活動の四日目-6
アルテアは家に着くと僕のポケットに入っている鍵を取り出して玄関を開け、僕を抱えたまま部屋に行くとベッドの上に僕を寝かせてくれた。
僕の部屋にはエアコンがあるのだが、使い方の知らないアルテアは居間にあったファンヒーターを持って来て部屋を暖かくしようとする。だが、どうやって点ければ良いのか分からないようだ。
「これはどうやれば暖かい空気が出てくるのでしょうか? 魔力を籠めれば出てくれるのでしょうか?」
ファンヒーターに向かって魔力を注入するような仕草を見せるが、そんな事でファンヒーターは動いてくれない。動かないと分かるとファンヒーターの色々な所を触ってみるが、コンセントを繋げてないのでやはりファンヒーターは動いてくれない。
そんなのよりエアコンの方がスイッチ一つで動いて簡単なのだが、口を動かせない僕はそれを説明できない。こういう時に人に何かを伝える手段がないのは本当にもどかしい。
アルテアがファンヒーターに悪戦苦闘していると、針生が僕の部屋に入ってきた。どうやらビワの葉を持ってもう僕の家に来たようだ。
針生はアルテアが何をやっているのか分からないようだったが、ファンヒーターを動かそうとしているのが分かると優しく教えてあげている。
「まずは差込プラグをこの穴に刺して、ここのボタンを押すと暫くすると暖かい空気が出て来るわ」
アルテアに丁寧にファンヒーターの使い方を教える針生の姿は仲の良い姉妹のように見えた。
「なるほど。この紐を壁につなげないと動いてくれないのですね」
針生に説明された通り、コンセントを繋げてファンヒーターの点火ボタンを押すと、低い音がしてきた。どうやら無事に動いたようだ。
「ヴァルハラは台所を借りて何か色々やっているみたいだから、もう少しかかるそうよ」
寝ている僕に顔を近づけて針生がヴァルハラの進捗状況を伝えてくる。どうやら針生は何かを企んでいるようだ。笑顔が怖い。
案の定、針生は僕にいたずらをし始めた。僕が動けないのを良い事に頬を軽くつねってみたり、顔を近づけたりとやりたい放題やっている。
「アハハッ。面白い。アルテアも一緒にやりましょうよ。日頃いたずらされている鬱憤を晴らすのにはちょうど良いわよ」
ちょっと待て。それでは僕が日々セクハラをしているようになっているではないか。僕はアルテアに何もしていないぞ。パンツを頼んで見せてもらって、お姫様だっこの時に腕が胸に当たっただけだ。決して何もしていない。
それにしても針生がこんな事をする余裕があると言う事は、それほどヴァルハラの用意するものには効果のあるものなのだろうか。そうじゃないと針生のこの行動は理解しがたい。
針生に唆されてアルテアは僕にいたずらをしようかどうか逡巡していると、ヴァルハラが何やら色々な物を持って僕の部屋に入ってきた。ヴァルハラが部屋に入ってきた事で、いたずらをしなくても済んだという安心感と、いたずらができなかったという後悔が入り混じっているのだろう。
「綾那とアルテアは下の部屋に行っていろ。治療の邪魔だ」
ヴァルハラは僕の部屋に入ってくると、針生とアルテアに部屋を出るように言った。人が多いと気が散ってしまうため、ヴァルハラ以外の人間は邪魔になるようだ。
「えぇ~、見ているくらい大丈夫でしょ? 邪魔しないから。それに紡だって一緒にいて欲しいわよね?」
僕の頭を勝手に動かして頷いたように見せるんじゃない。そんな事をしたって誰も騙されないぞ。抵抗して部屋に残ろうとする針生だが、ヴァルハラの意見は変わらないようだ。
「仕方がありません。ツムグの治療が最優先です。私たちは下で待っていましょう」
アルテアの説得に渋々了承した針生は、アルテアと一緒に部屋を出て行く。それまで針生が居た事で騒がしかった部屋が急に静かになった。
二人が出て行ったのを確認したヴァルハラは、七輪の上でビワの葉っぱを燻し始めた。火で焙られたビワの葉からは爽やかな香りがし、部屋の中がビワの香りで一杯になった。
だが、そのいい香りの半面、部屋の中に大量の煙が充満する。都会なら火事じゃないかと騒動が起きそうだが、田舎の家ではこれぐらいでは騒動にならない。ビワの葉の煙が気管支に入り、涙目になりながら咳を繰り返す。ヴァルハラは大丈夫なのかと思い、首を向けると仮面を着けているため平気なようだ。その仮面を僕にも貸してくれ。
「苦いし酸っぱいから我慢しろよ」
ヴァルハラは七輪と一緒に持ってきたコップの中身を僕の口に流し込む。ヴァルハラが言った通り、強烈な苦味と酸味が口の中に広がる。できれば吐き出してしまいたいが、口を抑えられてしまっては吐き出す事もできず飲み込んでしまった。
胃の中が何か熱い感じがしてくると同時に強烈な倦怠感に襲われた。ただでさえ体が動かせないのに倦怠感って……と考えた所で止まってしまった。倦怠感を感じると言う事は体の感覚が戻ってきていると言う事なのだろうか。
ヴァルハラはベッドの四隅にに小さな人形を僕を囲むように置くと、ベッドの傍に胡坐をかいて座った。どこかの部族の呪術を行うみたいで不気味だが、やはりまだ体の動かない僕はなすが儘にされるしかなかった。
何やら呪文のような物を唱え始めると、ファンヒーターで温まってきた部屋が一気に寒くなってくる。いや、ヴァルハラの首筋からは汗が流れているので寒いと感じるのは僕だけなのかもしれない。
「赤の心臓、鼓動を始めよ。青の血液、流れを早めよ。黄の頭部、覚醒を促せ。緑の内臓、
魔法の詠唱だろうか。その言葉を聞いた途端に僕は眠くなってきた。眠気に抵抗できる訳でもなく遂には眠ってしまった。
父さんのハーモニカの音が聞こえてきた。この音は間違いなく父さんが出している音で、僕は音のする方に駆けて行く。
暗い、夜道のような所を進んでいくと急に開けた場所に出た。そこは確か父さんと一緒に来た事のある公園だ。公園には遊具が置いてあり、昔この遊具を使って遊んだのを思い出した。
ふと、ベンチの方に目を向けると一人の男性が座っているのが分かった。その男性が手招きをしている。公園には僕以外誰も居ないので僕の事を呼んでいるのだろう。
男性の前まで行くと、ゆっくりと顔を上げた。その顔は見覚えのある顔で、間違いなく父さんの顔だった。
「父さん!!」
死んだと思っていた父さんに会えた事で嬉しくなった僕は父さんに抱きつこうとしたが、手を前に出され、動きを止められてしまった。
父さんは僕に会えて嬉しくないのだろうか? 僕はこんなにも父さんに会いたいと思っていたのに。
「紡、お前は何をしているんだ?」
何をしているって……。父さんのハーモニカの音が聞こえてきたからここに来ただけなんだけど……。
「違う。そう言う事ではない。お前はなぜ危険な事をしているのかと言うのを聞きたいのだ」
危険な事? あぁ、アルテアと一緒に戦っている事を言っているのか。それは勿論、アルテアを元の世界に戻す手伝いをしたいからだ。最初はあまり乗り気ではなく契約してしまったからと言う感じは否めなかったが、今は違う。僕が積極的にアルテアの手伝いがしたいんだ。
「なぜ数日前に会ったばかりの女性にそこまでする?」
それは……。それは父さんが僕を庇って死んでからずっと誰かを助けるような事をしたいと思っていたからだ。父さんの背中を見て、僕も同じような事がしたいと思っていたからだ。
確かにアルテアとは数日前に出会ったばかりだ。だけど、数日前に出会ったばかりの僕の事を――何も知らない僕の事を体を張って助けてくれるアルテアを助けられるのなら、それは父さんが僕にしてくれたのと同じように助けてあげたい。
僕にできる事なんてほとんどないかもしれない。それでもアルテアの背中を押せるのなら僕はアルテアと一緒に戦う。
「私はお前にそんな事をして貰いたいと思って助けたのではない。お前には母さんと一緒に幸せに暮らしてほしいと思っていただけだ」
父さんには悪いが、僕も大人になるんだ。父さんがそう思って僕を助けてくれたのは本当に感謝しているが、僕のやりたい事は僕が決める。
「なら、どうして母さんに言わない?」
母さんに? それは戦いに巻き込みたくないからだ。あくまで契約したのは僕だ。バレたら仕方がないが、母さんにはなるべく普通の生活をしていてほしい。だから言わないんだ。
「そんなに何度も怪我をしてもか? 母さんはそんな姿を見て悲しんでいるかもしれないんだぞ」
何度も怪我をしてしまっているのは反省している。僕がもっと注意深く行動していれば防げた怪我もあるかもしれない。でも、怪我を怖がってこの戦いから引いてしまうなんて事は有り得ない。
母さんにはこの戦いが終わったらすべて話すつもりだ。僕が何をしてたのか。どうして怪我をしてしまったのかすべて。それで怒られてしまうのなら仕方がないし許してくれるまで謝るつもりだ。
「どうしてもこの戦いを止めるつもりはないんだな?」
ない! 僕は堂々と胸を張って父さんに宣言した。アルテアを無事に元の世界に戻してあげたいと思っているが、それが叶わなくともアルテアとは最後まで一緒にいるつもりだ。
それに針生の事もある。同盟を組んだ以上、途中で投げ出す事なんてできない。針生が「手伝いなんていらない」と言うまでアルテアが居なくなっても手伝うつもりだ。
「そうか。ならもう何も言わない。お前の人生だお前の思ったように進むがいい」
そう言うと父さんの周りがどんどん暗くなっていく。
「父さん!!」
いなくなる父さんを引き留めようと手を伸ばした所で僕は目が覚めた。ベッドの上で上半身だけ起こし、伸ばした手は何も掴めずそのままになっていた。
「夢か……」
やけにリアルな夢に思えた。隣で魔法を唱えていたヴァルハラは居なくなっており、部屋には僕一人だけだった。
部屋が暗いのでまだ夜中なのだろう。跳ね起きてしまった上半身をもう一度ベッドに倒す。そう言えば体は動くようになったのか。ほとんど何も見えない天井を見ながらそんな事を思う。
夢を見て疲れてしまうなんて本末転倒だろうと思うが、体には凄く倦怠感が残っている。目を瞑ると水の中に沈み込んでいくように何の抵抗もなく意識を手放した。
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