活動の四日目-4


 先に動いたのはシェーラの方だった。庭で戦ったアルテアたちが出していたように手から光の弾を放ちながら、ヴァルハラとの距離を詰める。ヴァルハラの方も同じように光の弾を放ち、相殺していくが、その間隙を縫ってシェーラがヴァルハラの懐に入り込む。

 シェーラが懐に入った所で鉤爪による攻撃が始まった。素早く振るわれる鉤爪をヴァルハラは上体を動かして躱していく。


「相手の攻撃も中々の物ですが、ヴァルハラはまだ余裕のようですね」


 僕の隣で一緒に隠れているアルテアが、ヴァルハラたちの戦いを見てそう評する。素人の僕にはヴァルハラが押されているように思えるのだが、アルテアから見るとそうではないようだ。

 今僕たちが出て行けば、二対一の戦いになって有利になるはずなのだが、アルテアは動こうとしない。


「綾那にも何か考えがあるのでしょう。私たちは合図を待つだけです」


 針生の方を見るが、ヴァルハラたちの戦いを見ていて、こちらに合図を送る様子はない。もしかして僕たちの事を忘れているんじゃないだろな。


「綾那は結構しっかりとした性格をしています。私たちの事を忘れているなんて事はないでしょう」


 確かに。わざわざ自分が飲みたい紅茶を家から持って来るぐらいだ。そんなしっかり者の針生が僕たちを忘れている事はないだろう。忘れてないよね? 信じるよ。


 戦いはアルテアが言ったように徐々にヴァルハラが押していくようになる。手に持っていた拳銃から短刀が突き出ており、それを剣のように振るってシェーラを押し返している。ああいうギミックの拳銃は向こうの世界ではよくある物なのだろうか。


「いいえ、あの武器は私の居た世界でも見た事がありません。一体どこで手に入れたんでしょうか」


 どうやらアルテアもあの拳銃は見た事がないらしい。かと言ってこちらの世界にあるような武器ではないので向こうの世界から持ってきたのだろうが、拳銃の形をしているのが気になる。

 その間にも戦いは進行しており、戦況はヴァルハラが完全にシェーラを押し込んでいるような形になる。


「シェーラ! 何をしてるんだ! こんな奴早く倒して針生を殺せ!」


 釼がシェーラに発破をかける。シェーラは釼の方を見る事なく頷くが、それで戦況が良くなったりする事はない。距離が離れるたびに放たれる光の弾が、校庭に穴をあけて行き、土のグラウンドはいつの間にか凸凹になってしまっている。

 奥の方を見ると、僕が逃げてきた時よりボロボロになった校舎があり、多分、エルバートとアンドロイド族の女性が戦って壊してしまったのだろう。それにしても壊れ方が尋常ではないが。一体僕が居なくなった後、どんな戦いをしていたんだろうか。

 釼の声に女性は気合を入れ直してヴァルハラに向かって行くがどうにも状況が良くならない。


「あの女性は多分、ドワーフ族ですね。スリットから覗く太腿の辺りにドワーフの証である紋章が見えます」


 アルテアはここからそんな細かい所まで見えるのか。僕には女性が戦っている影が見えるだけで紋章もスリットも……。スリットだと? 僕にはワンピースのドレスっぽいものを着ているぐらいしか分からない。もっと近くで見たい。ドレスからチラリと覗く太腿、いや、紋章を確かめなければ。

 僕が『紋章』を確かめるために一歩前に出るとアルテアに押し戻されてしまった。何があっても僕を学校に近づけないつもりだ。針生さん。早く、早く僕たちに合図をください。

 僕がアルテアと一進一退の攻防をしている間にもヴァルハラは女性を追い込んでいく。その様子に釼は我慢できないと言った感じで、僕たちの所まではっきりと聞こえるぐらいの大声で叫んだ。



「蹴散らせ、シェーラ!!」



 その言葉を合図にドワーフ族の女性……シェーラの動きが一変する。鉤爪を使ってヴァルハラを牽制すると、大きく飛び退いて距離を空けると両手を地面に付けて何かを呟き始めた。


「ツムグ、シェーラが何かをするようです。何が起こっても良いように準備をしておいてください」


 準備と言われても僕に準備をする物は何もない。あったとしても逃げる準備だけなのだが、針生を置いて逃げる訳にもいかないので、その準備も必要ない。

 シェーラが何かを呟き終わり、顔を上げると地面から人が生えてきた。いや、実際には人ではなく、人型のものだ。三メートルほど体長があるだろうか、全身が岩で構成されている生物は、僕が知っている限りゴーレムと呼ばれる物だ。

 しかも、一体だけではなく後から出てきたのも含めると都合三体のゴーレムがヴァルハラの前に現れた。


「どうやら強制命令権インペリウムを使用したようです。ドワーフはゴーレムを使役して攻撃や防御を行う事を得意としているので間違いないでしょう」


 僕の知っているドワーフとは少し違うようだ。僕のイメージだと小さいおっさんが洞窟で穴掘りをしているのがドワーフだ。あんなにスタイルの良い女性ではないしゴーレムを使役するのも聞いた事がない。


「こちらのドワーフのイメージとはそうなのですか? 私たちの居た世界ではドワーフは人間族とほとんど見た目は変わりませんが」


 道理で最初に見た目の説明があった時にドワーフの話が出てこなかった訳だ。僕の知っているドワーフなら低身長に髭面と分かりやすい特徴があるのにエルフとかしか出てこないのは少し不思議だったのだ。

 それにしても強制命令権インペリウムを使うとゴーレムとかも使う事ができるのか。じゃあ、アルテアもゴーレムを使う事ができるのか?


「いいえ、私はそう言う事はできません。主に人族は魔力の放出、精霊族は精霊の使役、亜人族は身体の強化が強制命令権インペリウムによって行われます」


 ん? アルテアは庭での戦いの時も魔力の放出はしていたはずだ。それだと強制命令権インペリウムを使ってもあまり変わらないような気がするが……。


「単純に威力が違います。普段が人を一人倒す事ができる程度なら、強制命令権インペリウムを使う事で十人一気に倒す事ができるぐらい違うのです」


 単純に考えると十倍ぐらいの威力の差があるって事か。それは凄い。そんな凄い力をパンツを見せてなどくだらない事には使ってはいけないと思い知らされた。

 三体のゴーレムを相手に流石のヴァルハラも苦戦を強いられているようだ。針生も危険を感じたのだろう。やっと僕たちの方に視線を送ってきた。それを合図と受け取ったアルテアが首輪を外された猛犬のように学校の中に入っていく。ここにいても良いのだろうが、中には針生もいるため、僕もアルテアに遅れて学校の中に入っていった。決してスリットから覗く太腿を見たい訳ではない。


「針生、合図が少し遅いんじゃないのか? もう少し早かったら相手が強制命令権インペリウムを使う前に二対一にできたのに」


 僕は針生の隣に行くと、針生に合図が今のタイミングになった真意を聞く。


「ん? 忘れてただけよ。でも、思い出したんだから問題ないでしょ」


 誰だ、針生がしっかりした人間なんて言った奴は。全然しっかりしてないじゃないか。思いっきり忘れてたじゃないか。


「紡も案外細かい所があるわね。こういうのは上手く行けばその過程なんて関係ないのよ」


 現状、上手く行っている感じではない所でそれを言えるのは凄いよ。

 針生と話している最中も僕は前に居るヴァルハラとアルテアから目を離す事はなかった。それはアルテアたちの前にいるゴーレムが異様な存在感を放っており、目を離した隙に何か行動しないか警戒していたからだ。


「針生! 誰だこいつは? 急に現れやがって! 俺達の邪魔をするんじゃねぇ!」


 ゴーレムの陰に隠れていた釼が、針生の隣に来た僕を指さし叫ぶ。どうやら針生の隣に男がいるのがお気に召さないようだ。そんな釼の心情を分かっているように針生は僕の腕に自分の腕を絡ませる。


「なに言ってるの? 私の隣にいるんだもの、当然ダーリンよ」


 勝手に彼氏扱いされては困ると針生の方を向くと、『合わせろ』と言わんばかりの視線を向けてくる。どう見てもダーリンと呼ばれる相手に向ける目ではないのだが、僕も怪我をしたくないので、ここは黙って針生に合わせておく。


「僕の彼女に手を出すな! 振られたんだったら大人しく諦めるんだな」


 少し棒読みになってしまったが、なぜか針生が真っ赤になっている。お前が合わせろと言うから彼氏のふりをして言った事もないセリフを吐いたんだから、その言葉で赤くなるのは止めて欲しい。

 針生に合わせた僕の一言に釼は頭を掻き毟り始めた。何か呻き声のような物を出したと思ったら、目を真っ赤に充血させ、僕の方を再び指さした。


「シェーラ! そんな奴らは放っておいてあの男を殺ってしまえ! 針生に目の前で男が死ぬ所を見せてやるんだ!」


 針生さん、標的がなぜか僕に代わっているんですけど……。舌を出して可愛い素振りをしても騙されませんよ。


「良かったじゃない。女性を守って死ぬなんて。男冥利に尽きるわよ」


 この野郎、言いたい事を言いやがって。死ぬのは僕なんだぞ。もう我慢できない。一言言ってやる。そう思った僕に針生は釼に見せつけるように、さらに体をくっつけてくる。

 僕の肘に針生の柔らかい胸が当たる。針生は意外と着痩せするタイプなのだろうか。思いの外、僕の肘は針生の胸にめり込んでいる。この感じからするとアルテアよりも大きい。


「ちょっと、どうして屈むのよ。抱き着きにくいじゃない」


 針生さん。僕も男性なので、その辺りは察してください。男性には思いもしない所で作られてしまう山脈があるのです。

 そんなほのぼのとした僕たちとは違い、アルテアたちの方はゴーレム相手に苦戦をしていた。ゴーレムは動きがそれほど早くないため、アルテアたちの攻撃はゴーレムに当たっているのだが、それだけだ。全身が岩のようになっているゴーレム相手では剣での攻撃はほとんど意味をなさない。

 しかも、相手は防御をすると言う事をしないため、アルテアたちの攻撃を受けた傍から反撃を行ってくるのだ。そして一番の問題はゴーレムそのものが倒すべき対象ではないと言う事だ。

 シェーラはアルテアたちが攻撃をし終えた所を狙って、鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。基本的にゴーレムは自動オートで動いているのだが、シェーラが命令した時だけは、シェーラの命令を優先するようになっている。

 そうした特性を利用し、シェーラはゴーレムに壁を作らせ、自分の姿を隠して相手の死角から攻撃したりしていた。

 実質、四対二の状態になっているアルテアとヴァルハラだが、即席とは思えないほど良い連携で戦っている。アルテアがゴーレムの攻撃を受けようとした所で、ヴァルハラが手から光の弾を出してゴーレムの攻撃の軌道をずらしたり、ヴァルハラの背後からシェーラが攻撃しようとした所をアルテアが止めたりと、まるで相手の事が分かっているような動きをしている。

 そうした相手の事をカバーする動きが苦戦をしながらも、決定的な一撃を貰う事なく戦い続けられている要因だろう。


「何をやっているの! あの二人が連携できないように引き離しなさい!」


 中々上手くいかない事にシェーラは苛立ちながらゴーレムたちに命令する。ゴーレムの一体がシェーラの命令に従い、アルテアとヴァルハラの間に割って入る。アルテアとヴァルハラはすでに一体のゴーレムと対峙しているので、間に入られてしまうと相手の事をカバーするのが難しくなってしまった。

 それでもアルテアたちは上手い事立ち回り、間に入っているゴーレムの隙を突きながら相手をカバーしていく。


「思った以上にヴァルハラとアルテアの相性は良いようね。即席とは思えない連携だわ」


 確かにアルテアとヴァルハラの連携は、つい先日会ったばかりとはとても思えないような動きだ。そして、針生もとても先日会ったばかりとは思えないぐらい僕に体をくっつけてくる。

 流石に何時までも屈んだ状態でいるのは何かあった時に動きがとりずらいので、腕を引き抜いて針生から一歩距離を取る。頬を膨らませて不満の意を表してくる針生だが、その視線はすぐにアルテアたちの戦いの方に向いてくれた。

 アルテアとゴーレムの戦いに気を取られていたが、シェーラの姿が見えなくなっているのを僕が気が付いた。

 どこか安全な所からこの戦いを見ているのだろうと思ったのだが、ゴーレムがアルテアを攻撃した時に抉った土の中にあった石が僕の横を通り過ぎたのをそのまま目で追たのが功を奏した。

 首だけを後ろに向けた僕の目の端にシェーラの姿が映ったのだ。どうやらアルテアたちの戦いを大きく迂回して狙いを僕たちに定めてきたようだ。僕は瞬時に針生に抱き着くと、そのまま押し倒すようにしてシェーラの攻撃を避けた。


「紡。こんな人が一杯いる所で……、しかも外でなんて……、私の心の準備が……」


 何か勘違いして顔を真っ赤にしている針生は無視して、僕は素早く立ち上がると、シェーラと対峙する。


「嘘っ。なんでこっちにシェーラが来てるのよ」


 やっと正気を取り戻した針生が慌てて立ち上がる。良かった。あのまま倒れたままだったら、シェーラに狙われかねない。


「私の攻撃を避けただと? 忌々しい奴め」


 偶然、シェーラの姿を見つける事ができただけで、石が飛んで来なかったら今頃は二人とも鉤爪に貫かれて死んでいただろう。運が良かっただけだ。


「ツムグ! 大丈夫ですか!?」


 アルテアがこちらに向かってこようとするが、その前にゴーレムが立ち塞がる。ヴァルハラも同様にゴーレムに邪魔をされてこちらに来る事はできない。

 針生の魔力障壁ではシェーラの鉤爪を防ぐ事はできない。そう考えた僕はシェーラを引き付けながら針生から離れる。どうやらシェーラの狙いも釼に言われたように僕みたいで、ちゃんと僕に付いて来てくれた。

 だが、相手は人間の身体能力を遥かに超える力を持った使徒アパスルだ。そう何度も攻撃を避けたりはできない。針生から離れた所で立ち止まった僕は激しく動き回るシェーラに集中するが、シェーラの姿はほとんど目に映らない。

 動きが速い。集中するんだ。攻撃をする時には必ず動きが見えるはず。その時を確実に躱すんだ。僕は自分にそう言い聞かせると、大きく息を吐いて体の力を抜く。肩に力が入ってしまっていては、一瞬の反応が遅れてしまう。

 集中した僕の横からシェーラの鉤爪が迫る。鉤爪は三本の爪のようになっており、その全てが鋭い短剣のようになっている。風を斬る音が弾丸となって襲ってくる。僕は態勢を低くし、前方にダイブする事でシェーラの横を通り抜け回避する。だが、少し遅かったようで右腕の後ろから背中にかけてダッフルコートが破れてしまった。

 この寒空の中、これ以上、ダッフルコートを斬り刻まれてしまったら戦いが終わった後、震えながら家に帰る事になってしまう。そう思った僕はダッフルコートを脱ぎ投げ捨てた。僕は死ぬ気などサラサラない。もう一度このダッフルコートを着て帰るんだ。

 傍から見れば気合を入れるためにダッフルコートを脱ぎ捨てたように見えるだろうが、実際は帰りが寒くなるのが嫌なだけだ。そんな事を考えられると言う事はまだ余裕があると前向きにとらえる。


「気合を入れたようだけど、それで私の攻撃が躱せるほど甘くないわよ」


 予想通り、シェーラは僕が気合を入れるためにダッフルコートを脱ぎ捨てたと思っている。まあ、そっちの方が格好良いから良いんだけどね。

 再び高速で動き回るシェーラが今度は正面から鉤爪を伸ばして来る。正面からの攻撃なら横方向からの攻撃と違ってシェーラの動きが見やすいのでサイドステップで躱そうとした所、シェーラがスリットの間から長く綺麗な足を伸ばして来た。


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