活動の四日目-5


 スリットから出て来た生足に気を取られていた訳ではないが、シェーラの予想外の動きに僕は足が引っ掛かり倒れてしまった。それを好機と見たシェーラは倒れた僕を狙って鉤爪を振り下ろしてくる。狙いは僕の顔で、どうやら顔面串刺しがお好みらしい。

 倒れて体勢を崩してしまっている僕にはシェーラの攻撃を避ける手立てはない。半分諦めかけた僕だったが、不意に針生の声が聞こえた。


「私が居るのを忘れてるんじゃないわよ!」


 戦いに巻き込まないようにしていた針生が僕の所まで来て、シェーラに体当たりをしたようだ。そのおかげでシェーラの狙いは逸れ、僕の顔面に向かっていた鉤爪は肩を掠るように地面に突き刺さった。


「せっかくのチャンスを……。忌々しい女め! お前から殺してやる!」


 シェーラが地面に突き刺さった鉤爪を引き抜き、針生に向かって鉤爪を振り下ろそうとするが、シェーラは僕がどこにいるのか忘れているようだ。僕はシェーラのお腹に下から思いっきり蹴りを入れると、意外と体重の軽いシェーラは簡単に吹き飛んだ。


「どう? 釆原君。私だって役に立つでしょ」


 腰に手を当てて胸を張る針生だが、寝転がっている状態の僕には下から胸を眺めるような形になり、形の良いほど良い大きさの胸がコートの間から存在をアピールしているように見えた。

 先ほど腕に押し付けられた事を思い出しながら思わず凝視してしまった僕は悪くないと思う。それでもあまり長い間見つめると針生にバレてしまうので名残惜しいが、視線を逸らす。


「貴様ら許さんぞ。男も女もどっちの体か分からなくなるぐらい斬り刻んでミンチにしてかき混ぜてやる」


 僕に蹴り飛ばされたシェーラが立ち上がりながら怒りを露にする。殺されてしまうなら串刺しにされようが斬り刻まれようがどちらでも構わないが、生憎殺される気など全くない。

 僕も立ち上がってシェーラの攻撃に備えようと上体を起こす――が、なぜか体が言う事を聞いてくれなくて上体を起こす事ができない。


「紡どうしたの? 早く起きなさい! シェーラが来るわよ」


 針生に言われるまでもなく起き上がろうとしているのだが、体が動かないのだ。その事を針生に伝えようとするが、口もうまく動かず、声を発する事もできない。

 これはいくらなんでもおかしい。倒れてしまって体を痛めて起き上がれないのはまだ考えられるが、口が動かす事ができないなんて考えられない。シェーラが攻撃をしてくる態勢を取っても起き上がらない僕の様子を見て、針生はやっと僕の体に何か起こっていると気付いてくれた。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ? もしかして体が動かないの? 起き上がれないの?」


 針生さん、やっと気付いてくれましたかという目で針生を見る。針生は慌てて僕の上半身を起こしてくれるが、そこまでだ。体も動かない口も利けない僕ではそれ以上何もする事ができないのだ。

 シェーラがその様子を見て、口角を上げる。どうやら僕の様子を見て体が動かない事に気付いたのだろう。シェーラは間髪入れず僕たちの方に向かってきた。針生は苦し紛れに魔力障壁を展開するが、鉤爪で攻撃してくるシェーラにはその効果は全く期待できない。僕たちの目の前まで来たシェーラは鉤爪を大きく振りかぶって倒れている僕に向かって振り下ろしてくる。何もできない僕は体を固くし、目を瞑る事しかできなかった。



「ガキッ!!!」



 激しく金属が擦り合う音がした。その音を最後に辺りは不気味なほど静かになる。死を覚悟した僕だったが、ゆっくりと目を開けると音がした理由が分かった。その音は決して針生の魔力障壁がシェーラの鉤爪を防いだ訳ではない。

 なぜなら針生は僕と同じように目を瞑って体を固くしてしまっているからだ。魔力障壁を展開するために差し出した手が震えているのがよく分かる。針生も怖いのだろう。


「ツムグ! 綾那! 大丈夫ですか!?」


 音のした所からアルテアの声が掛かる。ゴーレムと戦っていたはずのアルテアが僕たちの所まで戻って来てシェーラの攻撃を日本刀で受け止めてくれたのだ。流石にこちらに向く余裕はないようだが、アルテアのおかげで九死に一生を得た。

 それにしてもアルテアが相手をしていたゴーレムはどうしたのだろう。僕はゆっくりだが、何とかアルテアが戦っていた所に顔を向けると、そこには三体居たゴーレムが一体だけになっており、ヴァルハラが残り一体になったゴーレムの相手をしていた。


「アルテア。相手をしていたゴーレムはどうしたの?」


 針生も同じようにアルテアたちが戦っていた所に顔を向けて、僕の思っていた事をそのまま口にした。まあ、そう言いたくなるよな。僕も同じだし。


「私とヴァルハラで一体ずつ倒しました。今ヴァルハラが相手しているのが最後の一体です」


 ヴァルハラの足元を見ると瓦礫と化したゴーレムが散乱しており、その瓦礫の量からも、確かにゴーレムを倒したのが伺い知れる。僕たちの会話を盗み聞きしていたのかシェーラもゴーレムたちの残骸を確認すると、一旦、攻撃を止めて距離を取った。


「私のゴーレムたちを倒しただと!? そんな事があるはずがない! 強制命令権インペリウムを使わずに倒すなんて有り得ない!」


 シェーラは現実が受け止められず、未だに他のゴーレムを探して周囲を見渡しているが、瓦礫になったゴーレムが起き上がってくる事もなく下唇を噛んで体を震わせる。


「貴方の失敗は私たちの相手をゴーレムに任せてツムグたちを襲った事です。いくらゴーレムと言えど貴方なしで戦えば倒せない相手ではない。せっかく有利だった状況を手放した貴方の判断ミスです」


 日本刀を構え直したアルテアをシェーラは親の仇でも見るような眼で睨みつける。僕がそんな眼光で睨まれたら石化してしまうのではないかと思うのだが、アルテアには何の効果もない。


「私のミス? 私がミスなんて犯すはずがない! お前は何も分かっちゃいない! 分かっちゃいないんだ!!」


 ミスと指摘されたシェーラは髪を振り乱してアルテアの所まで迫ってくる。大きく振りかぶった一撃がアルテアを襲うが、アルテアは日本刀で難なく攻撃を防ぐ。シェーラもそれぐらいは覚悟をしていたのか、すぐに鉤爪での攻撃から光の弾による攻撃に変える。至近距離から放たれた光の弾をアルテアは超人的な反射神経で躱した。


「馬鹿な! 今の攻撃を躱しただと? 亜人族でもあるまいし考えられない」


 完璧なタイミングで放った一撃を躱された事でシェーラは驚愕の表情を浮かべる。対するアルテアは当然と言わんばかりの表情をしており、二人の表情を見るだけでもどちらが優勢か分かってしまう。


「あんな怒りに任せた攻撃など私には通用しません。今度は私から行かせてもらいます」


 アルテアが日本刀を振り下ろすとシェーラは堪らず大きく後退する。シェーラのドレスには新たにスリットが作られ、風に吹かれるたびに艶めかしい足が見え隠れする。クソッ! 体が自由に動けば存分に堪能できるのだが、体の自由が利かない状態では首を上げているだけでも辛い。


「シェーラ! 何をしているんだ! 早くあいつらをやっつけるんだ!」


 釼の声にシェーラは大きく息を吐く。先ほどまでと違い良い意味で力の抜けたような表情になったシェーラは釼の所まで戻って行く。

 急に自分の所まで戻って来たシェーラを見て釼は怯えたように辺りを見渡すが、シェーラは無言のまま手刀を釼の首に落とした。気を失ってぐったりとする釼を肩に担ぎ、シェーラがこちらを振り返る。


「悔しいですが、ここまでです。私たちは引きますが、簡単に逃がしてくれる様子ではないですね」


 アルテアはすでにシェーラに向かって走り出していた。だが、アルテアがシェーラの元に辿り着く前にシェーラはゴーレムに命令する。



自爆しろリベロ・ ストゥルティ



 シェーラの命令が響くとゴーレムの体が急に発光し始めた。ゴーレムと戦っていたヴァルハラは急いで距離を取り、アルテアはシェーラに向かっていた足を止め、僕たちの方に戻ってくる。

 白く発光した体は徐々に輝度を増し、見ているだけでも目が潰れそうなぐらいの光になると、ゴーレムの体が大爆発を起こした。

 ゴーレムから離れている場所にいる僕の所にも、大型台風が来た時に外に出たような風が襲ってくる。強風とそれに混じる砂や石のせいでただそこにいるだけで僕の体はダメージを受けて行く。だが、その風はすぐに弱くなった。顔を上げると僕たちの所まで戻って来たアルテアが前に立ち塞がり、風除けとなってくれているのだ。

 アルテアは飛んでくる石を日本刀で軌道を変える。石と言っても拳大ほどの大きさがあるので岩と言った方が正解かもしれない。台風並みの風に乗って向かってくる岩を弾くなど人間の出来る事ではないが、アルテアはそれを難なく行っている。

 暫く風と土埃に耐えると、風が徐々に弱くなってきた。口の中まで砂利が入って来て気持ちが悪いが体が動かないので濯ぐ事もできない。


「逃げられましたか」


 アルテアの声に僕はシェーラの居た所を見ると、そこには誰の姿もなかった。どうやらシェーラはゴーレムを自爆させた時に釼を連れて逃げて行ったようだ。


「ツムグ! 大丈夫ですか!?」


 シェーラが居なくなった事でアルテアは慌てて僕の所まで来て屈んでくれた。声が出せないので目だけで何とか大丈夫と合図をするが、この状態では大丈夫だとは信じてもらう事ができない。

 慌てふためくアルテアの姿を見ると、昨日、僕が玄関で倒れた時もアルテアはこんな感じだったのかと思えて、なんだかおかしくなった。


「どうやらシェーラの鉤爪には毒が塗ってあったようだな。嫌らしい事を考える女だ」


 忍者のように気配を感じられることなく近くに来ていた僕の様子を見てそう診断する。僕は毒のせいで体が動かなくなったり、口が利けなくなったりしているようだ。


「ツムグは大丈夫なのですか? 助かるんですか?」


 狼狽するアルテアに、ヴァルハラは僕の傷口に仮面の着いた顔を近づけると、臭いを嗅いでいるようだ。仮面を着けたままで臭いが分かるのだろうか? それよりも食事の時はその仮面は外すのだろうか? 今度針生に聞いてみよう。

 余計な事を考えていると、ヴァルハラが傷口から顔を離してゆっくりと答える。


「このままだと拙いな。この臭いはガクテ毒だ。意識はあるのだが、体が動かなくなり、最後には呼吸が出来なくなって死んでしまう。ドワーフの住んでいる山岳地帯に生息している毒蛇の毒を使ったものだな」


 臭いだけでそこまで分かるのかと思うが、ヴァルハラたちが居る世界の毒蛇の事など分からないので、ヴァルハラの言う事を信じるしかない。実際、僕の体は動かなくなっているし。

 どうやら僕は最後には呼吸ができなくなって死んでしまうようだ。どうせ死ぬのなら楽に死にたいと思っているので、窒息は正直嫌だった。

 窒息と言っても女性の胸に顔を押し付けられての窒息ならまだ我慢ができるだろうか? いや、その時は良いかもしれないけど、葬儀の時に死んだ理由が広まったりしたら焼香中に吹き出す人がいるかもしれない。そんな葬儀は望んじゃいない。写真の前で笑いが漏れる葬儀なんて嫌だ。


「どうすればツムグは助かるんですか! 早く手当てを! 急がないと死んでしまう!」


 僕の馬鹿な考えをよそに未だに動揺が収まらないアルテアにヴァルハラは静かに近づくと、アルテアの頬を張った。

 乾いた音が校庭に鳴り響き、動揺していたアルテアは何が起こったのか分からず、その場で固まっていた。張られた頬が徐々に赤くなってくるとようやく何が起きたか理解したアルテアがヴァルハラに食って掛かる。


「何をする……」


「落ち着け。君が慌てた所で状況が良くなる訳ではない。この毒は放っておけば死んでしまうが、致死性のある物ではないのだ」


 アルテアの言葉を遮ったヴァルハラは言葉を荒げる事はせず諭すようにアルテアに言って聞かせる。こうしてみるとどこか親子のようにも見える。

 ヴァルハラの説得でようやく落ち着きを取り戻したアルテアを置いてヴァルハラは針生の方に歩いていく。


「確か、君の家には確かビワが植えてあったな?」


「えぇ、あるわ。初夏には収穫できるけど、今の時期だと実はなってないわね」


「問題ない。実が必要ではなく、葉っぱが必要なのだからな」


 針生はビワの葉っぱを何に使うのか分からず首を傾げるが、ヴァルハラは淡々と指示を出していく。正確な年齢は知らないが流石最年長と言った感じだ。


「私と綾那は一旦家に戻ってビワの葉を取りに行く。アルテアは紡を家に連れて行き、部屋を暖かくして待っていてくれ」


 言うや否やヴァルハラは針生をお姫様抱っこして校庭から走り去ってしまった。


「すみません。私の不注意でした。私がもっとしっかりしていればツムグがこんな事になる事はなかった」


 倒れている僕に頭を下げてくるアルテアだが、あの時アルテアはゴーレムと戦っていたので、不注意でも何でもない。それを言うんだったら僕がシェーラの攻撃をちゃんと避けれなかったのが原因なんだ。

 アルテアは倒れている僕の下に手を入れると、お姫様だっこをして立ち上がった。

 口の動かせない僕はおんぶに変えてくれと言う事もできず、アルテアのなすが儘に抱えられる。恥ずかしさに赤面してしまいそうになるが、本当に赤面してしまう事が起こった。体の動かせない僕はアルテアの首に手を回す事ができない。そのため腕がアルテアの胸に当たってしまっているのだ。

 だが、今の僕には感覚が全くない。折角アルテアの胸て腕が当たっているのだが、何も感じる事ができないのだ。


「大丈夫ですか? ツムグ。気分が悪いんですね。すぐに家に戻りましょう」


 僕が何とか少しでも体を動かそうとしているのを苦しんでいると勘違いし、来た時と同じように凄いスピードで走り出した。

 来るときはアルテアの良い匂いが心地よかったが抱きかかえられている状態では風が顔に当たって目も空けていられない。ただ、体の感覚がなくなっているので寒さを感じないのは幸運だった。


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