第47話 原始の力とリンクするもの
翌日、目を覚まして、仕事に戻ると、ベッキーも神流毘栖も普通の態度で接してきた。
ベッキーは昨日ふらつくほど飲んでいたので、覚えていないのかもしれない。ベッキーは見た目は二日酔いではなさそうだった。
艦長が舞、神流毘栖、ベッキーを発令室に集めた。
「昨晩だが、国連のアジア・オセアニア艦隊が全滅した」
昨日の昼過ぎのニュースでは国連軍勝利と報道していた。発表は嘘だったのだろうか。
舞はすぐに確認した。
「艦長、昨日の昼のニュースでは、国連軍勝利って言ってましたけど。ひょっとして国連軍はアジア・オセアニア地域以外でも軍事展開して、かなりひどい負け方をしたのですか」
「いや、アジア・オセアニア艦隊はラミエルのAI艦体を打ち破り、拠点は海に沈んだ。だが、艦隊は帰還する最中にパラオ沖で全て没した。今のところ、生存者の報告はない」
勝利に酔いしれる帰途で沈められたのなら、本当の拠点は別のところにあって、奇襲を受けた可能性が高い。ラミエルはまだ、死んでいない。
艦長は舞、神流毘栖、ベッキー、リタを見回して発言した。
「これから、私はラミエルと会いにいかなければならない。会って、世界にサード・ノアが起きるのを停めなければならない。これは本来の仕事ではないが、一緒に来て欲しい」
神流毘栖が挙手をして、遠足のおやつに関する質問するように、気軽に質問した。
「艦長、勤務外ですが、給与は出るんですか」
神流毘栖の言葉には呆れた。
相手は国連軍の裏を掻いて沈めたのだ。いくらブリタニア号が新型でも、一隻で乗り込めば、葬られかねない。手当てがどうのという話ではないだろう。
艦長はリタを呼ぶと、リタがアタッシェケース四つが載ったワゴンを押してきた。
艦長がケースの一つを開けると、中には光り輝く金の延べ棒が入っていた。
「WWOからは給与、手当て等は一切出ない。が、今回は私事なので、ポケット・マネーから出す。報酬は一人につき、純度九九・九九九九%の金二十五㎏を用意した」
ケースは四つある。艦長はポケット・マネーで百㎏の金塊を用意したことになる。いったいどんなポケットを持っているのだろう。
「艦長って、実は、お金持ちなんですか」
舞の問いに艦長は平然と言い放った。
「いや、これは裏金から捻出した。いわゆる汚い金を、金塊に変えてロンダリングしたものだ。なので、換金に際しては注意して欲しい」
舞は艦長の言葉に戸惑った。が、リタがさっそく「もーらい」と、ケースを一つ取った。リタは艦長に付き合う覚悟を決めたようだが、汚い金を手にするのはいけない。
舞はリタに金塊を返すように諭そうと思った。ところで、艦長が一ミリの笑顔を浮かべることなく発言した。
「舞君。本気にするなよ、冗談だよ。裏金は本当だが、法は犯していない」
汚くない裏金なんてあるのだろうか。
疑問に思うと艦長が説明した。
「金塊は、公海上に沈んでいた大航海時代のスペイン船をブリタニア号で引き上げたものだ。私の居住地はタックス・ヘイブンにあるので、申告が必要ない」
金の引き上げに、ブリタニア号を使っているのが裏金の由縁なのだろう。が、艦長のことだ。法的には問題ないのだろ
(これから死地に向かおうとしているのに、冗談を言うのは時と場所を選んで欲しい)
リタは「おー」と感動しながら、金塊の手触りを楽しんでいるようだった。
確かに決死の任務に挑むには充分な報酬だ。金塊二十五㎏は舞の年収の二十年分以上に匹敵するから、目の前の金があれば、きちんと税務署に申告しても当分は生活に困らない。
だが、汚い金ではないと知っても、おいそれと手は出なかった。
艦長が舞を見た、丁寧に頼んだ。
「舞君には一緒に来てもらいたい。サード・ノアを防ぐためには舞君の力が必要なんだ」
サード・ノアが起きるなら断固として阻止したい。ラミエルにも一度は会いたい。金も欲しい。でも、目の前の黄金は死の輝きのように思えた。
舞は一瞬で、迷いを振り払った。
「私にできることがあるなら、行きます」
どうしよう、どうしようと迷っていると、ブリタニア号では、ろくな結果にならない。
オーストラリアのプラントが破壊されたのだ。もう世界に猶予はないかもしれない。
艦長がラミエルと通じていないなら、協力したい。もし、艦長がラミエルと通じていても、より悪い状態で連れて行かれるだけだろう。どの道、行くのだ。
リタがワゴンの上のケースを取って、舞に渡した。舞はケースを両手で受け取った。ケースはズシリと重かった。
ベッキーが舞に「舞ちゃんが行くなら、一緒に行くよ」と声を掛けてきた。
ベッキーの気持ちは嬉しいし一緒だと心強い。が、これから乗り込むのは危険な場所だ。
舞が「いいの。危険な場所なのよ」と確認すると、ベッキーは笑った。
「じゃあ、一つお願いがある。帰ってきたら、結婚しよう」
ベッキーは昨晩の告白を覚えていた。舞が言う前に、神流毘栖がベッキーの尻を蹴った。
神流毘栖は怒って、ベッキーに食ってかかった。
「馬鹿か、お前。危険な場所に行くのに、帰ってきたら結婚しようとかいったら、真っ先に死ぬぞ。お前は、私より先に死ぬな。それに、一緒に行く条件が結婚なんて、卑怯だ」
ベッキーは冗談ぽく笑って、舞に向き直った。
「まあ、結婚はまだ先として、舞ちゃんが行くなら、付き合うよう。命は好きな人のために使うためにあるって、ママが言ってたし」
舞は素直に、ベッキーの好意に感謝した。
「ありがとうベッキー。結婚は無理だけど、帰ってきたら、どこかに遊びに行こうよ」
ベッキーはワゴンのケースに手を伸ばした。
「じゃあ、これはカリフォルニアに家を買うための資金として」
ベッキーがケースを取ると、神流毘栖もケースをさっと取った。
「ベッキーが行くなら、行く」
神流毘栖がベッキーから顔を背けて、すこし恥ずかしそうに言葉を発した。
「命は、好きな人のために使うためにあるんだろう」
「よし、決まりだ。時間が惜しい。二時間後に出航する」
艦長が宣言し、慌ただしく出発の準備が行われた。
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