第二師団団員たちの嘆き




 この国でダンベルト・ヒューラーといえば、知らぬ者はいない。

 泣く子も黙る我が国の精鋭、第二師団の団長、その人である。


 生まれはごく普通の平民で、十八歳の時に第二師団の下部組織である隣町の警護団に入団。

 そこからめきめきと頭角を現し、気づけばその能力と信頼のおける人柄で、この国切っての精鋭が集まる第二師団に抜擢、配属された。下部組織からの転属は非常に珍しく、王都でも話題になったと聞く。

 団長となったのは一昨年のこと。異例の大出世である。


 この国は治安は決して悪くない。

 だが王都の近くに大きな港を有することもあって、時折血の気の多い輩が揉め事を起こしたり、時には他国から怪しい輩が紛れ込んでくることもある。そのため、王都と並んでその周辺の町の警護はこの国にとって重要課題であり、その職を任されているということは非常に名誉なことでもあるのだ。


 ダンベルトはその恵まれた体躯と力、物事を公平迅速に治める能力、冷静かつ温厚な人柄とどこをとっても優れた人物であり、団長としての資質を十分に備えていた。

 部下である第二師団の部下たちもまた、このような人物のもとでこの町の保安に関われることを誇りに思っていたし、ダンベルトを上司としても同じ男としても尊敬していた。



 そのダンベルトの様子が、最近どうもおかしい。

 そんな噂が広がりだしたのは、先月の終わりのある日いつものように町の外周へ巡回に出た後のことである。



 実はダンベルトにはこれまで、浮ついた噂はただのひとつも立ったことがない。ただのひとつも、だ。


 老若男女問わず非常に信頼されているダンベルトは、その見た目でも非常に人気がある。

 美男というのではないが、ちょっと野性味のある動物的なかっこよさとでもいおうか。男らしく、それでいて普段の眼差しは優しく甘いのだ。そして何よりその声が素敵なのだと、女性たちはこぞって言うのだ。深く胸に響くようなでもちょっと甘さのあるその声がたまらないと。


 団員たちは思う。

 それはよくわかる。疲れた時なんかにあの声でねぎらいの言葉をかけられたりすると、うっかり顔を赤らめたりするくらい、優しいというか甘いというか。新人などは憧れにほんのり恋心を滲ませている者もいる。

男にも女にも魅力を感じさせる、ちょっと危険な男なのだ。


 そのダンベルトが最近どうもぼんやりと上の空だったり、ちょっと間抜けた顔をして何かを考えこんでいたり、一人詰所で百面相をしていたりと、様子が明らかにおかしいのだ。



「なぁ、聞いたか。明日から三番通りの警備レベルが上がるらしいぞ。お忍びで他国の要人でもくるのかなぁ」

「俺は仕事以外であの通りにはあまり近づくなって団長にいわれたぞ。あの近くに俺の彼女が住んでるんだけど、どうしよう……」

「俺なんか他の仕事と兼任になって仕事量倍になったんだけど。団長に嫌われるようなこと、俺なんかやったかなぁ」


 次々と団員たちの口から、近頃起こる変化とその動揺の言葉が飛び出す。

 最近団長の様子がなんだかそわそわしているというか、巡回時間でもないのにちょこちょこ詰所を留守にしたり、警備の突然の変更を言い出したりと、どうにも落ち着かない様子なのだ。

 もちろん他国からの要人が町を視察に訪れたり、治安状態によっては警備計画を練り直すこともあるが、ここのところはそういった話もない。


 なのに、どうしたというんだろうか。自分たちの知らないところで、実は何か不穏な動きでもあるのだろうか。

 不安を募らせる団員たち。


 そこに、一人の団員が手を挙げる。


「俺、この前……」


 その者によると、団長と数人の団員たちが一人の迷子を見つけて保護したのだという。まだ子供といっていいくらいの少女だったらしい。

 

 その翌日、団長がその少女を連れて夜の町を歩いていたという噂を聞いたこと。しかもそれは団長行きつけの店の個室で、しばらく出てこなかったらしい。

 詰所に驚きと動揺が広がる。


 ――団長が!あの団長が!


 あの奥手の団長が女性を連れだって歩いている姿も、一緒に食事を楽しんでいる光景など想像もつかない。

 食事といえば詰所か自分の家で一人、黙々と詰め込むようにとっているのだ。時々外で食事していることもあるようだが、大体は友人連れ、もしくは一人だ。そのくらい、仕事以外では遊びもしないしある意味堅物なのだ。

 

 その団長が女性と食事?しかも年端も行かぬ少女と?


 ダンベルトへの憧れを募らせる新人たちからは悲鳴交じりの声が、ダンベルトのこれまでをよく知る中堅どころの団員たちからは、もしや堅物とみせかけておいて実は隠し子か、との声も飛び出す始末。

 それくらい、ダンベルトと女性という組み合わせはレアなのである。


「そういえばこの前、団長が留守の時に女の子が来たっす。団長に会いに来たんだけど、留守ならまた来ますって帰っていったけど。親戚の子かファンの子かなと思ったんですけど、もしかして……」


「え?もしかしてこの前、三番通りで会った子かなぁ。『第二師団の団員さんですよね。ダンベルトさんによろしく』って挨拶されて、団長にも伝えたんだけど」


 そう話すのは、先ほど仕事を増やされたと言っていた団員である。


「俺、その子見たかも。おいしそうな髪色した、背の低いかわいい女の子だよな。こう、目がくりくりっとした、リスみたいな感じの……」


 その目撃談に、ざわつく詰所。ごつい大男の団長とリスのような小さい少女が二人個室で……。そんな想像に団員たちは衝撃に包まれる。


  実はダンベルトがその少女に二十六歳にしてまさかの初恋をしているとは、思いもしない団員たちである。

 詰所がそんな騒動を繰り広げている頃。



「ラルベルちゃん!次あがったよ~。五番テーブルね」

「はぁい。お待ちどうさま~」

「次、こっちにエールのおかわりね!ラルベルちゃん」


 海猫亭に今日も元気に響く、ラルベルの声。

 

 ラルベルは今日も元気に働いている。

 ふくらはぎがはるくらい、なんのそのだ。この後のまかないを思えば、なんてことはない。この町にきてから、ラルベルは以前よりだいぶ健康的な肌色になり、少しふっくらした。ふっくらといってもバリバリ仕事もしているので、あくまで健康的な肉付きになったという意味である。


 三食しっかり食べ、働き、良く眠る。なんと恵まれた、幸せな毎日か。

 

 ラルベルは思う。 

 あの日あの時ダンベルトに行き倒れていたところを助けてもらわなければ、もしかすると本当に人生が終わっていたかもしれない。空腹で死ぬという、ラルベルにとってもっとも無念な人生の終え方をせずに済んで、本当に幸運だった。

 

 まさに救いの神、いや、ゴブリン天使。


 ――今日も、仕事終わりに詰所に顔を出してみようか。たまには何か買って差し入れしてもいいし。


 詰所に寄った時にダンベルトがいつも浮かべるあの独特の表情を思い浮かべて、ラルベルはふふっ、と笑う。

 困ったような、どこか体がかゆそうな、なんともいえない表情でラルベルを迎えるのだ。最初の頃は迷惑がられているのかと思ったが、そうでもないようだ。かといって喜ぶでもないが。

 あの顔がなんともおもしろくて、ラルベルはつい用もないのに詰所を訪れてしまう。

 そういえば、この前ボンボンを一緒に食べようとラルベルの部屋に寄って行った時も同じ顔をしていたっけ。いつもお世話になっているし、心配をかけたお礼にとおいしい紅茶をごちそうしようと思ったのだが。


 結局ボンボンはラルベルがひとりで堪能して、ダンベルトは部屋のかわいい椅子にちんまりとその巨体を押し込むように座り、紅茶を一杯ぐいと飲みほして帰っていってしまった。

 

「女性の部屋に……」とか「自分には職務が……」とかもごもごと話していたけれど、あれはいったい何だったんだろうか。

 いつものあの何とも言えない顔でもぞもぞと体を動かすその姿はどうにもおかしく、ダンベルトが帰った後も何度も思い出し笑いしてしまったほどだ。


 どうしてあんなに立派な体格をして、立派な職についている人気者なのに、ああもおかしいのか。思い出すとつい笑いがこみあげる。


 ――おもしろゴブリン。今日もしっかり働いてるかな。


 そんなことを考えながら、今日もしっかり精を出して笑顔で働くラルベルであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る