2章
海猫亭へいらっしゃい!
海猫亭で働きはじめて一週間。
「はい、三番テーブルさんあがったよ!」
はぁい!と元気よく返事をして、おいしそうな湯気を立てている料理をテーブルに運ぶ。
「お待たせしました!あさりと海老の濃厚あんかけ炒飯ですっ」
「ラルベルちゃん!こっちにエールのおかわり頼むよ」
笑顔のラルベルに、隣のテーブルからも注文の声がかかる。
「はい!ただいまお持ちします!」
持ち前の明るさと能天気さでラルベルはすっかりこの店にも常連客たちにも馴染んでいた。
ひとりの食事に慣れていたラルベルには、ものを食べるという行為がこんなににぎやかで活気のあるものだと知って驚きを隠せない。
「ラルベル!次あがったよ。それを運び終わったら昼休憩に入っておくれ」
猫店主、もといノールはちょっと変わってはいるが、とてもいい人だ。ラルベルが大食いだと知るとまかないの量を増やしてくれ、仕事終わりには必ずなにかしかの残り物をくれる。
ダンベルトのおかげでいい店に出会えて、本当に感謝してもしきれない。
だから、時折もらった料理をダンベルトがいる町の詰所に立ち寄って、夜食代わりに届けにいったりもする。
部下の人たちも何人か詰めているけれど、いつも奥の団長専用のスペースに強引に連れていかれてしまうために、今のところ話す機会には恵まれていない。一度だけ仕事帰りにひとりの部下さんに会って遠くから挨拶したことがあったんだけど、その翌日その人は隣町の警護に回されたと聞いた。
「じゃあ、お先にいただきますっ!」
今日のまかないは、今朝港に水揚げされたばかりのタコのフライとちょっぴりスパイスのきいたチキンライス。それに刻んだカリっと焼いたベーコンがたっぷりかかったサラダ、おまけのビスケットが三枚。
ビスケットは常連さんがおやつに食べな~と差し入れしてくれたものだ。最近は顔なじみになった常連さんが、ラルベルにとちょっとしたお菓子とかを差し入れしてくれる。
これがきれいなハンカチとかお花とかじゃないあたり、ラルベルの大食いはもう知れ渡っているとみた。
大きく口を開けて、スプーンに乗せたタコのフライを頬張る。ハーブがよくきいていて、タコのぷりっとした食感と甘みが引き立つ。う~ん、とか、ふおぉ~、とか幸せの吐息をもらしながら料理を堪能するラルベル。
その姿をにこにこと嬉しそうに、厨房の料理人たちが眺めている。ラルベルの幸せそうに食べるその姿は、料理人たちの間で密かな癒しとなっていた。
仕事帰りにどこか散策にいこうかな~とあれこれ考えながら、ラルベルはまかないをぱくつくのであった。
海猫亭は、この町で一番大きく人気のある料理屋だ。
昼は町や王都周辺で働く男たち中心に、夜は夜で仕事帰りの一杯に立ち寄る男たちであふれかえっている。週末などは家族連れの姿もみえるが、平日は基本的に男だらけで、ちょっとむさ苦しい店内である。
女性客が少ない理由はおそらく。汗をたっぷりかいた疲れた体に染み渡る、ちょっと濃厚な味付けと豪快なメニュー。これに尽きるだろう。
ボリュームたっぷりなのは、ラルベルにとってはむしろ喜ばしい。
味付けはちょっと濃いめで、きっとお酒にはぴったりなんだろうなと思う。まかないと仕事終わりに食べる分には存分に汗をかいた後だからとてもおいしく感じるんだけど、ガテン系のお仕事以外の人や女性にはちょっと敬遠されるのもよくわかる。
まぁ、女性が集まる人気店は他にあるし、ガテン系の憩いの場と思えばそれはそれなんだけど。
実はラルベルは大食漢であると同時に、無類のスイーツ好きでもある。残念ながら海猫亭では、スイーツは果物が数種類あるだけだ。しかもカットして皿に並べて出すだけの、まんまフルーツである。せめて食後のスイーツにゼリーかアイスくらいあれば!と思う。
そのため、仕事が早番の日にはおいしいスイーツを探し求めて町を散策するのがラルベルの日課となっていた。
王都が近いとあって、珍しい他国からの輸入品も多いとくれば、もちろんスイーツも選び放題である。
仕事を終えたラルベルがその日向かったのは、最近王都で評判だというボンボンを売るショップだ。砂糖でできた薄い殻の中に色々な果実のソースやリキュールなどが入ったお菓子で、最近王都で大流行なのだという。
「ちょっと押さないでよ!私が先に並んでたんだから、あなた後ろ行きなさいよ」
「何を言ってるのよ!私の方が先よ。あなたこそ後ろに!」
ラルベルがその店に到着した時には、すでにその店先に近づけないほどの混雑ぶりであった。女性たちが長い行列を作って並んでいるのだが、なにやら殺気立っている。押し合いへし合い、を通り越して、どつき合い殴り合いといった様相を呈している。
これではとても手に入りそうにない……とすごすごと退散しようとしたラルベルの肩をぽんと叩く、聞き覚えのある声。
「ダンベルトさん!こんなところでどうしたんですか?見回りですか?」
実は昨日詰所に行く途中、ダンベルトたちが町で起きた喧嘩騒ぎを治めにいくのがみえて、立ち寄らずに帰ってきたのだが……。喧嘩騒ぎが長引いたのだろうか。心なしか顔が疲れているような。
「仕事終わりか?ちょっとこっちにこい」
こいこい、と手招きされるまま大混雑の店先を離れて、隣の細い通りへと連れていかれる。
「なんですか?」
首をかしげるラルベルに、ダンベルトはにっと笑うと制服のポケットから小さな紙袋をこちらに差し出す。戸惑いつつ袋を手に取り、ガサゴソと袋の中を覗き込むラルベル。
「……っ!これは!ボンボ、……むぎゅ」
思わず大声を出しそうになるラルベルの口を、ダンベルトが慌てて大きな手のひらで覆う。
――おかげで変な声が出たじゃないか。
驚いて目を見開くラルベルに、しーっ!と口に指を当てて黙らせるダンベルトである。
小声でひそひそ顔を寄せ合って話す二人。
「どうしたんですか?これ、あの店のボンボンじゃないですか!」
「実は昨日この店で喧嘩騒ぎがあってな。徹夜で並んで買おうとした客同士が小競り合いして、俺たちが呼ばれたんだよ。それを噂になる前に抑えてくれたっていうんで、礼にと店主がくれたんだよ。お前のことだから今日あたり買いにくるんじゃないかと思って待ってたんだ」
――スイーツをゲットするために徹夜とは……まぁ、気持ちはわかるけど。そこまでするか。
ラルベルは、ふと気づく。
「なんで私が買おうと思ってたの知ってるんですか?私言いましたっけ?」
そう尋ねると、ダンベルトはぼそっと「お前の考えてることぐらいわかる」と苦笑された。
そういえばロルにも同じこと言われたなぁ、と不思議に思いながら手の中のボンボンを見る。
これ、渡してくれたってことは、くれると思っていいんだろうか?
ちらっとダンベルトの顔を見上げると、ちょうどこちらを見下ろしてたダンベルトと視線がばちり、と合う。ひそひそ話をするのに顔を近づけていたから、思ったよりも顔の位置が近い。
「………………」
「………………」
あまりにちょうどよく視線がかち合ったものだから、なんだか居心地が悪くて無言になってしまう。
「コホッ、……なんだ?」
「えと、あの。これ、もしかしてくれるんですか?」
期待に目を輝かせながらダンベルトを見つめるラルベルに、なぜだか頬をうっすら赤く染めて頷くダンベルト。
「ありがとうございますっ!うっれし~。あんな行列じゃあ当分手に入らないと思ってたんです。あ、ダンベルトさんもおひとつどうぞ。ハイ」
そう言って、ダンベルトの大きな手のひらにぽん、と一粒の淡いパープルのボンボンを乗せる。
「じゃあ、私は帰ってさっそくティータイムにしますねっ!じゃダンベルトさん!ほんとにありがとうございます。……あ、疲れた顔してるから、しっかり休んでくださいね~」
そう言うと、ラルベルは振り返りもせずにご機嫌で帰っていく。
小さな手をひらひらと降りながら、軽やかに弾むような足取りで去っていくラルベルの後ろ姿を、なんともいえない表情で見送るダンベルトであった。
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