曖昧模糊 赤崎-4


 始めて見た強制命令権インペリウムの効果に優唯は興奮を抑えられなかった。強制命令権インペリウムを使用するとこれほどまでに動きが違うのか。思わず前に飛び出そうとした所を再び姉妹に止められる。

 多分、先程聞こえてきた声が合図となって強制命令権インペリウムの効果が発揮されたのだろう。思わず自分もと考えた優唯だが唱えたい衝動を何とか抑える事に成功した。

 それでもルスランの変わり様を見るとどうしても強制命令権インペリウムを使いたくなってしまい、優唯は仲間であるはずのエルバートが早くピンチになってくれないかと心の中で祈る。

 当然、優唯のそんな自分勝手な望みなど知らないエルバートはルスランの両腕を使った攻撃を紙一重でかわしていく。だが、ルスランの攻撃を躱した時の僅かな隙を突いてルスランはエルバートの腹に蹴りを入れる。

 その蹴りは重く、体格の良いエルバートを校舎の方にまで弾き飛ばしてしまった。ルスランはエルバートとの距離が開いた事で、目を瞑って精神を集中させる。元々寒かった外の空気はルスランの周囲だけ更に温度を下げる。一つ、また一つとルスランの周りに光の弾が浮き上がる。



「我に対峙する全ての物を滅せよ。裁きの涙イウーディカーレ・ラクリマ!!」



 ルスランの周囲にあった光の弾が次々とエルバートに向かって飛んでいく。その数は十、二十、五十はあっただろうか。エルバートに着弾した光の弾は空気を震わせ、爆発をすると周囲に煙が立ち込める。間断なく爆発する光の弾の影響で遂にはエルバートの姿は見えなくなってしまった。

 優唯はその光景を目にして興奮すると同時にエルバートが無事なのか心配になった。それは単にエルバートの容態を心配したのではなく、こんな面白い戦いがこんな所で終わってしまってしまうのではないかと言う心配だった。

 エルバートの周囲にあった煙が徐々に落ち着いていく。煙から表したエルバートの姿は体中から血を吹き出しており、立っているのも不思議なぐらいボロボロになっていた。エルバートの後ろにあった学校の壁は光の弾のせいで大きな穴が開いており、学校が崩壊していないのが奇跡と言えるぐらい粉砕されている。


「貴様ぁぁぁぁぁ!! 俺の体に傷を付けやがって、もう許さんぞ!!」


 光の弾を受け切ったエルバートが目を開くと割れ鐘をつくような大声を上げた。その声は普通の人間が聞いたのなら気を失ってしまうような大きさと殺気の籠った声だったが、ルスランは意に介した様子はなくエルバートに向かって地面を蹴る。

 強制命令権インペリウムを使う前、エルバートが優勢だった戦況は完全に逆転しルスランがエルバートを押していく。流石にこのままでは不利と判断したエルバートは昇降口を出た所にいる優唯に目で合図を送った。

 急に向けられた鋭い視線に優唯の体がビクリと震える。それはエルバートの視線が怖かったのではない。やっと自分にも強制命令権インペリウムが使える機会が来たためだ。だが、事前にエルバートと強制命令権インペリウムの使い方など話し合っておらず、どうやって強制命令権インペリウムを使ったら良いのか優唯は分からなかった。

 その間にもルスランの攻撃を何とか防いでいるエルバートは早く強制命令権インペリウムを使えと催促するような視線を送ってくる。どうしたらいいか分からない優唯はさっき聞こえてきた声を真似る事にする。

 静かに目を閉じ、意識を集中させる。誰もいない校舎の窓に風が当たる音や植え込みの葉が擦れる音まで鮮明に聞こえてくる。最大限にまで集中力を高めた優唯が限界まで大きく目を開く。



「顕現せよ、エルバート!」



 さっき聞こえてきた声に優唯のアレンジを加えた命令が誰も居ない学校にこだまする。それと同時にエルバートはルスランから距離を取った。

 距離を取ったエルバートの体が盛り上がって行くと体にあった傷が筋肉に押されるように塞がって行く。すると今度は盛り上がった筋肉から鱗のような物が次々と生えて全身を鱗の鎧で覆っていく。背中には翼が生え、尻からは尻尾が伸びてくる。その姿はトカゲのようにも見えるが優唯には竜のイメージの方が近かった。

 体型は一回りほど大きくなり、エルバートから受ける威圧感は今までとは比較にならないほど強烈になっている。結構離れているはずの優唯にもその威圧感は伝わっており、肌が粟立っていた。

 爬虫類の手のように爪が伸びた手を動かし、変身した自分の体を確かたエルバートは満足の笑みを浮かべる。


「待たせたな。ここからが本番だ!」


 下に落としていた鉈を拾い直すと、エルバートはルスランとの距離を一瞬にして詰める。その速さはルスランが強制命令権インペリウムを使用した時よりも早かった。目にも止まらぬ速さで振られた鉈はルスランに避ける暇さえ与えずに左腕を斬り落とす。

 痛みを感じないルスランだが、強制命令権インペリウムを使用したエルバートのスピードに全くついて行く事ができず、大きく飛び退くのが精一杯だった。斬り落とされた左腕からは何本かのケーブルが垂れ下がり、電気のような物が漏電している。

 エルバートはアスファルトに落ちた左腕を踏み潰すと左腕は粉々に砕け散り、周囲には腕の部品が散らばった。


「随分とすっきりした体になったじゃねぇか。体が軽くなって動きやすくなったんじゃねぇか?」


 トカゲのような顔をしたエルバートが笑みを浮かべる。しかしルスランはエルバートには興味を示さず、自分の斬り落とされた腕をじっと見つめている。腕が使い物にならないと判断したルスランは先ほどと同じように肩のあたりから腕を外し、新しい腕を取り付けた。取り付けた腕は剣のようにはなっておらず、普通の手の付いた腕だった。

 その様子を見ていた優唯は再開された戦闘に再び鳥肌が立った。これ以上前に出てしまえば巻き込まれてれしまうと思うのと同時に、もっと近くで見てみたいとも思っている。自然に動いてしまった足のせいで、姉妹に押し返されては、また前に出ると言う行動を何度も繰り返していた。

 ルスランが新しい腕を取り付けたのを見たエルバートはアスファルトを蹴って鉈を振り始めた。剣を一本失った事で、ルスランが攻撃をできるタイミングはほとんどなくなり、防戦一方になっている。

 誰も居ない学校にエルバートがルスランに鉈を打ち付ける音が響く。その音は段々と鈍い音に変わっていき、何度もエルバートの攻撃を受けたルスランの右腕の剣がボロボロになり始める。


「どうした? 随分と剣がボロボロになってきてるようだが、そんな剣で俺を斬る事ができるのか?」


 ルスランはなるべく剣にダメージを受けないようにエルバートの攻撃を躱すが、それは何度もできる訳ではない。



「キィィィン!!」



 エルバートの鉈を右腕で受け止めたルスランの剣が折れてしまった。表情のあまり変わらないルスランだが、今度ばかりは焦りの色が浮かんでいるのが分かる。

 ルスランの表情を楽しむかのようにエルバートは更に鉈を振り下ろす。武器の無くなってしまったルスランは何とか両腕を交差する事で致命傷を避けるが、引き換えに両腕が完全に使い物にならなくなってしまった。


「距離を取った所でどうする? このまま逃げる気か? まあ、逃がしゃあしないがな」


 腕を破壊され、距離を取ったルスランだったが、エルバートはルスランが逃げるような仕草を見せたらすぐに追撃ができるような態勢を取る。こんな所で逃がすぐらいなら最初から強制命令権インペリウムなど使わない。強制命令権インペリウムを使ったのなら相手を殺すのは鉄則だ。

 鉈を肩に担いで笑みを浮かべながらゆっくりと歩を進めるエルバートに対し引きつった顔でじりじりと後ろに下がるルスラン。二人の動きは対照的だ。


「私はこんな所で負ける訳にはいかない。こんな所で負けるために戦いに参加した訳ではない! アンドロイド族の悲願を達成するためにすべてを掛けて貴方を倒す!」


 後ろに下がりながらでは迫力はないが、悲痛な思いだけは伝わってくる。ルスランが再び植え込みの方を一瞬だけ向いた。



「穿て、ルスラン!」



 本日二度目の命令が周囲に響いた。


「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルスランの体が光に包まれる。痛みを感じないはずの体に痛みが生じ、ルスランの顔は苦痛にゆがむ。まばゆい光はこの場に居たすべての者の動きを止めた。

 光に包まれたルスランは必死にその光を押さえつける。だが、体の至る所から溢れ出る光は一向に治まる事はない。


「あの野郎、強制命令権インペリウムを二重掛けしたのか。そんな事して体がもつ訳ないだろ」


 強制命令権インペリウムを使う事で身体能力が向上し、元居た世界の力が使えるようになるのだが、それを更に強制命令権インペリウムを使用して向上させた時、体が悲鳴を上げるのは当然だ。

 魔力使い切ってしまって元の魔力にまで戻っていれば一日に何度強制命令権インペリウムを使用しても問題ないのだが、ルスランは焦るあまり魔力がまだ残っている状態で強制命令権インペリウムを使用したのだ。

 ルスランは体中を走り回る光に耐えながらも一歩踏み出す。それを見たエルバートは両足を肩幅に開いて、しっかりと両手で鉈を握る。


「良いぜ、相手してやるよ。ここまで決死の覚悟で挑んできた者に対して背を向ける事なんて俺はできねぇ」


 自我がまだ残っているか分からないルスランの瞳は激しく動き、決して一カ所を見る事はない。だが、その歩みは確実にエルバートの方に向かっている。


「殺……す。こ……ろ……す……」


 怨嗟と呪いが満ち溢れている声をルスランが漏らす。心が弱い者がこの声を聴いたなら本当に呪い殺されてしまうかもしれない。

 エルバートの目の前まで来たルスランが歩みを止める。その顔は所々皮膚が剥がれ落ち、内側の金属が見えてしまっているほどルスランの体は崩壊し始めているのだ。

 両腕を失っているルスランにできる攻撃は限られている。崩れそうな左足を軸にして、右足でエルバートの腹部を狙って蹴りを放つ。エルバートの視力をもってしても視認できない攻撃が腹部に突き刺さる。だが、エルバートにダメージは一切なかった。エルバートの腹部に足が当たった瞬間に、足が粉々に崩れてしまい、力を伝える事ができなかったのだ。


「勝利に対する執念には頭が下がる。だが、それだけだ。お前では俺には勝てない。強制命令権インペリウムを重ね掛けをした所で体が持たなければ意味がない。それが分かっていればもっと違った戦いができただろうに。だが、俺はお前の行動を尊敬する。俺が元の世界に戻った時、必ずこの戦いの事は皆に伝えよう」


 片足だけになったルスランはまだ動かす事ができる頭を使って攻撃してくる。大きく開いた口がエルバートに噛みつこうと迫ってくるが、エルバートは構えていた鉈を横に薙いでルスランの首を刎ね飛ばした。

 ルスランの体から魔力が抜けて行く。首がなくなった事で思いっきり振った炭酸飲料から中身が飛び出すように魔力が飛び出し、今もなお魔力を放出している。

 首を刎ねられ、バランスを失った体は後ろに倒れ、刎ねた首がエルバートの足元に転がる。その様子を見たエルバートは終わったとばかりに大きく息を吐くが、右足に急に痛みが走った。

 痛みの走った場所を見ると、殆ど原型が残っていない状態のルスランの首がエルバートに弱々しく噛みついていたのだ。


「良く戦ったな。あの世でゆっくり休んでいろ」


 エルバートに噛みついているルスランは涙を流しているように見えた。アンドロイドに涙を流す機能は付いていないのでそう見えるだけなのだろうが、エルバートにはそう見えるのだ。

 噛みついている頭を跳ねのけるとエルバートはそのまま足を上げる。暫し片足の状態で立っていたエルバートだが上げた足を四股を踏むように思い切りアスファルトに叩きつけた。

 そこにはルスランの頭が転がっており、ルスランの頭は無残に砕け散った。頭を踏み潰した事で、完全に力を失ったのか、ルスランの体から光の粒子が立ち昇ると、体は段々薄くなっり最後には消えてしまった。エルバートがふと手を見ると、そこにはルスランが持っていただろうレガリアが握られていた。綺麗な紫色をした宝石だ。


「へぇ~。それがさっきの人が持っていたレガリアの一部なのね。エンジェルシリカみたいな宝石ね」


 いつの間にか近くに来ていた優唯がエルバートが持っていた宝石を覗き込んでそんな感想を漏らす。特に見られて困る物でもないが、何となくあまり見せたいと思わなかったエルバートは早々に宝石をしまってしまう。


強制命令権インペリウムを使ってしまったのは痛かったけど、相手も強かったのだから仕方ないわね。それに私が強制命令権インペリウムを使う練習にもなったし良しとしましょう」


 興奮しているのか饒舌に話す優唯を放っておいて、エルバートは植え込みに向かって歩き出す。ここにはルスランの憑代ハウンターがいるはずだ。


「隠れても無駄だ。出てこい!」


 声に反応し、植え込みの葉が揺れると中から出て来たのは月星高校の制服を着た女子生徒だった。


「彼女は五十木いかるぎ 真純ますみ。ここの学校の二年生です」


 エルバートの後ろに付いて来ていた優唯の耳元で里緒菜が囁いた。どうやら優唯が考えていた以上に月星高校の生徒で憑代ハウンターとなった者は多いようだ。


「このまま大人しく立ち去るなら殺しはしない」


 エルバートにとって五十木はすでに殺す対象ではないのだ。勝手にどこかに行ってくれるなら見逃そうと思っていたが、五十木からの一言でエルバートの表情は一気に険しい物になった。


「私は許さない。絶対に殺してやるから。この『弑逆しいぎゃく死神モルス』め!」


 その言葉を聞いた瞬間、エルバートは五十木の首を刎ね飛ばした。優唯は一瞬何が起きたか分からなかったが、エルバートの足元に転がる頭と正座のような態勢で血を吹き出す体を見て、エルバートが五十木を殺したのだと理解した。


「ちょ、ちょっと! 殺す必要なんてなかったじゃない」


 優唯の言葉に何も反応せず、エルバートは振り返ると無言でこの場から立ち去ってしまった。


「一体何なのよ。少しぐらいは説明しないさいよ!」


 文句を言った優唯だが、始めて見た死体にお腹の底から湧き上がる熱い物を感じていた。頬に当たる生暖かい血は舐めてみると甘みを感じ、自分の血の味との違いに驚いた。

 何時までも見ている訳にはいかないので名残惜しいが姉妹に死体の処理をするように命じると、姉妹はスマホを取り出してどこかに連絡を取り始めた。

 人の死体の処理は姉妹だけでは手に負えないので、執事長に手を回してもらおうとしているのだろう。あの男なら死体の一つや二つ誰に知られる事もなく処理するぐらいの事はやってのけるはずだ。


「はぁ~。これじゃあ学校は休校ね」


 壊れた校舎を見て、優唯は呟く。学校が休みになった所で、卒業を待つだけの優唯には関係はない事だが、理由を理事長である祖父に報告しなければいけないので気が重かった。何を言っても許してくれるのだが、会うまでの手続きが色々と面倒臭いのだ。

 そのことを思うと気分が落ち込むが優唯もエルバートに続いて戦場を後にする。もう一度振り返って先ほどまで戦っていた場所を見ると、今も先ほどの戦いが思い出され、自然と体が震えた。


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