第58話 豪雨とオリーブの枝(四)

 部屋が大きく揺れて動き出した。艦長の施設からの切離し作業がうまくいったのだろう。

 部屋の揺れは収まらず、大きくなった。外では気象が荒れている証拠だ。全員が立っていられず、座って何かしらに掴まらなければいけない状況だった。


 揺れの中、天井中央付近の一部がスライドして、直径二mほどの強化アクリルの窓が現れた。舞はおそらく、窓が部屋の出入口なのだろうと思った。


 窓からは外の状態が見えた。

 見えたといっても、見えないに等しい。窓に数人の大人がバケツで水を掛け続けているようにかのように、水しか見えなかった。


 誰の目にもサード・ノアが起こっているのが明らかだった。サード・ノアの継続はラミエルの勝利を意味していた。


 もう、打つ手はなかった。ブリタニア号に戻って、WWOの施設まで帰還できれば、まだ手はあるのかもしれない。だが、波間を漂い、揺れ動く箱のような部屋からブリタニア号に戻る手段が存在しなかった。


 もし、ブリタニア号を遠隔操作できても、空も海も全てを見ているラミエルが見過ごすとは思えない。


 痛みを感じなくなっていたのに気が付いた。いや、体中の感覚が鈍くなったようだった。体に溜まったダメージが許容量を超えたのかもしれない。


 眠くなってきた。眠ってもいいと思った。舞は漠然と「目が覚めたら天国がいいな」と考えた。


 舞の体を誰かが揺すった。目を開けると、艦長の顔があった。艦長は穏やかな表情で何も言わずに、部屋の中央を手で指し示した。


 部屋の中央にはアクリル製の梯子が掛かっていて、窓へと延びていた。

 どこか夢から覚め切らない、感覚を引きずったまま、梯子の許へ歩いて行った。


 見上げれば、ただ、ただ青い空が見えた。セカンド・ノア以来ほとんど見ることができなかった雲一つない青い空だ。


 梯子を登り、上半身を部屋の外に出した。

 真っ青な空の下、微風が吹いていた。あまりの世界の変わりように、舞は戸惑った。


「さっきの窓を打った水は、空と一体化したラミエルの体が崩れ去る時に生まれた、破片。それとも、ラミエルは移動しただけで、終末はこれから始るの」


 空を見上げる舞の前に、一羽の鳩が降り立った。鳩は小枝を咥えていた。


 枝はノアが空に放ち、大洪水の終わりを知らせる時に鳩が咥えていた物と同じ、オリーブの枝だった。

【了】

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Strange Disease ~世界に降る雨~ 金暮 銀 @Gin_Kanekure

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