活動の四日目-1


 アルテアがお風呂に入っている間に寝てしまった僕が起きたのはお昼を過ぎた頃だった。完全に遅刻だ。傷の影響もあるだろうが思いの外長い時間寝てしまっていたらしい。

 あまり学校を休みたくはないのだがこの時間から行っても二時限受けられればいい所だ。どうしようか悩みつつ一階に降りて行くとアルテアが居間でこたつに入って寛いでいた。

 昨日の白ニットにジャカードスカートの姿ではなく、ピンクのタートルニットに黒のスエードスカートを着ていた。どうやら何種類か母さんに買ってもらったらしい。

 アルテアの姿を見て僕は昨日の事を思い出した。アルテアからは学校に行くなと言われていたのだ。だとしたら僕が何時に起きようが関係なかったのだ。


「アルテアおはよう。母さんは?」


「おはよう。ツムグ。かなちゃんは寝ています。そして、これを預かっています」


 今日の夜には仕事だから母さんは寝ているのか。アルテアから貰ったメモに目を通すと『学校は修理(?)で休校みたい。開始する時はまた連絡するって』と記載されていた。どうやら僕が寝ている間に学校から連絡が来ていたようだ。

 そうか。アルテアとの約束の後に赤崎先輩が学校を休みにするとか言っていたな。理事長の孫だからと言ってこんな事が許される学校は他にないだろう。アルテアとの約束もあったのでこれは願ったりかなったりだった。

 そう言えば昨日針生が病院から帰っていく時に話があると言っていたが、針生は来たのだろうか? メッセージは送っておいたので、それを見ていれば来ていてもおかしくはない。


「来ていませんよ。私が起きてからは誰も」


 うむ。誰も来ていないのか。少し気になったのでスマホを見ると針生からメッセージが来ていた。危ない。また、メッセージを見落として怒られる所だった。

 『今日の夜七時ぐらいに行くから待っているように』との事なので、七時には家にいなければならないが、それまでは何をやっていても良いと言う事だ。

 多分だが、針生は他の憑代ハウンターを探していると思うので、同盟者である僕も少しは手伝っておいた方が良いだろう。何よりも他の憑代ハウンターを見つければ、病院を勝手に退院した事も怒られないで済むかもしれない。


「体は大丈夫なのですか? 体調が良ければ私としても他の憑代ハウンターを探すのに異論はありません」


 思いっきり体を捻ったりすると痛みがあるのだが、普段の生活をする分には体は大丈夫だ。すぐに出かけても良いのだが、すでにお昼を過ぎているので、何か食べておいた方が良いだろう。

 昼食を作るため冷蔵庫を覗くと大分買い置きがなくなってきている。これは出かけるついでに買い物にも行っておかないと拙い。買い忘れてしまうと今日の夕食さえ満足に作れるか分からない状況だ。

 残り少なくなった材料の中から鶏肉を取り出し、鶏のソテーを作るする事にする。マヨネーズとぽん酢に砂糖、すべてを入れたボールの中に、にんにくをすりおろして混ぜておき、鶏肉をソテーする。

 皮がこんがりするまで焼いた後、数分ふたをして蒸し焼きにする。先ほど混ぜておいた調味料を入れて、水分が少なくなってトロッとしてきたら完成だ。マヨネーズとぽん酢が鶏肉とよく合い、ご飯の進む一品だ。

 出来上がった料理を大皿に盛って居間に持って行くと、今までに見た事も無いほどアルテアの目が輝いてきた。


「鶏肉は元居た世界でも良く食べていたので大好物なのです」


 そこまで好きなら言ってくれればもっと早くに鶏肉料理を作ったのに。流石に毎回とはいかないが、鶏料理は頻繁に作るようにするか。となると今日の買い物でも鶏肉は多めに買っておく事にしよう。

 そんな事を考えている間に、鶏肉がどんどんアルテアの口の中に消えて行く。ここで何時までも考えていたら僕の食べる分がなくなってしまう。僕は慌てて、いただきますをすると鶏肉のソテーをおかずにご飯を食べ始めた。

 何とか数個の鶏肉をおかずに、ご飯を食べられた事に満足する。アルテアにも手伝ってもらい、手早く片づけをすると少しだけ休んでから外に出かける事になった。


「今日は何処を探すのですか? 私はこの街の事をあまり知らないのでツムグに任せますが」


 そうだな。行くとしたらやっぱり本町の方かな。僕の家の周りでは人があまりいないので探すとしたらやっぱり人が多い所の方が良いだろう。

 それにアルテアに少しでも街になじんでもらうというか、街の事を知って置いて貰いたいのもある。その内、元の世界に戻るとしても街を見ておくのは良い経験になるだろう。

 僕とアルテアがお茶を飲み終えると、外に出かける準備をする。ダウンジャケットは学校に置いて来てしまったままなので、ダッフルコートにデニムパンツと言った格好で準備を終えて居間に戻り、アルテアの準備が終わるのを待つ。

 暫くして下に降りて来たアルテアは先ほどの格好に黒のチェスターコートと言った格好だ。中に来ているピンクのタートルニットが強調され、凄く可愛く見える。アルテアの格好を褒めようと思ったが、昨日の夜の事が思い出され、結局、褒めるタイミングを失ってしまった。母さんさえ昨日変な事を言わなければちゃんと褒められたのに……と言うのは良い訳だろうか。


 アルテアを連れて外に出ると僕は本町に向かって歩を進める。自転車を使っても良いのだが、最初に会った時みたいに物凄いスピードで付いて来られると目立ってしまうので、自転車は諦めた。

 それに今日も良い天気で歩くのにはちょうど良い天気だ。冬だから寒いのだが、これぐらいの寒さなら歩いている内に気にならなくなるだろう。

 本町は県内でも比較的大きな町で、電車の特急や急行が止まる事から駅前はかなり発展している。アーケードが付いている商店街は色々なお店があり、見ていても飽きない。

 僕たちが本町に着いた時には平日なのに結構な人出があった。アルテアがこの様子を見てびっくりするかと思ったが、以外に普通の反応だった。


「昨日、かなちゃんに連れて来られて服を買ってもらいましたから。それでも凄いですね。私の国ではこんなに人が集まのは滅多にない事です」


 そうか。昨日母さんと本町に服を買いに来ていたのか。そんな事をすっかり忘れていたのは失敗だったが、他にこれと言って憑代ハウンターを探す場所なんてないから結局は本町に来ていただろうが。

 駅前をうろついていた僕に遠くから手を振る人物がいた。誰かと待ち合わせをしている訳ではないので、誰かに手を振っているのを僕が勘違いしたのだと思い、その人物に背を向けて歩き始めると、その人物は僕に駆け寄って来て腕に絡みついた。


「ごめんなさい。待たせちゃったわね。さあ、行きましょ」


 その人物は僕のに絡みついたまま引っ張って歩き出した。僕はこの人物に見覚えがある。月星高校の同じ二年生で鷹木たかぎ 愛花音あかねという女性だ。もちろん今まで一度も話した事は無い。


「ストーカーに追われてるの。あいつを巻くまで手伝って」


 鷹木は僕にだけ聞こえるような声でそう言った。鷹木は月星高校に通いながらアイドル活動をしている事で有名なので、ストーカーに追われる事もあるんだと変な関心をする。

 だが、僕は今、憑代ハウンター探しとアルテアの案内で忙しいのだ。そんな事を手伝っている暇などない。というか男性なら他にもいるのだから他の人に手伝って貰えば良いのではないだろうか。


 アイドルと街を腕を組んで歩けるとなったら僕以外の人間なら喜んで協力してくれるだろう。


「煩いわね。少しの間だから我慢しなさい。アイドルと腕を組んで歩けるなんて光栄と思えば大丈夫でしょ。釆原君」


 僕は名前を呼ばれた事にドキリとした。なぜ鷹木が僕みたいな目立たない人間の名前を知っているのだろう。


「釆原君も私の名前は知ってるでしょ? お互い様よ」


 いやいや、学校でもアイドルをやっている事――元アイドルだった事で有名な鷹木と何の取り柄もない一般生徒の僕では知名度の差は歴然だ。とてもお互い様とは思えない。


「小さい事は気にしないの。とにかくストーカーを巻くまでの間なんだから我慢して言う事を聞きなさい。じゃないとここで声を上げて貴方をストーカーに仕立てるわよ」


 ちょっと待て。何で僕がストーカーにならなくてはいけないのだ。この構図は明らかに鷹木の方が僕にくっ付いて来ているだろ。


「私が釆原君に脅されて手を組まされたと言えば周りにいる皆さんはどちらを信じるでしょうね?」


 グッ。確かにそうだ。名前も知らない男子高校生の話と、テレビにも出ている元アイドルの話では他の人への訴求力に圧倒的な差がある。


「ほらほら、何時までも文句言ってないで恋人のふりをする、する」


 そう言うと鷹木はさらに僕の腕を強く引っ張る。学校で蛯谷から聞いていた大人しい性格と言うのはどうやらガセだったようだ。蛯谷よ、もう少し正確な情報を教えてくれ。


「学校なんて猫被ってるに決まってるじゃない。カメラがない所だと性格が変わってしまうなんて普通の事よ」


 さらっと猫を被ってるって言いやがった。特段、芸能界に夢を持っている訳ではないが、そう言う裏の話をするのは止めて欲しい。華やかなイメージがどす黒く変わってしまう。

 後ろについて歩いているアルテアに少しだけと合図を送ると、アルテアは首を傾げながらも頷いてくれた。理由はあまり良く分かってないようだが合わせてくれるらしい。

 鷹木は色々な角を曲がりながらストーカーを巻こうとしているが、どうやら上手く行ってないみたいだ。鷹木からは何度も後ろを振り返るとストーカーに気付かれるため、後ろを向くなと言われているので、僕は誰がストーカーか分からなかった。

 二十分ぐらい歩いた所で目の前に動物園が見えてきた。駅から真っすぐ動物園を目指すと十分ほどで着くはずなので随分と遠回りをして動物園に来たみたいだ。


「ここに入るわよ。ここなら隠れる場所があまりないだろうし」


 僕の答えも聞かず、鷹木は動物園の入り口に向かって僕を引っ張っていく。それにしても鷹木は変装とかをしていないので、本人だとバレたりしないのだろうか。


「意外と普通にしている方がバレたりしないのよ。バレるのはああ言ったストーカーとかぐらいね」


 そう言う物なのだろうか。人に注目される事が非常に少ない僕にはあまり分からない事だ。


「釆原君は自分が注目されてないと思ってるみたいだけど、学校の中では結構有名よ。たいていの女子が貴方の事を知ってるんじゃないかしら」


 マジでか。何の取り柄もない僕が注目されるような事は――自転車か。毎朝自転車で登校する事で有名になっているのか。いや、案外、蛯谷と一緒にいるからと言う可能性もあるな。


「ほらほら。何時までも考えてないでチケットを買って来なさいよ」


 あぁ、動物園に入るにはチケットが必要なのか。入園料は大人一人、六百円なので、三人分で千八百円か。僕は三人分のチケットを手に取って思った。アルテアの分を払うのは分かるが、鷹木の分をどうして僕が払わなければならないのか?


「初デートなんだから奢ってくれても良いでしょ。園内の食事とかは私が出すし」


 お昼ご飯を食べてそんな時間が経ってないのでお腹は減ってないのだが、園内の飲食は払ってくれるなら良いとするか。鷹木とアルテアにチケットを渡すと鷹木は再び僕の腕に絡みついて動物園に入って行く。


 平日の動物園は人が少なく見て回るにはちょうど良い人の多さだった。足の踏み場もないほど混んでいる訳でもなく、人が見当たらないほど空いている訳でもない。これが遊びに来てでの入場だったら喜ぶ所だが、ストーカーを巻くという仕事があると落ちついて見て回れない。

 それは僕たちの話であって、アルテアは色々な動物に興味津々の様子だ。多分、こんなに色々な種類の動物を見たのは初めてなのだろう。


「色々な動物がいますね。すべて食べられるのでしょうか? あまり美味しそうに見えない動物もいますが」


 アルテアの居た世界では動物園などないのだろう。シマウマとかはまだ食べられそうだが、ライオンとかは確かにあまり美味しそうに見えない。まあ、食べるために飼育しているのではないのだけど。


「ツムグ、あの首の長い動物は何と言うのですか?」


 アルテアがキリンを指さして聞いてきた。「キリン」と言う名前だと教えると、それから色々な動物の名前を聞いてきた。


「ちょっと、今は私とのデートなのよ。あまり他の女の子と仲良くしているとストーカーに付き合っていると思われないじゃない」


 それは鷹木の理由で有って、僕はアルテアにこの街の事を紹介したいのだ。しかし、これ以上、アルテアの事ばかり相手にしていると鷹木の機嫌が悪くなりそうなので、鷹木の相手もしておく。女性と言うのは大変な生き物だな。

 動物園の中にいる人がこれぐらい少ないと、あえて後ろを振り向かなくても、明らかに僕たちの後ろを付けてくる人物には当たりが付く。その人物は眼鏡姿に首からカメラをぶら下げており、手には紙袋を持った男性だった。僕たちに見つからないように隠れて付いて来ているようだがバレバレだ。


「喉が渇いたわね。あそこにジュースを売っている屋台があるから、そこで何か買いましょ。私がお金を出すから」


 あまり食べる所が多くない動物園では、屋台の前に人が並んでいた。ジュースだけでなく、ホットドッグやアイスクリームも売っているようだ。

 僕たちが最後尾に並ぶと、ストーカーの男が動いた。最後尾に並んだ僕たちの更に後ろに並んだのだ。僕はストーカーにバレないように注意を払い、いつ何が起きてもすぐに動けるように警戒する。

 僕の警戒は正解だった。大人しく列に並んでいたストーカーだが僕たちが注文する番になるのを狙って紙袋の中をあさりだすと、中から包丁のような物を取り出し、列に並んでいる鷹木の後ろから包丁を振り下り下ろしてきた。


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