仲違いの五日目-4


 アルテアの放った一撃は凄い威力だった。確かに手から出した光の弾とは比べ物にならない威力でサッカー場がまだ存在しているのが不思議なぐらいだ。

 アルテアの一撃を食らったガーゴイルの羽音はもう聞こえない。雪を巻き込んだ土煙で良く見えないが、自由自在に宙を舞っていたガーゴイルはすべて消滅してしまったようだ。

 土煙の中、人型のシルエットが浮かび上がった。そのシルエットがこちらの方に進んでくると、土煙から姿を現したのはアンだった。

 アンの着ていた服はボロボロになっており、元々扇情的な衣装が更に皮膚を覆う部分が少なくなって、何も着ていないんじゃないかと思えるような状態になっていた。

 体の所々から血を流しているが、アンはそれほどダメージを負っているようには見えない。平然とした顔で出て来たアンは暫くしてやっと自分の姿がボロボロになっているのに気付いたようだ。

 ボロボロになった自分を服を見たアンは、だらしなく垂れさがっている所や、体に纏わり付くだけになってしまった所を破り捨てる。もう服と言うより、水着に近い状態になったアンだが、雪の降る中、あの格好で寒くないのだろうか。


「女性はファッションのためなら寒さなんて気にしないものよ。それにしても、せっかく強制命令権インペリウムを使って呼び出したガーゴイルを消してしまうだなんて可哀そうだと思わないのかしら」


 マジですか。女性って寒空の中であんな格好になっても、ファッションのためなら寒くないのか。アルテアの方を向くとアルテアは静かに首を振った。


「私はあんな格好をしたら寒くてたまらないです。それほどファッションに気を使っている訳ではないですし」


 そうかな。アルテアも結構お洒落だとは思うけど、本人的には自覚なしに似合う服を選んでいると言う事だろうか。


「それに、ガーゴイルを倒した事も可哀そうだとは思いません。私が思うのは貴方を倒せなかった事で、次にどう攻撃しようかと言う事だけです」


 アルテアがアンに応じると、アンは何が面白かったのか、大きく口を開けて笑い出した。だが、その影響で体の至る所から痛みが襲ったのか、笑顔は苦痛に歪んだ顔に変わった。

 アンが体勢を立て直して歪めた顔を上げると、無理をしてでも笑顔を作る。そしてアンが「治療せよレメディウム」と呟くと、体にあった傷が見る見るうちに消えていく。


「あぁ~痛かった。こんな傷を負ったのは久しぶりだから体を治すのを忘れていたわ」


 全然痛そうな素振りをしていなかったがやっぱり痛かったようだ。アンは体を確かめるように伸びをしたりするが、水着ほどしかない服では色々見えそうなのであまり動かないで欲しい。

 それにしても使徒アパスルは自分で傷を治したりもできるのか。そうなれば倒すのはかなり厳しくなるような気がする。


「魔力があれば可能よ。ただ、欠損した四肢までは治す事ができないから体に傷があるだけで良かったわ」


 アンが丁寧にも解説してくれる。それに対抗し、アルテアが僕だけに聞こえるように補足してくる。


『確かに、魔力があれば可能ですが、強制命令権インペリウムでガーゴイルを呼び出した後に使うには普通らなら魔力が足りないはず。それができると言う事は奪った魔力を使ったのでしょう』


 そうか、アンがここを襲ったのはそういう理由だったのか。より多くの魔力を集めておいて、強制命令権インペリウムを含めてガーゴイルを呼び出し、何かあれば余裕のある魔力で治療を行う。

 そのために何人もの関係ない人たちが犠牲になったのだ。こんな事は許される事じゃない。


「せっかく集めた魔力もこの一戦でほとんど使ってしまったわ。これ以上ここに用はないから私はもう引こうと思うのだけれども追ってくるつもり?」


 逃すものか。店長を元に戻す方法だってまだ聞いてないのに。それはアルテアも同じだったようで、アンが何時動いても良いように構えを取る。


「馬鹿な事を言わないでください。このまま逃がすなんて有り得ません。必ず決着を付けます」


 アンが堂々と逃げる宣言するが、そんな事を指を咥えて見ているようなアルテアではない。こっちも強制命令権インペリウムを使っているのだ。引き分けで終わらせていい戦いではない。アルテアはアンが行動してしまう前にアンとの距離を詰める。その速さは先ほどと変わっておらず、まだ能力の向上が続いているようだ。

 そんなアルテアの行動は想像していたのか、アンが指を動かすと、アンの目の前に店長が割り込んだ。操られているだけの店長はアルテアとアンの間に立っているだけだが、アルテアの攻撃を止めるにはそれで十分だった。


「じゃあ、また会いましょう。こんな雪の降る日は、雪を眺めながらお酒を嗜むのが最高よ」


 残念だが、僕はまだ高校生なのでお酒を嗜む事はできない。アンはアルテアが一瞬動きを止めた隙にサッカー場の大型ビジョンの上まで逃げており、その言葉を最後にサッカー場を後にしていった。

 アンが逃げてしまった事で急にだが戦いは終わった。結果としては引き分けとなってしまい、強制命令権インペリウムを使用しても倒しきれなかったと言う悔しさはあるが、生きていればまたチャンスはある。生きていれば……。



「ザシュッ!!」



 その音の後に何かがグラウンドに落ちる音がした。嫌な予感がする。僕の頬から一筋の汗が伝い落ちる。流れる汗を無視し、僕は音のした方にぎこちなく顔を向ける。

 ゆっくりと向いた僕の目に入ってきたのは首のない店長の姿だった。店長の首があった所から大量の血が噴出し、グラウンドに積もった雪を赤く染めている。

 僕の瞳には雪の白と血の赤が同時に映りこんでおり、最初は半分半分の割合だった景色は、最後には赤だけの世界に変わって行った。

 どうして店長が……。その疑問はすぐに解消された。アルテアの握る日本刀から今でも血が滴り落ちているからだ。アルテアは日本刀を振るって血を落とし、鞘に納めると僕の方に向き直る。

 呆然とする僕のにアルテアが当然の行動をしただけと言った感じで話しかけてくる。


「ヴァンパイアに従属化された人間は、主人がいなくなってしまえば他の人間を襲う可能性があります。ですので適切な処置を行わせていただきました」


 処置? 処置だと? 人を一人殺しておいて処置とはどういうことだ? 生きていればまだ助かったかもしれない。それを殺してしまったら絶対に助からないじゃないか。


「先ほども言いましたが従僕化された人間は元に戻る事はありません。他の人に危害を加える前に殺してしまうのが最善の策なのです」


 アルテアの言っている事は何となくわかるが、理屈ではなく、感情の問題だ。僕は何としてでも店長を元に戻したかったんだ。

 僕は無意識のうちにアルテアの胸倉を掴んでいた。アルテアのどうして怒っているのか分からないと言った表情が、更に僕の怒りを増加させた。

 店長には奥さんも居たんだ。店長の帰りを今もお店で待っているかもしれない。それをこんなあっさりと殺してしまうなんて……。


「手を離してください。私にはツムグがどうしてそこまで怒っているのかが分かりません」


 なぜ分かってくれないんだ。人を殺してしまったんだぞ。待っている人も居る。お店もある。決して死んではいけない人だったんだ。

 グラウンドに降り注ぐ雪の勢いが増してくる。僕の心の中を表すように激しく降る雪が風を伴い、風に吹かれて飛んでくる店長の血が僕の頬を濡らしていく。

 胸ぐらを掴んでいる手をアルテアが掴んだことで僕の手はアルテアの胸倉から離れてしまう。


「……」


 お互いに言葉が出てこなかった。だが、言葉など要らない。お互いの主張を目で語り合っているのだ。

 だが、そんな睨み合いも長くは続かなかった。アルテアが僕から視線を外し、出口に向かって歩き出したからだ。


「意見の相違です。私は私が最善と思った事をしたまで。その考えが気に入らないと言うなら一緒にはいない方が良いでしょう」


 アルテアは僕の隣を通り過ぎる時、そう言い残してサッカー場から出て行ってしまった。


「くそぉぉぉぉぉ!!!」


 誰も居なくなったサッカー場で僕は肺の中にあった空気をすべて使って声を張り上げ、グラウンドに拳を叩きつけると、グラウンドに降り積もった雪が拳によって舞い上がる。

 肺の中に空気がなくなった事で僕は激しく呼吸を繰り返す。体の中に入ってくる空気は冷たく、僕の体から余計な熱を奪ってくれる。

 立ち上がった僕の目の前にある店長の亡骸が雪をかぶり始めていた。店長をちゃんと葬ってあげる事はここではできないが、せめて僕の出来る事はないかと考え、僕は店長の遺体を抱きかかえると雪の当たらない場所まで運んでいく。

 店長の頭を首の上の位置になるように置いて、なるべく生きていた時と同じような状態にするとその上からダッフルコートを掛ける。これなら店長も寒くはないだろう。


「店長、ごめんなさい。今の僕にはこれぐらいしかしてあげられないです」


 僕は店長の前で両手を合わせて目を閉じる。暫く店長との思い出を思い出した後、立ち上がるとサッカー場を後にする。

 アンの張った結界が何時まで持つのか分からないが、ずっとこのままと言うのは考えにくい。それなら結界が解けた時に誰か店長を発見してくれるだろう。

 できれば無事に奥さんの所まで戻ってくれればいいのだが、今の僕には祈ることぐらいしかできない。


 サッカー場の外に置いてあった自転車にも雪が積もっていた。あんな事をしてしまったが、アルテアが待ってくれているだろうと思った僕は甘かったようだ。周囲を見渡してもアルテアの姿はない。どうやら先に帰ってしまったようだ。

 でも、アルテアが居なかった事に少し安心した。一緒に帰ったとして何を話せばいいのか思いつかなかったからだ。

 この雪の中、自転車を漕いで帰るのは危険だと判断した僕は、自転車を押して家に帰る事にする。時間はかかるが、自転車で転んでしまうよりましだろう。

 ダウンジャケットを店長の所に置いてきたので、今の僕は結構薄着だ。車のヘッドライトに映る雪でもかなりの量が降っている事が分かり、余計に寒さが身に染みる。

 暫く歩いた所で何かにぶつかって倒れてしまった。ただ歩いているだけで当たるような物は電柱とか以外はないが、僕は横から何かに当たって倒れたので電柱の可能性はない。

 何に当たったのか確認するために辺りを見渡すと、ちょうど一台の自動車が通り過ぎ、そのヘッドライトで僕に当たった物を映し出した。それはガーゴイルだった。

 アルテアの攻撃ですべてのガーゴイルが消滅したと思っていたが、一匹残っていたようだ。だがその姿はかなり崩れており、自己修復も上手く機能していないようだ。

 だからと言って僕がガーゴイルに勝てる道理はない。雪が積もって危険だが、このまま何もせずに殺されるよりはマシと判断し、自転車に跨り、ガーゴイルから逃げる。


 必死に自転車を漕ぐが雪のせいで思ったようなスピードも出ずガーゴイルを引き離す事ができない。このままガーゴイルを連れて家に帰る訳にもいかないので途中で見つけた公園に逃げ込む。

 雪の降る公園。それも夜の公園では誰も居ないのは当然だろう。だが、そっちの方が僕には好都合だ。これなら誰かを気にして戦わなくても済む。

 自転車を乗り捨て、ガーゴイルが来るまでに何か武器になるような物がないか公園を探すと、何かを作る途中だったのだろうか建築資材が置いてあり、そこから鉄パイプを一本拝借する。

 これでガーゴイルを倒せるかと言うとかなり不安だが、他に武器がないので仕方がない。僕が鉄パイプを手にした所でガーゴイルが公園に到着した。

 宙を浮遊するガーゴイルは僕の姿を見つけると一直線に僕に向かってくる。アンの命令がちゃんと届いてないのかアルテアと戦っている時と比べると動きはとても単純だ。

 向かってくるガーゴイルに僕は鉄パイプを両手で握り大上段に構えるとタイミングを合わせて思いっきり振り下ろした。


「痛ってぇぇぇぇぇぇ!!」


 アルテアが簡単にガーゴイルの体を日本刀で斬り刻んでいたので石のように見えてそれほど硬くないかと思ったらそんな事はなくまんま石だった。

 石を思いっきり殴りつけた事で鉄パイプから振動が伝わり、思わず手放してしまった。地面に落ちた鉄パイプはガーゴイルの形に折れ曲がっており、ガーゴイルの堅さが窺い知れる。

 ガーゴイルの方はどうなったかと思い目を向けるとガーゴイルの形は半分崩れているがそれは僕が来る前からそうであって僕の攻撃ではガーゴイルは無傷と言う事になる。


「うるせぇなぁ。折角人が良い気持ちで寝てるのに大きな音を立てるんじゃねぇよ」


 声のした方を見ると茂みの中から一人の男性が出て来た。その男性の姿は無精ひげにホームレスじゃないかと思えるほどボロボロの服を着ていた。


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