ボンボンの秘密

 

 

  結局その後もダンベルトは黙ったままで、「外で待ってる」と店を出ていってしまった。

 厨房のみんなはラルベルを遠巻きに見てなにか言いたげな表情をしているし、朝のマルタといいダンベルトといい、なんだか調子の狂う一日である。

「お疲れさん~また明日……」という厨房の人たちの声も、心なしかいつもより元気のないような。


 店の外ではダンベルトが遠巻きに女性たちの視線を浴びながら、ラルベルが出てくるのを待っていた。

 その様子を少し離れたところから見ていたラルベルは、ふと気づく。


 身長は平均的な男性よりおそらく数十センチは高いだろう。少なくとも、幼馴染のロルより頭一つ分は大きい。

 それに均整の取れた引き締まった筋肉質の身体。

 制服を着ていると余計に体が大きく見えて威圧感もあるけれど、頼もしくも見える。

 団長の制服にだけ金糸で華やかな装飾が施されているせいもあって、遠目でもすぐに見つけることができるのだ。


 目立つ分きっと人気があるんだろうな、とラルベルは思う。

 

 ――ゴブリンだけど。


 顔は、まぁ好みもあるだろうがかっこいいといえるだろう。時々目が怖いけど。最近は見慣れたせいか、ゴブリンから大型犬に印象が変わってきた気もする。


「終わったのか。お疲れ」


 二人は並んで歩きだす。


「ダンベルトさん。何か話があるんじゃないですか?だからお店にきてくれたんでしょう?」


 しびれを切らして問いかけると、ダンベルトは例の困り顔で「あぁ、それなんだがな」と話し始めた。

 お酒入りのボンボンを知らずに渡してしまったこと。慌ててラルベルの家にいったものの、すでに遅くラルベルが酔っ払ってしまっていたこと。その後心配して様子を見に来てくれたこと。

 全部話し終わると、少しすっきりした顔で「二日酔いにならなくて良かったよ」と笑う。


 どうしてさっき店で話してくれなかったのかと尋ねると、「厨房からの視線がちょっとな……」とぶつぶつと言っていた。


 もしかして、酒に不慣れなラルベルに酒を与えてしまったことを団長としてはあまり外で話したくなかったのだろうか。この国の貴族社会では十六歳の社交界デビューの頃からお酒が解禁とされている。だから、ラルベルがお酒を飲んでも別にとがめられたりはしないのだろうが。

 やはり立場というものがあるのだろうと、ダンベルトの気苦労の多そうな生活を少し気の毒に思うラルベルである。


「心配して来てくれたんですね。ならそう言ってくれればよかったのに。せっかくのボンボンだったのによく覚えてないんですよ……。誰かと話したような気もするんですけど」


 初めてのお酒に酔って記憶をなくしたのか~と、がっかりするラルベルに


「残りのボンボンには酒が入っていないそうだ。朝店主に確認してきたから、安心して食べるといい」


 ほっとしたような顔で、慰めるように優しく笑いかけるダンベルト。


 ――そうか。それを伝えるために来てくれたんだ。優しいなぁ、ダンベルトさん。


 そう思ったら、なんだかラルベルはあたたかな気持ちになる。


 ――なんだろうな。なんかちょっとだけ……。本当にちょっとだけダンベルトさんがかっこよく見える。


 そんなことを思いながらついぼーっとダンベルトの顔を見つめていたら困ったように視線をそらされた。

 ラルベルも慌てて逆の方向に目をやる。


 往来の多い通りの真ん中で、見つめ合い、そして同時に目をそらしあう二人。


 離れたところから「きゃあっ!」とか「そんな……」「ありゃ団長さんじゃないか……」とか悲鳴のような驚きの声がしていたのだが、二人はそれに気づかずまた並んで歩きだす。



「あのボンボン、何味だったんですか?ダンベルトさんが食べたのと、私が食べたの」

「俺のはスミレのリキュール入りで、お前さんが食べたのは赤ワインだそうだ。箱の中で二粒しかない酒入りのボンボンをチョイスするとは、すごい確率だな」


 どんな味か想像してみる。香りがよくて、口の中にふわーっと広がる感じなんだろうか。


「そのうちお前も酒が飲めるようになれば、おいしく食べられるかもしれないぞ」


 その言葉にいつか自分もダンベルトと二人でお酒を楽しめる日がくるのかな、と思う。


「そうだ!この後お仕事がなければ、私の部屋に寄って行ってください、ダンベルトさん」


 突然の申し出に微妙な顔で足を止めるダンベルト。


「せっかくだから一緒にボンボン食べましょう!」


 我ながらいい提案だと、ラルベルはにっこり笑いかける。ボンボンのお礼と心配をかけたおわびにといってはなんだが、これでもだいぶこの町に来てからお世話になっているのだ。


 ――とっておきのおいしい紅茶をごちそうしよう!


 ニコニコと笑って提案するラルベルに、無言でついていくダンベルト。



 ラルベルの下宿に向かう道中、ダンベルトは考えていた。


「そうだ!子犬とか子猫とかそういう……」


 ぶつぶつと心の中でつぶやいていたはずが、気がついたら声に出てしまっていた。とっさに隣を歩くラルベルに目をやるが、特に気にとめていないようだ。胸を撫で下ろすダンベルト。


 ラルベルに出会って以来、どうも自分が少しおかしい。

 おなかをすかせていないかとか、ちゃんと眠れているかとか、仕事はうまくやっているか、とかなぜかことさらに気になるのだ。つい心配になって、ラルベルの下宿や海猫亭まわりの巡回を強化してみたり、仕事の合間を縫って様子を見に行ってみたり。

 詰所にきたときなどはつい他の団員たちの死角になるように自分の席に隔離してしまう。近づこうとするものに威嚇してしまうというか。


 それをこの前、第一師団の団長をしている悪友に話したら「いくら初恋もまだだからって、子どもには手を出すなよ……」と忠告された。恋とは心外だ。恋なわけがないだろう、しかも初恋がまだとか失礼にもほどがある。


 正直、普段から女性に囲まれて若干辟易しているダンベルトにとって、女性は守るべき存在とは思うが、自分の人生にとって必要かといれれると……。恋愛だの結婚だのと周囲からせっつかれることもあるが、職務を果たすのに精いっぱいでどうにも後回しになっている。別に一生一人でも構わないとすら思っている。


 そんな仕事以外に執着めいたものをもたないダンベルトにとって、ラルベルの存在は異色であった。仕事も上の空など、これまでのダンベルトにはありえないことだ。


 昨日だってそうだ。無防備に抱き着かれてなんだかいけないことをしているような気持ちになったが、保護者ならば寝かしつけてやるくらいなんてことはない。決して隠し立てするようなことではないのだ。とはいえ、なんだかあるまじきことをしている気持ちになって、思わず挙動不審になってしまった。

 しかも、厨房の料理人たちからはじっとりとした視線を向けられるし。


 だが、それがただ単に保護者としての愛着とわかって、腑に落ちる。


 ――そうか。拾った子犬に情がわいたのか。それじゃあ独り立ちするまで面倒見てやるか。拾ったものとしても団長としても、最後まで面倒を見る責任があるしな。


 確かに言われてみれば、ラルベルは体も小さくて顔もなんというか、邪気がないというか愛嬌のある小動物っぽい。特別かわいいとか美人とかいった感じではないのだが、ほだされる系の……。

 現にラルベルに会った人間たちはあっという間にラルベルが好きになる。そう、好きに――――。


 ぶんぶんとかぶりを振って、ふと頭に浮かんだ思いを振り払うダンベルト。


 ――そうだ、俺は保護者だ。たまたま子犬を拾って面倒をみているだけだ。断じて好きなど。


 そう言い聞かせるように自分自身に繰り返すも、ざわつく心をもてあますダンベルトなのだった。



 その頃、海猫亭では。

 厨房で働く料理人たちが、夜の料理に使う材料の仕込みをしながら大きなため息をついていた。

「ラルベルちゃん……」「まさか団長が」「うぅっ、まだ俺仲良くなれてないのに……」とかぼそぼそと悲しそうにつぶやいている。


 ノーマは感慨深くつぶやく。

 だんなにもついに初恋が訪れたんだねぇ、と。





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