ダンベルト団長の1日
ダンベルトの職務は、王都周辺に点在する町の警備とそこに住まう者たちの安全を維持することだ。
犯罪行為の取り締まりや揉め事の仲裁はもちろん、町人たちからあがる暮らしに関する要望を上に伝えるなど多岐に渡る。また、第一師団・第二師団ともにそれぞれ下部組織があり、それらを取りまとめることも重要な役目である。
そのため、定期的な各地域の巡回や情報収集、その合間に王命による特殊な任務にかりだされることもあり、なかなかに多忙だ。
そして月に一度、状況報告のため王宮へ直参するのも大切な仕事の一つである。
普段は町人相手にきさくに接しているダンベルトもこの日ばかりは正装に身を包み、この国の政治を担う貴族や高級官吏たち相手にうまく立ち回らなければならない。
実のところ、憂鬱な仕事である。
その日ダンベルトは窮屈な詰襟に辟易しながら、王宮の毛足の長い絨毯が敷き詰められた回廊を歩いていた。
後ろから呼び止める声に振り向くダンベルト。
第一師団団長のイレウスである。イレウスとは同い年で、互いに異例の大抜擢というこの国でもよく知られた噂の二人である。時折酒を酌み交わすこともある悪友といったところだろうか。
ここのところ、他国からの要人が様々な用件で多く訪れていることもあり、それらの警護も職務である第一師団はなかなか忙しかったと聞いていた。
「なかなか忙しいようだな」
この国は政治的にも経済的にも安定はしているが、多少古い考えに凝り固まった貴族たちの保守層と改革的な思想の若手貴族たちとに分立している。改革派とはいっても温厚なもので、意見が対立しがちという程度のものではあったが。
イレウス率いる第一師団は、主に貴族や王族が関わるような国内外の揉め事や雑事を秘密裏に処理するという、神経を使う仕事を担っていた。対してダンベルト率いる第二師団は、町人が相手ということもあって荒事に関わることも多いが、まぁ穏やかなものである。
平民出身のダンベルトとは異なり、イレウスは有力貴族の次男坊で現在は長男が家督を継いでいる。長男よりもイレウスのほうが切れ者で家督を継ぐにもふさわしいと評判なのだが、本人たっての希望で団長職に就いたと聞く。
その理由は、時に命を懸けるぶん自由が許されているからだそうだ。その自由とは、主に色恋がらみを指しているようではあるが。
「ほんと、忙しくてね~。なんでみんな同じ時期に集中してくるのかね。おかげで遊びにいけなくて、苦情だらけだよ。酒屋のマリーちゃんに花屋のドナちゃん、あとグレイスちゃんもさ~」
「お前の頭の中には色恋しかないのか。よくそれでひと悶着起きないな」
王宮でする話題としてはあまりに軽薄ではあるが、これがイレウスとの日常の会話である。
流れるような艶やかな金髪にヘーゼルの瞳、長身でスラリとした身体に濃灰の制服を身につけた姿は、貴族はもちろん国中の憧れの的なのだという。剣の腕も一流とあって、絵姿が販売されるほどの人気らしい。
先ほどイレイスの会話に出てきた女性たちは、イレイスが連れ歩いている女性たちのごく一部である。女性たちも自分以外にもデート相手がいると知っていても、なぜか喧嘩にはならないらしい。まったくもって、謎である。
とはいえ、決して悪い奴ではない。悪い奴では……。
――でも見た目はともかく、中身が軽薄過ぎるだろ。男としてはまったく信頼できない不実なタイプだと思うのだが。
もっとも実際のところは相当な切れ者で、わざと軽薄さを装っているようでもあり油断ならない男ではある。
「それより最近おもしろい話を聞いたんだよね~。誰かさんが最近、かわいい女の子を連れ歩いてるとかなんとか」
「誰のことだ、それは」
怪訝そうにたずねるダンベルト。
「またまた~。ラルベルちゃんっていったっけ?チラッとうちの部下が見かけたらしいけど、なかなかかわいい子みたいだねぇ。それで?今どんな感じなの?」
思わずゲホゲホと激しくむせるダンベルト。
イレウスはにやにやと口許を緩めながら、面白そうにその様子を眺めている。
「どんな、とはどういう意味だ」
声のトーンが思わず少し大きくなり、とっさにあたりを見回す。
「そりゃもちろん、もう色々手を出し」
「するかっ!!お前と一緒にするな。あれはただの、ただの……」
言いかけて口ごもる。
ただの……?友人ではないし、家族、でもない。拾った子犬?
あえて説明するとなると、世話をするとか面倒を見るからにとかいう表現は、なんだか微妙だ。大の男が家族でもない少女相手を世話するとかというと、なんというか……。
「断じていかがわしくなんてないぞ!」
心の声がつい漏れてしまった。しかも大声で。ダンベルトのその声は、高い天井の回廊に響きわたった。
イレウスはなんともいえない、哀れむような目でダンベルトを見ている。
――その目は頼むからやめてくれ。なんか……、いたたまれない。
心の中で懇願するダンベルトである。
「お前もいい加減大人になれ。な?初恋もまだなんて痛々し過ぎるぞ。マリーちゃんとこの下の坊主だって、とっくに彼女がいるっていうのに」
「何が言いたい。俺は別に色恋の話をしているんではなくてだな、ただ面倒をだな。その、心配でだな。放っておけないというか、気になって」
そう言いながら、ダンベルトは頬を染めている。
――お前は乙女か……!!!
イレウスは隣を歩く大男のあまりのふがいなさに、同じ男として涙が出そうだ。
この男ときたら見た目も悪くないし、同じ男から見てもいい奴だし頼りがいもある。なのに、よくそれで今までの人生、変なのに引っかからずに生きてこれたなと思うほど純情で奥手なのだ。最初はもしかしてなにかそっち方面でトラウマでもあって消極的なのかと思ったが、ただたんに純情可憐な乙女なだけだと気づいた時のがっくり感ときたら……。
もっともその純情さがより硬派にみせて、人気なんだがな。
どうにも将来が心配でならない隣の大男を横目に、二人は長い回廊の奥にたどり着く。
豪奢な扉の前に立っている衛兵に聞こえないよう、小声で話す二人。
「さぁ、タヌキどもの巣窟に入ってくるか。本日も楽しくだまし合いってか。行くぞ、ダンベルト。」
「あぁ。せいぜい踊らされるフリでもしてやるさ。これも仕事だからな」
にやりと口角をあげつつ、二人の大男は貴族連中が手ぐすね引いて待つ巣窟に入っていく。
大切なものを守るには、少しぐらいのバカも演技も必要だ。ならばいくらでも乗ってやる。
それで大切な何かを守れるんならな。
ダンベルトはふとラルベルを思い、優しく目を細める。
今日はあいつの祝いの日だ。
この巣窟を出たら、ダンベルトはこの格好のまままっすぐラルベルの下宿へと向かう予定になっている。
あいつがこの町にきて三か月。町にもあっという間に馴染んで、今ではすっかり人気者だ。
少し前から海猫亭の常連客や町の有志が集まって、何かを計画しているのは知っていたが、ダンベルトがその詳細を聞いたのはおとといのこと。
――あいつの反応が楽しみだ。いい一日になるといい。
そんなことを考えるダンベルトの表情はいつになく優しく穏やかだった。
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