理不尽な世界

 それはステータスの確認をしている時のことだった。

 手にしているオラクルギアにはレベル0と表示されていて、その下の腕力やら脚力といった文字の横に一桁の数字が添えられており小学生の頃の通信簿みたいだなー、などと思っていると後ろから声をかけられた。


「お前らまだ変わっていなかったのか」


 振り返るとそこには神様が立っていて、相変わらずめんどくさそうな顔をしていた。

いつまでも入れ替わらないので文句でも言いに来たのだろうか?


「言い忘れたことがあったから伝えにきてやったぞ」


 小言の一つくらいは覚悟しようと身構えていたのだが杞憂だったようだ。


「お前が別世界の人間だってことはなるべく隠しておけよ。なんか怪しまれたらシエルエンドの生まれだからって言っておけばだいたいなんとかなるからな」

「え、いや、ちょっと待ってくださいよ。なんかもう少し説明があってもいいんじゃないですかね」


 言い終えるなりじゃあ、と片手をあげ帰ろうとする神様を慌てて引き留めた。わざわざ伝えに戻ってきてくれたのはありがたいが、面倒だからって説明が端的すぎるだろ。面倒見がいいのかそうじゃないのかよくわからない人だな。


「ちっ、理解力のないやつだな。この世界では化学が禁止されてるってことは知っているか?」

「えーっと……そういえばそんなようなことをエミルが言っていた気が……」


 そういえばスマホもどきを見て世界が終わるとかなんとか騒いでいたな。てっきり冗談か何かだと思っていたが。


「旧世代のやつらいろいろやってくれたせいで、この世界の神が禁忌としたんだよ。まぁ転生者なんて今じゃ伝説みたいな存在だから信じないかもしれないが……それでも信じてるやつらにしたらお前の知識……いや、お前自体が脅威とされてもおかしくない。だから極力ばれないように何かあったら無知な田舎者でも演じていろ。シエルエンドっていうのは山奥の村で最近滅んだからそこ出身って言っておけば大丈夫だろ」


 段々と早口になりつつも説明を終える神様。最後の方は明らかに適当な説明になっていたのだが、きっと途中で面倒になったのだろう。この様子じゃ旧世代とやら何をしたのか聞いても答えてくれないだろう。もし、聞ければいい暇つぶしになると思ったのだが。


「あぁ、そういえばもう一つ忘れていた。お前に渡すものがあったんだ。ほら、受け取れ」

「おっと……なんですかこれ……剣?」


 投げ渡されたものは、革の鞘に収まった剣。いや、刃の形からして鉈と呼ばれるものだろうか。刃渡りは30㎝くらいだろうか。片手で振るには少し重いような気がする。

 もっとも、剣の心得があるわけではないのでこの感覚が正しいのかもわからないが。


「お前のことだからきっと見捨てられないだろ。過剰な祝福ではあるが何もしないうちに死なれても困るんだよ」

「……まるでこれから何かが起きるような口ぶりですね」

「……お前は親切のつもりであいつに時間をやったのかもしれないけど、この世界はお前が思っている以上に理不尽なんだ。頼むからオレの目的を果たす前に死んでくれるなよ」

「それってどういう……」


 言葉を遮るかのように床に置いてあったオラクルギアが振動し、エミルからの着信を知らせてきた。一瞬そちらに視線を外しただけなのだが、すでに神様の姿はなく「装備を確認してから行けよ」とい言葉が残された。

 嫌な予感がしてすぐにエミルからのメッセージを確認すると、そこには「ゴブリンに襲われている」という文字が。

 そんな馬鹿な。あいつは村の中にいるはずなのに、いったい何が起こっているというのだ。


「くそっ、こんなことならエミルと変わってやるんじゃなかった」


 嫌な役目をエミルに押し付けようとした天罰か?いや、そんことよりも早く変わってやらないとエミルが危ない。慌ててポケットに入れておいた薬を取り出し飲み込むと、目眩のような感覚に襲われ一瞬のうちに世界が暗転した。まるでテレビのチャンネルを変えるかのように目の前の景色が変わり、自分では何かが変わった感覚はないのだが、無事にエミルと入れ替わることができたらしい。その証拠に目の前にあの女の子が立っていて、俺の顔を見るなり力なくその場へ座り込んでしまった。


「えっ……あなた誰なの?エミル……エミルはどこ……」


 光ない瞳で俺を見上げ何度もエミルの名を呼んでいる。

 どうやら最悪のタイミングで入れ替わってしまったらしい。なにか言葉をかけるべきなのだろうが、こんなときなんて言えばいいのだろうか?彼女からすれば俺がエミルを殺したようなものだ。そんな相手に俺はなんと声をかけるべきなのだろうか。

 そんな言葉が簡単に見つかるはずもなく、背後から聞こえる破壊音が考える時間を奪っていく。


「ごめん……けど、これ以上何も奪わせないから」


 結局出てきた言葉は有り触れた謝罪の言葉だった。

きっと俺が彼女に許されることはないだろう。湧き上がってくる押しつぶされそうなほどの罪悪感を誤魔化そうと、神様が置いて行った剣鉈を抜き、振り向くと同時にゴブリンを攻撃した。

 振り下ろされた棍棒と剣鉈が交差するかたちになったが、振りぬいた腕が止められることはなく棍棒を一閃した。ゴブリンはもちろん、俺もその切れ味に驚いたが止まることなく向かってくるその体を切り裂いた。

 あまりの切れ味に何の手ごたえもなくゴブリンの頭が胴体からさよならを告げる。まるで豆腐でも切っているかのようだ。

 

「これで終わり……っていうわけにはいかないよな」


 怪獣映画のような喧騒に辟易したくなったが、放っておくわけにはいかないだろう。


「……俺は残りを片付けてくるから……その……危ないからここに隠れていてくれよ」


 ゴブリンの死体と一緒にしておくのはどうかと思ったが、連れていくよりは安全だろうと判断したのだが、少女からの返答はなく、虚ろな目でまだエミルの名前を呟いている。

 今にも壊れてしまいそうな姿に不安を覚えたが、周りから聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴が俺を待ってはくれない。この様子なら歩き回ることもないだろうと思い小屋の外へ出ることにした。


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