はじめまして、ラルベルです!




 テーブルの上に所狭しと並べられた、たくさんの料理。


 大きなほろ鳥を丸ごと使った、ジューシーな鳥肉と野菜のグリル。

 オレンジソースのたっぷりかかった、やわらかな鴨肉のロースト。

 その横には、季節の野菜とともに皿いっぱいに盛り付けられたマッシュポテト。

 港に今朝揚がったばかりの、新鮮なミルタ貝の酒蒸し。

 先ほど新たに店員が運んできた、まだじゅわじゅわと油がはぜるこの店名物の白身魚のハーブフライ。


 それらをひたすら黙々と皿に取りながら、籠に積まれた山盛りのパンと交互に口に運び続けるひとりの少女。

 咀嚼する合間に手が伸ばされるのは、近くの森で栽培されているグリの実で作られた、甘酸っぱい果実水。



 ダンベルトはテーブルの向かいの席に座り、ただただ目の前の料理が消えていく様を眺めていた。


 巡回中のダンベルトと数人の部下とがこの少女をみつけたのは、昨日の夕方のことだ。

この辺はさほど治安が悪くないとはいえ、さすがに夜も更けてくると酔っ払っては女性に絡むような輩も時にいるのだ。しかもみたところまだ十三、四歳くらいだろう。旅の途中で親とはぐれたのかもしれない。おそらくは迷子であろうと判断して、知り合いのおかみのもとに運ばせたのだ。よほど疲れていたのか、運び込まれる間もおかみが着替えさせる間もずっと眠り続けていたらしい。


 ようやく目を覚ましたと聞いて、事情を確認するために部屋を訪れた時、ダンベルトがみたものは。あろうことか、寝間着姿のまま窓に片足をかけて逃げ出そうとしている姿であった。

 

 この時点ですでにダンベルトは嫌な予感はしていた。

 空腹と聞いて、とりあえず行きつけの料理屋に連れてはきたのだが。




「あぁ~!もうほんとおいし~!どれもすごくおいしいです。特にこれ、このほろ鳥たまらないです!噛めば噛むほど肉汁があふれて、しかも添えられたハーブソースがまた、肉の臭みを消してなおかつ野趣あふれる味を引き立てていて……!」


 満足げに鼻腔をふくらませて、幸せそうな表情を浮かべる少女。


「それは、良かったな。何よりだ……」


 その小さな体のどこにこれだけの量の食べ物が収まるのかと、ついまじまじと見てしまうダンベルトである。


 第二師団の団長の職は国の保安にかかわる重要な職であるからして、当然のことながらその収入は決して少なくない。とはいえ、次々と目の前で消えていく料理の合計は部下たちに配給される三日分の昼食代くらいには届きそうだな、と思う。


「あの~……。できればこれも最後に頼んでいいですか?」


 少女はメニューの最後のページに書かれたデザートを、ためらいがちに指さす。

 もはや無言で頷いて、店主を呼ぶダンベルト。


 主人ももはや言葉なく、何かに怯えるような慰めるような眼差しでダンベルトをみて、そそくさと去っていく。

 少しして、疲れきった顔とよろよろとした足取りで店主が運んできたのは、クリームがたっぷりのせられた黒苺のパイだ。黒苺の表面が艶々と輝いて、甘さ控えめなクリームとの相性も抜群な男性にも人気のデザートである。そして、氷を浮かべた器にぷかぷかと浮かぶ丸いフルーツゼリーと、グラスに綺麗に盛りつけられた特製アイスクリーム。

 あれほどの料理をたいらげた後にもかかわらず、大きな口にひとくち、またひとくちと吸い込まれていく。


 もはやダンベルトはそのさまを直視することもできない。見ているだけで胸焼けがすごい。しばらくは何も食べ物をみたくない、と思うくらいには、料理をみた気がする。



 大量の食事をようやく終えて、少女は「生き返ったぁ!」と大きく息を吐き出す。満足そうにふくれたお腹をなでさすりつつ、満面の笑顔を浮かべている。


「満足してもらえたようで何よりだ……。それで、君はなぜあんな所で倒れていたんだ?」


 小動物のような大きな丸い目をきょとん、とさせて少女はダンベルトを見つめる。


「えっと、それは。とりあえず、命を救っていただいてありがとうございましたっ!おかげで野垂れ死にせずにすみました」


 ――つまり、行き倒れ、なんだな。


「いや、まぁこれも仕事だからな。それより、お前この町の人間ではないよな。家族で旅行にでも?」


 見かけない顔だ。ということは王都見物のためにこの町に立ち寄った旅行者か、とあたりをつける。


「えっと、ちょっと離れたレテ山の方から?親はあちこちを旅行中です。私はまぁ仕事を探しにですね……」

「ん?……迷子じゃないのか?だって君はまだみたところ十三、四歳くらいだろう」


 ――レテ山はこの国の北にある山だが、あの辺には小さな町が一つあるきりだし、山の中に集落があるなど聞いたことはないし。こんな小さな子どもを置いて親だけが旅行?


 少女は何かを思案している様子で、視線を落ち着きなくきょろきょろと動かしている。

 もしや家出娘か、誰かにかどかわされていたところを逃げ出してきたのか、それとも……。


 ダンベルトの明らかにいぶかしんでいる様子に、ラルベルは焦っていた。空腹から解放されてようやく回り始めた頭の中で、どう説明すべきか、そもそもどこまで話していいものかと思案する。

 ヴァンパイアだということは絶対に知られてはいけない。何が何でも絶対にだ。そしてもちろん、山の奥にヴァンパイアの集落があることも、絶対に知られてはならない。


 ラルベルは必死に考えていた。

 自分がヴァンパイアであることを気取られないように、かつ警戒されないような理由を用意しなければ。でなければここで暮らすことも働くこともできないのだ。それは、ラルベルにとって餓死を意味する。ここの他には、仕事にありつけそうな町は近くにないのだから。

 そしてぐるぐると脳をフル回転させつつ、はじき出された答え。


「えっと…ご挨拶がまだでしたね。はじめまして!私は出稼ぎにきた十七歳のラルベル・モンテールと申します!私、今日よりこの町にごやっかいになります。……なので、お仕事を紹介してください!!」


 ――やっぱり初対面で大切なのは、最初の挨拶だよね。どこまでも爽やかに、元気よく、明るく!


 決して怪しいものではございませんよ~と快活で爽やかな雰囲気を全身で表現しつつ、大きな声で挨拶するラルベル。

 にわかに緊迫した空気が漂う中で、元気な声でぺこりと頭を下げて爽やかな笑顔で挨拶するラルベルに、ダンベルトはしばし固まり、言葉を失う。


 食べ物の次は、職業あっせん……。

 第二師団は、迷子センターでも職業あっせん所でもないんだがな。もっといえば食料配給所でもない。


 ラルベルと名乗った少女は、にこにこと無邪気な顔で笑っている。


 ――危険ではないようだし、犯罪の匂いもしない。が、やっぱり俺はおかしなものを拾ってしまったようだ。

 

 この後の面倒を思い、なんだかどっと疲れが押し寄せるダンベルトであった。





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