第48話 原始の力とリンクするもの(四)

 目的地はかってグアム島と呼ばれた場所の近くだった。ブリタニア号は最短ルートでパラオ近海まで進み、速度を落とした。


 ブリタニア号の計測機器からパラオ沖の海水がひどく濁っているのがわかった。原因は海中の微生物の異常繁殖しているためだ。


 海水中に含まれるアプス水濃度も、前回に来た時の百二十倍に上がっていた。

「オーストラリアの浄化プラントが破壊された影響が出たにしては、早過ぎるわね。ラミエルは、アプス水を応用した兵器でも使ったのかしら」


 もうすぐ、敵の勢力圏に入るという思いが、緊張感となって、肌の上に広がった。

 神流毘栖が艦長に報告した。


「艦長、もうすぐ、アジア・オセアニア艦隊が沈んだ場所です」

 海底に沈んだ、アジア・オセアニア艦隊であろう残骸を、舞は確認した。ブリタニア号のソナーで集めた情報から、沈んだ艦船の状態を解析した。


 沈んでいるのは空母一、ヘリ空母一、ミサイル巡洋艦二、駆逐艦二、フリーゲート艦四。


 舞は沈んでいる艦船の編制を見て、疑問に思った。


「国連軍側の潜水艦が沈んでいない。ラミエルは潜水艦を所持しているから、当然、国連軍の作戦に、潜水艦が従軍していないはずはないわよね。国連側の潜水艦は、どこか別の場所に沈んでいるのかしら」


 舞は一番近くにある、フリーゲート艦の三次元映像を映し出した。

 艦には魚雷や機雷が当たり、二つに折れるなど、大規模破損が見当たらなかった。

 映像を回転させると妙な点に気が付いた。


 艦全体は形を留めているが、拡大すると、中華饅頭のように凹凸がなくなっていた。あるはずの対潜ロケット砲、単装速射砲、レーダー機器がなくなっていた。


 熱によって熔ければ、凹凸がなくなるような破損にはなるだろう。が、海上で船が溶けるほどの熱が発生すれば、水が気化して爆発を起すので、船体は木っ端微塵だ。


 艦はつい先日、沈んだはずなのに、数十年に亘って海中に放置されているような朽ち方だった。


「あれ、最近沈んだのに、もう形が崩れ始めている。それに、なんか壊れ方も変。ミサイルでもない。魚雷で沈められた形跡でもない。なんで沈んだんだろう」


 疑問を持って画面を見ていると、艦長は先生が生徒に問題を解くのを促すように尋ねた。

「舞君はなぜ、アジア・オセアニア艦隊が壊滅したか、わかるかね」


 舞は最初、アジア・オセアニア艦隊は奇襲を受けて滅んだと考えていた。だが、どうやら違い、潜水艦の制御が奪われて、仲間の潜水艦に沈められたのだ。


 いや、違うだろう。ラミエルはAI型潜水艦を乗っ取るのだ。当然、国連軍側は対策を立ててあるはず。では、いったいどうやったのか。


 舞は上がってきたデータを見ながら考えていた。すると、頭に意外な答が浮かんだ。


 ソナーを見ると、シグネチャから海面に微生物が広く存在し、泡を発生させる層が確認された。


 次に、海水の濃度を調べると、鉄が多く含まれており、アプス水を多く踏む鉄細菌コロイドが見つかった。結果は舞の出した答を裏付けていた。


「艦長、まさか、艦はアプス水を多く含む鉄細菌に艦体を溶かされて沈んだんですか」


 鉄細菌は鉄を分解する菌だ。単なる塩水に鉄を浸した場合より急激に鉄を腐食させる。


 だが、鉄細菌といえど、船体に影響が出るような分解はしない。ましてや、船を沈めるなんて、普通は考え辛い。


 艦長が洪水被害のメカニズムを視聴者に教える学者のように説明した。


「鉄細菌が変異して、アプス水を過剰に取り込む個体が生まれた。濃縮されたアプス水は、水素化原子核崩壊を起こさせるようだ。鉄細菌の本来的に持っていた働きと、アプス水による反応それぞれは小さな変化だが、二つ合わさると、反応が爆発的に進むようだ。おそらく、敵はさらに促進剤を開発して、海洋に散布していたのだろう」


「潜水艦が沈んでいないのは、菌層が海面にあったため、難を逃れたからですか」


 艦長が答える前に、神流毘栖が意見を述べた。

「いや、違うだろうな。別の場所で沈んでいるだろう。原因はおそらく、これだ」


 舞の目の前に、立体ディスプレィが浮かび上がった、立体ディスプレィには、全長九十八m、兎級原子力潜水艦と表示されていた。


 中国製の原子力潜水艦は中国の王朝名で命名されていたが、十年前を境に、皇帝の名前に変わった。


 兎級は王朝名のつく晋級とは違い、現在でも運用されている新しい型の攻撃型潜水艦を意味した。


 舞は相手が新しいタイプの艦だと知り、最低もう一隻はいると思った。

 二十一世紀初頭まで、潜水艦の戦闘は、いかに敵に知られず敵を沈め、戦場を離脱するかだった。


 敵に位置を知られなという事実は、味方にも正確な位置がわからない状況を表す。

 お互いの正確な位置がわからないので、潜水艦の作戦行動は同士討ちを避けるため、作戦区域を分けて単独で行動するのが定石だった。


 情報処理技術が進み、完全AI制御型の出現が状況を変えた。

 AIによる戦術アルゴリズムから、片方がもう一方がどう動くかを確実に予測できるようになった現在では、ペアでの戦闘が可能になった。


 ペアの潜水艦は人間が操る、単独艦より手強い。実戦でもペアAI戦艦の戦績が優れていたために、AI戦闘艦が主力になっていた。

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