第49話 原始の力とリンクするもの(五)
戦闘が始まるのに、艦長は全く恐れを感じていないようで、いつもの口調で指示した。
「神流毘栖は捕捉した兎級潜水艦を沈めるのに注力してくれ、ベッキーは他の艦に注意だ」
兎級潜水艦の設計よりブリタニア号設計のほうが六年後に作られていた。性能面では、ブリタニア号のほうが上。本来なら負ける相手ではない。
けれども、相手が二隻いるのなら、一隻を犠牲にされれば、撃沈される能性もあった。
兎級潜水艦はブリタニア号に気が付いていないのか、それとも囮になるためか、速度を変えず、ゆっくり進んできた。
画面に刻々と数値が表され、魚雷を命中させるための解析値が、計算されていった。
神流毘栖が、計算が終わる時間を見越して、計算のいくつかを省き魚雷を発射する準備に懸かった。
解析値を出すプログラムは、いくつかある。全てを走らせれば、確実に命中させられる値が出る。が、計算時間も長くなる。
神流毘栖は、命中率が下がってもプログラムを省いて、計算時間を短くする方法を採ったようだった。
(神流毘栖は、相手がすでにブリタニア号を察知していると読んだのね)
画面に魚雷発射菅が開いた状態を知らせる表示が出た。五秒遅れで、兎級潜水艦の魚雷発射菅が開く音を、ブリタニア号が検知した。
ブリタニア号は兎級潜水艦より五秒早く、四発の魚雷を発射した。四発の魚雷は一発一発の速度が変更されており、山形になって兎級潜水艦に向っていった。
兎級潜水艦は六発の魚雷を発射した。が、ブリタニア号の一発目、二発目の魚雷とすれ違いに爆発した。
ブリタニア号の残り二発の魚雷が、兎級潜水艦が無防備なったところで、速度を上げて突進した。だが、兎級潜水艦の回避行動により回避された。
魚雷は目標を逸れて、兎級潜水艦の後方へと消えていった。
(やっぱり、計算が確実じゃなかった。でも、計算が全て終わるまで待っていたら、間に合わない)
神流毘栖がすぐに次の魚雷を発射するかと思いきや、発射の手が数秒ほど停まった。
次々に魚雷を発射しなければ、やられると思い、舞はひやりとした。
舞が肝を冷やしたところで神流毘栖が動いた。停止時間のために、今度は兎級潜水艦に先手を許した。
兎級潜水艦から再び六発の魚雷が発射された。神流毘栖は二発の魚雷を発射し迎撃しようとした。が、兎級潜水艦の魚雷が二発通過するのを許した。
すぐに、ブリタニア号からもう四発射された。お互いの魚雷は距離を開けて交差した。
ブリタニア号の発した魚雷の一発は兎級潜水艦とは大きく離れた海面で爆発。残り二発は目標を大きく外し、速度を上げて兎級潜水艦の後方に消えていった。
結果、ブリタニア号の発した魚雷は一発のみ兎級潜水艦に向っていった。
(さっきは二発が向かっていったのに、今回は一発のみ。お願い、敵艦に当って)
舞は手を組んで祈った。
画面を見ながら、神流毘栖が「終わったな」と呟いた。
ブリタニア号に徐々に兎級潜水艦の二発の魚雷が近付いてきた。神流毘栖は艦に回避行動をとらせているが、避けきれるかどうかはわからない。
舞は強い衝撃に備えた。艦が振動で揺れた。揺れは思ったほどではなかった。兎級潜水艦の魚雷は距離を開けて爆発した証拠だ。
舞は画面で状況を確認して驚いた。兎級潜水艦が、深度を不自然にどんどん下げていく。兎級潜水艦は向っていった魚雷は一発だけだったが、回避行動に失敗したのだ。
神流毘栖の「終わったな」は負けたという意味ではなく、勝利を確信した発言だったのだろうか。神流毘栖は画面を見ながら淡々と発言した。
「敵艦、沈黙しました。ですが、問題もあります。敵に位置を知られました。魚雷も残り、八発しかありません」
「それはまずいんじゃないの。敵は最低もう一隻いるのに、魚雷が半分以上ないなんて」
神流毘栖は小さく首を廻して、舞に教えた。
「画面のログを振り返って見ろ。三回目に発射した魚雷が二発、沈めた艦に後方に向っていっただろう。そこから爆発音がしていたから、もう一隻も沈んでいるはずだ。心配なら、もう少し艦を進めたらいい。きっと、敵艦の残骸が見えるぞ」
ログを確認すると、確かに兎級潜水艦の後方に消えていった魚雷の爆発の形跡があった。
舞は音響データも解析した。結果、九十九%の確率で、神流毘栖の発言が正しさを裏付けていた。
神流毘栖は兎級潜水艦と戦いながら、隠れていたもう一隻の兎級潜水艦が何らかの行動を起す前に、沈めたのだ。
見えない相手に魚雷を当てるのは、本来なら不可能だ。だが、相手がAI艦の場合、理論的には可能だ。
AI艦は、完全に互いが予測可能な動きをするなら、AIアルゴリズムを読みきれば、もう一隻の動きも完全に把握できる。
「AIアルゴリズムの先読みなんて、理屈的には可能だけど。事前に敵のデータを持っていないと無理よ。神流毘栖、いつの間に兎級潜水艦のデータを手に入れたの」
AIアルゴリズムは軍事技術で非公開。事前に入手するのは本来なら不可能なはずだ。
神流毘栖は自慢げに答えた。
「データは入手していない。慣れれば勘でわかる。二隻目の位置もほぼわかっていたしな。もっとも、標的を炙り出すつもりで撃ったら、偶然、当った。あんまり上手くいったので気味が悪い」
慣れや勘で、どうにかなるものではない。神流毘栖の頭脳は、やはり異常だ。ひょっとしたら、神流毘栖はアプス水のせいで人知を超えた直感力があるのかもしれない。
(神流毘栖、魚雷が当ったのは、私の手柄だよ、たぶん。私が当たれって祈ったからだよ)
舞と神流毘栖の連係プレーがAI戦艦を沈めたが、手柄は口に出すわけにはいかない。
艦長が天井を見て声を上げた。
「敵に知られた? おそらく、そういうことか。残念だが、帰還はできない。アプス水中和魚雷をセット、水中で爆発させたのち、方向を転換、十ノットに速度を落として進め」
舞はなぜ艦長がなぜ納得したのか、わからなかったので、艦長に尋ねた。
「すいません、どういうことかですか」
艦長の代わりに神流毘栖が、艦長の命令の実行準備をしながら答えた。
「我々の動きは監視されているということだ。アプス水が生体内で情報を伝える、アプス水サイトカイン現象を知っているか」
サイトカインとは細胞が出す物質で、細胞間で情報伝達をする物質。アプス水サイトカインは水素と酸素のみ構成され、水中でも拡散することなく、一定方向に移動する。
舞は、アプス水で超能力が説明できる――と、ネットを騒がせたニュースを思い出した。
「アプス水は、離れた位置にあるアプス水に電波より強く正確に情報を伝達するって理論よね。生物が水分子奇病に罹ると、テレパシーを持つって一時期はやったけど、本当なの」
神流毘栖が舞の言葉を、うんざりしたように指摘した。
「馬鹿、舞の言っているのはアプス水共鳴現象。別の現象だ。テレパシーを使えるようになるかは、実証されていない。私の言っているのは、アプス水を保持した微生物がアプス水を放出して指向性を持ったサイトカインのように使える、アプス水サイトカイン現象だ」
舞は神流毘栖が何をいいたいのか、わからなかった。
艦長が神流毘栖の言葉に補足した。
「つまり、敵はアプス水サイトカイン現象を利用した生物ソーサス使用している」
舞はまだよくわからなかったので、すぐにサイトカインを脳内辞書で引いた。
ソーサスは海底に設置される装置で、潜水艦が通ると陸上の監視施設に潜水艦の存在を知らせるものだと、以前に学んだ。
舞はすぐにわからず、艦長と同じように、天井を見上げて考えた。すると、神流毘栖と艦長の考えがわかった。
海水成分データをもう一度じっくり見て確信した。ラミエルはとんでもない発想をした。
海面を覆う鉄細菌は、船舶を破壊する兵器であるだけでなく、海中を広範囲に見張るソナーなのだ。
鉄細菌は海中のような低酸素下では、鉄の塊である潜水艦が付近を通る海面に向かって、アプス水サイトカインを放出する。
上にいる細菌はすぐにアプス水サイトカインを受け取り、反応し、同じように上へ情報を伝える。情報は上へ上と伝わり、海面に伝えられる。
海面近くという酸素濃度が高い条件下では、鉄細菌は泡を発生させる。泡の発生は、ランダムではなく暗号化された通信であり、相手の位置を兎級潜水艦に知らせているのだ。
ブリタニア号でも泡の音が拾えたのだ、兎級潜水艦にも拾えるのだろう。巨大なソナーが兎級潜水艦の索敵能力を向上させていたのだ。
隠密性を失った潜水艦の戦力は著しく低下する。舞は驚いて大きな声を上げた。
「それじゃあ、敵にこちらの動きが丸わかりじゃないですか」
舞は声を上げてから、艦長の意図を察知した。
「そうか、だから、十ノットなのね。水分子誘導ドライブによる単独走行に切り替えるのか。鉄細菌は、水素化原子核崩壊を起す鉄に反応している。艦表面をアプス水の層で覆えば、鉄細菌には単なる水の塊にしか見えない」
速度は下がるが、海流を利用して、針路を変更すれば、ブリタニア号は見つからない。
舞は目的地までの時間を計算した。目的地まで、あと約九十分。
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