活動の四日目-3
「それで? どうして夜中に病院を脱走したの? 脱走じゃなくて看護師さんにでも手を出して追い出されたとか?」
ば・か・な・こ・と・を。紳士である所の僕がそんな事をするはずがないじゃないか。
看護師さんを見て、良いなって少しは……多少は……それなりに……。良いなって思うが、僕は健全な男子だ。看護師さんに手を出したりなんてしないし、脱走なんてしていない。勝手に退院しただけだ。
「あら? 健全な男子だったら手を出すんじゃない? 魅力的な女性を見てムラムラしない方が不健全よ」
むっ! それはイタリア人男性的な物か? 可愛い女性を見て口説かない方が失礼みたいな。そりゃ魅力的な女性を見ればムラムラしてくるよ。だが、それは決して手を出して良いと言う訳ではない――と思う。
「それはその看護師さんが知らない人だからよ。例えば今、私とアルテアがナース服を着てこの場に居たらどう思う? ほら、想像してみなさい」
なぬ? 今ここに針生とアルテアがナース服が着ていたらだと? 確かにそれだと他人がナース服を着ているより興味がそそられる。そのナース服は白なのか? ピンクなのか? どっちなんだ?
「フフフッ。良い所をつくわね。私たちが着ているナース服は白よ。純白よ」
純白か。ベーシックだが悪くない。更に白いストッキングを履いていれば尚良い。白一色の服から見える太腿の肌色がチラリと見える事によるセクシーさは破壊力抜群だ。
「さらに言うと、ピンクのカーディガンをナース服の上から着ているわ」
うぉ! これはやられた。僕のイメージしていた看護師さんを再度作り上げる必要がある。そのカーディガンは少し大きめが良い。検温の時に持っているクリップボードを持つ手の半分ぐらい隠れて指だけが見えているのがベストだ。
どうして手が半分隠れているだけで、こんなにもかわいく思えるのだろう。手を半分隠す事によって守ってあげたいと思ってしまうのがそう思わせるのだろうか。思わず顔がニヤケてしまう。
僕が針生とアルテアを見てナース姿を妄想していると、僕の隣に座っていたアルテアが立ち上がり、針生の隣に行ってしまった。
「アルテアは良く分かってるわね。私たちを見てナース姿を妄想する男の隣に居たら危険だって分かっているのね」
「はい。綾那の言う通りです。なぜかツムグの隣にいて寒くなって来たので、こちらに移動してきました」
嵌められた。あんな事言われたら想像しない方がおかしい。針生の奴、僕とアルテアの関係を悪くさせて何をする気だ。
「今頃気付いたの? 同盟なんて嘘よ。これでアルテアは私の仲間よ。もう紡の元になんて戻らせないわ」
針生がアルテアと肩を組んでニヤリと笑う。それを見たアルテアもはにかんだような笑顔を見せる。畜生! 可愛いじゃないか。ってもうこれぐらいで良いだろう。茶番は終わりだ。こんな事をやりに家に来た訳ではないだろう。
「そうね。紡を揶揄うのはこれぐらいにしておいて、そろそろ本題に行きましょうかね」
どこまで本気で言っていて、どこからノリで話していたのか良く分からないが、針生は僕の家に来た理由を話し始めた。アルテアも僕の隣に戻って来てくれている。良かった。これでアルテアが戻ってきてくれなかったら泣いていた所だ。
「実は他の
そう言う話なら看護師さんの話をする前に言って欲しかった。僕はてっきり今後の行動方針について話すのだと思って、その前に馬鹿な話に付き合ったのだが、こんな重要な話なら最初から真剣に聞いておけば良かった。
それにしても呼び出しがあったと言う事は、その釼と言う人物は針生と知り合いなのだろうか。針生は少し言い淀んだが、すぐに僕の質問に答える。
「えぇ、知っているわ。釼は私たちの二つ上で、私が一年の頃に告白してきた相手よ。全く興味がなかったから、釼が未練を残さないように振ってあげたわ」
やっぱり針生ってモテるんだ。女性に告白をされた事の無い僕には分からないが未練を残さないように振るってどんな断り方をしたんだ。聞きたいような聞きたくないような……。
「簡単よ。『貴方みたいなゲスな男と付き合うぐらいなら、ゴキブリと付き合った方が百倍楽しいわ』って言ってやっただけよ」
何て惨い。一体釼が何をしたって言うんだ。それにそんな事言われたら未練を残さないのではなく、恨みを買ってしまうのではないだろうか。
「だから私を呼び出してきたのよ。大方、契約をして
確かに
それにしても呼び出しって何時何処に呼び出されたんだ? 可能であるなら僕たちも付いて行って手伝った方が良いと思うのだが。
「今日の七時に月星高校に来いって言われたわ」
さらっという針生だが、僕は耳を疑った。針生が来たのが大体七時ぐらいで、色々話をしていたから今は七時半を回ったぐらいだ。完全に時間を過ぎてるじゃないか。
「大丈夫よ。私は呼び出されただけであって、その時間に行くとも何とも言ってないもの」
釼が何故今頃になって針生を呼び出したのか少し分かった。こんな感じで断られれば、そりゃ恨みもするわ。釼と面識はないが同情してしまう。
だが、針生は行かないつもりなのだろうか。せっかく倒すべき相手が分かっているので行かないのは勿体ない気がする。
「行くわよ。探す手間も省けてちょうど良かったもの。その前に報告と一緒に行かない? って誘いに来たのよ」
報告と誘ってくれたのは有難いが、こういう話は今度からは最初からしてほしい。それと、針生と何か約束をする時は必ず了承を取った上で約束をする事にしよう。待ち合わせても何時間も来ないなんて事になったら耐えられない。
「じゃあ、行きましょうか。あんまり待たせて逃げられたら、また探すのが面倒だしね」
逃げられる原因を作っているのは針生なのだが、そんな事を言うと矛先が僕に向いてくるため、敢えて何も言わない。僕も学習するのだ。
針生がこたつから立ち上がると、アルテアも続いて立ち上がった。二人の顔は先ほどまでのリラックスした表情から気合の入った表情に変わっていた。それを見て、僕も気合を入れて立ち上がった。
外に出かける前に、家には誰も居なくなってしまうので、戸締りだけは確認して置いた。その後、庭に出るとヴァルハラもいつの間にか針生の隣に来ていた。どうせ僕たちが話している間はまた、二階にいたのだろう。
僕の家から月星高校までは一時間ぐらいかかるので、どうやって移動するつもりなのだろう。自転車では時間が掛かるしタクシーなど、こんな田舎ではなかなか捕まえる事ができない。
「そんなもの使わないわよ。タクシーを使ったとしてもどれぐらい時間が掛かるか分からないし、山の入り口までしか行けないでしょ?」
確かに今は学校が休みになっているので、山の麓までしか行く事ができない。そこから山を歩いて登っていくとやっぱり時間が掛かってしまう。
針生が指をパチンと鳴らすとヴァルハラは針生の足の後ろに手を回し、針生をお姫様抱っこした。針生もしっかりとヴァルハラに抱きついて落ちないようにしている。
「どの方法でも時間が掛かるんだったら、ヴァルハラたちに連れて行ってもらうのが一番じゃない? 彼らの身体能力は紡も知ってるでしょ」
確かにヴァルハラたちの身体能力ならタクシーを使うより早いかもしれない。少なくとも自転車のスピードに平気で付いてきたアルテアの事は確認済みだし、ヴァルハラも屋上から降りても平気なぐらいだ。
だが、そういう使い方は少し抵抗がある。何か、アルテアたちを馬とかそう言う物と同じように使っている気がするからだ。
「言いたい事は分からないでもないけど、時間がないのよ。早く行かないと逃げられちゃうしね。じゃあ、私は先に行くから紡はアルテアと一緒に来なさい」
時間が無くなったのは針生のせいだろう。と言うか僕の家に来た時点ですでに時間はなかったので、どう急いだ所で相手を待たせる事になるのだろうが。
針生はヴァルハラに合図を送ると、ヴァルハラが凄い勢いで走り出した。一瞬にして消え去ってしまったヴァルハラの姿は辺りが暗い事もありすぐに見えなくなってしまった。
ヴァルハラの走り去った姿を見た後、僕がアルテアの方を見ると、アルテアと目が合った。それを僕の合図と取ったのか、アルテアが僕をお姫様抱っこしようとするが、流石にそれは恥ずかしいので、慌ててアルテアから距離を取る。
「どうしたのですか? 私たちも行かないのですか?」
いや、ヴァルハラが針生をお姫様抱っこは分かるよ。絵的にもしっくりくるし。でも、アルテアが僕をお姫様抱っこはアウトだろ。そんな姿を他の人に何と言って言い訳したら良いのか分からないし、僕の心にトラウマが刻まれてしまう。
アルテアは僕が離れてしまった理由が分からず首を捻っている。どうやらアルテアは僕をお姫様抱っこする事に抵抗はないようだ。アルテアの居た世界では男性をお姫様抱っこするのが普通なのだろうか。
どうすれば良いか考えた僕が出した答えはおんぶをして貰うと言う事だった。おんぶ姿を見られても恥ずかしいが、お姫様抱っこよりはまだましだ。最悪足を怪我した事にすれば言い訳が立つ。
「おんぶで……お願いします……」
何だ、この屈辱感は。何かに負けてしまった気がする。アルテアがその場に屈み、小さい子をおんぶする時のように後ろに手を出して僕が乗りやすいようにしてくれた。
アルテアに後ろから抱き着いて首のあたりに手を回す。先ほど夕食を作っている時にシャワーを浴びていたアルテアからボディーソープの良い香りがしてくる。看護師には手を出さないが、今の状態のアルテアなら手を出してもおかしくないだろう。だが、そんな感情はすぐに消え去った。
「それでは行きます。しっかり捕まっていてください」
僕をおんぶした状態でも軽々と立ち上がったアルテアが、凄い速さでヴァルハラを追い出したからだ。その速さは車をも超える速さで、息をするのも苦しい。風に当たらないようにしようとアルテアの頭の後ろに顔を持って行くと、今度はシャンプーの
後ろで結んだ髪が左右に揺れるたびに、香りが僕の横を通り抜け、僕に幸せな時間を提供してくれる。暫くそんな時間を満喫するとアルテアが急に停止した。どうやらアルテアはすでに山の麓まで来ていたようだ。
物の数分でここまで来てしまった事に本当なのかと辺りを見渡す僕だが、周囲の風景は僕の良く知っている学校の麓の風景と同じだった。そんな事をしているのも束の間、アルテアはすぐに山を登り始めた。道路に沿って進んでいくのではなく、木々が生い茂っている所を進んでいくので伸びた枝が僕の体に当たってくる。
木の枝の攻撃を耐え、森の中を風になったように進むアルテアは学校の前まで来ると、中を見られて尚且つ、姿を隠せるように木の陰で僕を降ろした。
針生とヴァルハラは校庭の所に居るのでそこまで行ってしまえば良いと思うのだが、アルテアは僕が飛び出さないように前に立ち塞がっている。
「学校の中には入らないの?」
「綾那に言われて、合図があるまでは学校の外で待っているようにと言われています」
いつの間にか針生とアルテアの中では何やら作戦が話し合われていたらしい。そうならそうと先に教えてくれても良いと思うのだが、いまさら言っても仕方がない。
僕が校庭の方に目を向けると、本来は誰も居ないはずの校庭では針生と釼が対峙している。お互いの後ろにはヴァルハラと女性が立っており、遠目からは良く分からないが、あれが針生の言っていた
ここからでは中で何を話しているか聞こえてこないが、針生と釼の動きを見る限り、針生が釼に何かを言っているようだ。不遜な態度で話を続ける針生に対し、釼の体が小刻みに震えている。
よほど我慢の出来ない事を言われたのだろうか、釼が顔を上げると大きな声を上げた。
「うるせえ! そんな事を言われるためにここに来たんじゃねぇんだよ!! ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇ!!」
大声を張り上げた事と興奮している事で、釼の肩は大きく上下している。だが、そんな事を言われた針生の方は一向に態度を変える様子はないく、さらに釼を煽っているようだ。
釼の様子を見る限り少し釼に同情したくなる。あれだけ怒りを露にした後に針生に煽られるなんて僕だったら二、三日は立ち直れないだろう。
流石に釼の方も限界だったようだ。釼が針生の方を指さすと、後ろに控えていた
「シェーラ! あの女を殺せ! 俺の前にノコノコと出て来た事を後悔するほど惨たらしく殺してしまえ!!」
釼の言葉に反応したシェーラと言われた
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