第46話 原始の力とリンクするもの(二)

 時間が進むと、艦長がまず席を外し、次にグエンが残った料理を片付けて帰っていった。


 舞、ベッキー、神流毘栖が長椅子に腰掛け、テーブルを挟んだ向かい側に、リタが座っていた。


 ベッキーやリタは、カクテルに詳しいらしかった。ベッキーはいくつもの種類のカクテルを注文した。


 リタはベッキーの注文に全て応えて、ニコニコしながらシェーカーを振り、カクテルを作っていた。


 神流毘栖はお酒を飲まず、チェリー・ソーダを飲んでいた。

 大麻パッチを張っているのに、お酒を飲まないのは少々意外な気はしたが、神流毘栖には神流毘栖の流儀があるらしい。


 ベッキーは結構な量の酒を飲んでいた。色々なカクテルを頼んでいたが、おそらくもう味はわかっていない。


 舞は会の始まりに一杯だけ、カシス・オレンジを飲んだだけなので、酔ってはいない。


 ベッキーは小さい頃に育った、カリフォルニアの話をしていた。が、酔いがいよいよ回ってきたらしく、同じ話を何度も繰り返したりしていた。


 舞は適当に相槌を打ちながら、ベッキーの話を楽しく聞いていた。

 ベッキーの雰囲気が変わった。ベッキーが媚びるような目で舞を見て、スッと舞の手をとり、肩を寄せてきた。


「ねえ、舞ちゃん。アメリカ人にならない? カリフォルニアって、いいとこだよ」

 舞は「そうね」とだけ返事をした。病気が治れば、一度ベッキーの生まれ故郷のカリフォルニアに行ってもいいかなと思った。


 が、次のベッキーの言葉には戸惑った。

「舞ちゃん。アメリカじゃあ、同性同士でも結婚できるんだよ。一緒に艦を降りてさあ、カリフォルニアに移住しようよ。カリフォルニアはいいとこだよ」


 突然の告白&求婚だった。ベッキーにそういう気がありそうな予感はしていた。とはいえ、面と向かって言われると、やはりどう返事していいかわからない。


 舞も酔っていれば、適当に話を合わせられたかもしれない。後で覚えていないとも弁解できた。けれども、残念ながら、舞は酔ってはいなかった。


 舞は、ベッキーを挟んで座っている神流毘栖に「アシストお願い」という思いを込めた視線を送った。だが、呆気なくスルーされ、舞は遠回しに断った。


「でも、ベッキー。二人だけでアメリカに行ったら、神流毘栖が一人になるよ」

 ベッキーは舞の手を離して、隣に座っている神流毘栖の肩を掴んで、引き寄せた。覆い被さるように神流毘栖をハグした。


「よし、神流毘栖。お前もカリフォルニアに来い。養女として、引き取ってやる。一家三人、カリフォルニアで暮らそう」


 神流毘栖は「酒臭いな」といったが、否定も肯定もしない。神流毘栖はベッキーとの付き合いが長いなら、慣れているのかもしれない。


 だが、ひょっとしたら、ベッキーと家族になるのを望んでいるのかもしれない。

 舞はテーブルの向かいに座るリタにも助けを求める視線を送った。リタは状況を楽しんでいるのか、気にしていないのか、ニコニコと笑っていて、頼りにならなかった。 


 酔ったベッキーが再び、甘い声を出して迫ってきた。

「私は舞ちゃん好きだよ。もう、本当は黙っていようと思ったけど。舞ちゃんが命を懸けてくれたでしょう。だから、グッと来ちゃった。今まで尽くして来た子はたくさんいたけど。命を懸けて応えてくれたのは、舞ちゃんだけ。ねえ、いいでしょ。結婚しようよ」


 同性に対する愛情は成就しづらい。ベッキーの性格からいえば、同性にいいように利用されて、捨てられる過去もあったのかもしれない。


 舞はベッキーのために命を懸けたのは事実だが、結婚となると話は別だ。さて、問題はベッキーを傷つけず、どう断るかだ。


 ベッキーの表情が急に悲しみを帯び、声のトーンが暗くなった。

「私さあ、もう駄目かもしれないんだ。血液検査は、なんともないんだけど、体内アプス水の量がさ。五百単位を超えたんだよ。百を超えると、もう駄目じゃん。すぐ死ぬよ。私」


 ベッキーの言葉を聞いて、神流毘栖がビクっとなった。神流毘栖の体内含有量も高いのかもしれない。


 舞はベッキーを慰めた。

「そんなことないわよ。過去の例は過去の例。もう、駄目かなんてわからないわよ」


 五百で死亡なら、二十テラなんてもうゾンビの域すら超え、屍解仙の境地だ。


 確かに舞も五百単位量と言われれば、不安になっただろう。だが、二十テラ宣告を受けたので、あまり気にならない。借金でも、数百円万単位なら深刻になるが、何千億円となると、あまり気にならないのと一緒かもしれない。


 今まであまり喋らなかった、神流毘栖が俯きがちに喋った。


「すまない、ベッキー、私のせいかもしれない。私の体内にはベッキーと会う前から三千単位量のアプス水があるんだ。アプス水保持者は、千単位を超える高濃度のアプス水と接触すると、原始プログラム技術による転写作用で、アプス水が増えるんだ」


 神流毘栖が泣きそうな顔になった。

「ごめんなさい。ベッキー。私はお前の優しさに甘えて、お前を殺そうとしたんだ」


 ベッキーはギュッと神流毘栖を抱き込んで、優しく声を掛けた。

「いいよ。神流毘栖。お前と私は家族だ。一緒にいるのが普通だよ。お前のせいじゃないよ。それに、転写説は仮説。まだ立証されたわけじゃないよ」


 ベッキーと神流毘栖の感動的なシーンだが、舞には言い表せない不安と怖れがあった。


 舞は顔に笑顔を絶やさないように注意しつつ、心の震えを押さえつけた。

 ベッキーの数値が跳ね上がったのは、神流毘栖のせいではない。おそらく、舞のアプス水のせいだ。


 千単位で危険なら、二十テラは、もう歩く災害だ。ベッキーに人工呼吸をしたのも、舞だ。おそらく、人工呼吸の時にベッキーの体内のアプス水に何か変化が起きたのだろう。


 果たして「ごめんなさい。実は私のアプス水単位量二十テラなの、ははは」とカミングアウトしたら、受け入れてくるだろうか。


 ベッキーは引き攣った笑いを浮かべ舞を避けるようになるだけかもしれない。が、神流毘栖はベッキーを守るために、今度こそ確実に殺しに来るだろう。


 話題が変わり、ベッキーの求婚の話が途切れたので、退席して、求婚を聞かなかったことにしようとした。


 けれども、ベッキーが許さなかった。

「それで、舞ちゃん、結婚してアメリカに来るのを、考えて欲しいんだ。本当は初めて会った雨の日から、可愛いいな、とは思ってたんだよ」


 舞はベッキーの言葉を不思議に思った。

(ベッキーは、やっぱりホワイト・タイガーと遭遇した時に会っていたんだ。でも、なんで、ブリタニア号で会ったときは初対面だ、なんて言ったのかしら)


 疑問が頭に浮かんだが、ベッキーがとろんとした目で、舞に求婚の答を求めるように顔を近づけてきた。


 いや、今は初めて会った時がどうこうというときではないわ。今どうにか、この場を切り抜けないと。


 時間が経てば経つほど、断り辛くなる。が、どうしていいかわらなかった。

 リタが舞やベッキーの状況に構わず、口を開いた。


「さあ、もう、そろそろ、お開きにしような。ラストオーダーだ。何がいい」

 ベッキーがまだ酔っているようで、場違いなセリフを舞い掛けた。


「いいよ、舞ちゃん。おごるよ、好きなの頼みなよ。そして、答を聞かせておくれよー」

 舞は困った。とりあえずは時間稼ぎのためにカクテルを注文しようと思った。


 ベッキーが飲んで、話題が変わっているうちに忘れるかもしれない。

 カクテルの名前をほとんど知らなかったので、ブルー・ムーンを注文した。


 ベッキーが急にショックを受けたような顔を浮かべ、ふらりと立ち上がった。

 神流毘栖が、フラフラと歩いていくベッキーが転倒しないように、付き添っていた。


 とりあえず切り抜けたと思ったが、なぜベッキーが立ち去ったのか、わからなかった。


「ねえ、リタ。なんでベッキーは帰っていったのかしら」

 リタはブルー・ムーンを作りながら、答えた。


「うん、舞に拒絶されたからじゃないのかな。ほら、青い月って、存在しないだろう。男がバーで結婚を申し込んだとき。女がブルー・ムーンを頼むと、「それは無理ね」って意味を表すんだぞ。知らなかったのか、舞」


 ブルー・ムーンにそんな意味があるとは、全く知らなかった。だが、伝えたかったお断りの意思は、ベッキーに伝わったようだ。

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