恐怖心

 小屋の外へ出ると地獄のような景色が広がっていた。不快な悪臭が漂い、人間だったものが地面に転がっている。何軒かの家から火の手が上がっており、泣け叫ぶ人やゴブリンに立ち向かおうと鍬を振り上げる人。それらをあざ笑うかのように数十体のゴブリンが雄たけびをあげている。

 見てて吐き気がする。こんなことが現実であっていいわけがない。

 殺すことへの躊躇が吹っ飛ぶくらい頭にきたが、それと同時に湧き上がった恐怖が俺の足を止めた。いくらすごい切れ味の武器を持っているからと言って、この人数相手にどうにかすることができるのだろうか。確認した俺のステータスはほぼ一桁のものばかりだっただぞ。

 レベル0。もしこれがゲームなら冒険にも出られない強さだ。いくら攻撃力が高くたって、紙のような防御力じゃ一撃でゲームオーバーになってしまう。そうなれば俺も一瞬でそこらに転がっている人間だったものの仲間入りだ。


「っ……」


 顔のない死体と目が合ったような気がして体がすくんでしまった。

 なんだこの感じたことのない恐怖は。頭では立ち止まっていてはいけないとわかっているのに足が前へ出てくれない。

 ふざけるなよ。動けよ俺。何してんだよ。

 覚悟を決めようとするが、新しい悲鳴にまた体がすくみ体が思うように動いてはくれない。

 目の前で起こっている恐怖が救いたいという感情を黒く染めていく。

 戦えよ。逃げたい。

 救うんだろ。自分の命の方が大切だ。

 動けって。死にたくない。

 約束しただろ。どうせ守れやしない。

 俺は……。怖いんだ。

 あぁ、ダメだ。そんなことを認めたら本当に……

 

 ブーン。ブーン。


 突然の振動に落ちかけていた思考を現実に引き戻された。

 震える手でポケットからオラクルギアを取り出すと、エミルからのメッセージが一言表示されていた。


 僕の大切な人達を守って。


 何てことのない一文だったが、これを打っているエミルの顔が簡単に想像出来た。

 あぁ、そうだ。あいつは死ぬその瞬間だって守ろうとしていたじゃないか。それなのに俺は。

あいつの代わりにこの世界に来たはずなのに、それなのに。


「ふっ……ざけんなよぉぉぉ!」


 大声を上げたせいでゴブリンの視線が俺に集まった気がするが構うものか。代わりに緊張が解けて体が動くようになったんだからむしろプラスに考えるべきだろう。

 やろう。やってやるんだ。俺は約束したのだから。

 剣鉈を握り直し、ポケットにオラクルギアをしまおうとして神様の言葉を思い出した。

 『装備は確認してからいけよ』

 慌てていたから気にもしなかったが、たぶんオラクルギアのステータス画面のことを言っていたのだろう。確か下の方に装備一覧という項目があったような気がする。

 正直のん気に確認している場合ではないと思うが、一応神様の忠告なので確認してみることにしよう。……けっして怖気ずいて事態を先延ばしにしようとしているわけではない。

 

「って、これは……」


 ステータス画面下部。装備一覧の一番上に表示されている文字は俺の体から恐怖心を吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。


『約束された勝利』 鑑定済み。この武器は初陣に限り効果を発揮する。

             身体強化 極 切れ味 極 自動回復 極 不屈 第六感

             戦闘後この武器は別の物へと変化する。


 正真正銘のチート武器だ。この武器を装備しているおかげでステータスも全て三桁まで上昇している。先ほどの絶望感は薄れ、少しの余裕さえ感じられる。


「グギャァアアア」


 顔を上げると何匹かのゴブリンが武器を振り上げこちらに向かってきていた。やはりさっき上げた俺の叫び声に気が付いていたのだろう。

 まぁいいさ。現金な話ではあるが、このステータスなら何匹来ようが負ける気がしない。それに、今度こそ本当に覚悟を決めたんだ。


「来いよ。こんな理不尽な現実は俺がぶち壊してやるから」

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