスムーズに使えるようになるだろう」


 更に修行してとなると難しいかもしれないがそれぐらいならできるかもしれない。今回の戦いで使えれば『ギフト』を貰ってないのもチャラになるかもしれないが、実戦で使えるようになるには時間がないかもしれない。


「じゃあ、俺はそろそろ家に帰るわ。飯も食ったし風呂にまで入れたからな」


 それはアンタが要求したからだろ。と言うのは言わず白雪さんを見送りに行く。それにしても白雪さんは家に帰るって公園の事じゃないよな?


「あ? 俺の家は今は公園だぞ。段ボールさえあれば十分暖かいしな」


 いやいや、こんな雪が降る中、いくら段ボールと言えども寒いだろ。おっさんを家に泊めるのは少し躊躇われるが一応魔術を教えてくれた師匠となる訳なので家に泊まってもらう事を提案する。


「気持ちは嬉しいが遠慮させてもらう。野宿が長いとこういった家より外の方が落ち着くんだ。それに君が言った使徒アパスルについても少し調べてみたいしな」


 残念だったような、ホッとしたような感じだ。無理に泊まってもらう訳にもいかないので白雪さんを玄関まで見送りに行く。


「縁があればまた会えるだろう。それまで元気でな」


 雪の降る中、白雪さんは元気に手を振って公園に戻って行った。もしかしてこの寒さにも耐えられるような魔術を使っているのだろうか。それは今度会った時に聞いてみよう。

 白雪さんが帰った後の家はとても静かだった。家に帰って来た時にアルテアがいなかった事から途中で追い抜いてしまったのかもしれない。白雪さんと話していればそのうち帰ってくると思ったのだがアルテアは帰って来なかった。


「アルテア遅いな。どこに行ったんだろう?」


 外に探しに出ても良いのだが、入れ違いになってしまっては意味がないと思い、僕はこのまま家でアルテアの帰りを待つ事にする。

 ただ待っているだけでは眠くなってしまうので、魔術の練習でもしながらアルテアを待つ事にする。練習するのは良いのだが、僕は大事な事を忘れていた魔術にも魔力を使うのだ。

 何度も繰り返し、練習した事により僕の魔力は底をつきかけてしまった。魔力の低下は体力の低下と同じで体が休養を欲してくる。僕はアルテアの帰りを待つつもりが耐えきれなくなり寝てしまった。


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