第43話 艦長これは反乱です(九)

 舞は、リサに付き添われ、長時間の検査を受けた。検査は寝ている間中も行うらしく、舞はコードやパッチをたくさん下げて過ごした。


 検査はフルコースというより、満漢全席に近かった。同じ、検査を三回も実施されたりもした。舞はリサに付き添われ、もう、ありとあらゆる検査を受けた。


 舞は検査に嫌気が差した。舞はリタに付き添われて、病室に帰ってきた。が、入るのが嫌で病室の扉をじっと見つめた。


 舞の気持ちを知らないリサが、子供に物を教えるよう喋った。

「どうした、舞、扉は見つめても開かないよ。開けるには腕に嵌めてある、リストバンドを入口に翳さないと駄目だよ」


 扉の開け方は、もう何度となく検査室と病室を行き来しているので知っていた。病室に戻りたくないという気持ちは、リサは理解してくれないらしい。


 舞は小声で冗談を言ってみた。

「ねえ、脱走するには、どうしたらいいのかしら」


 リサはニコニコしながら、扉のある部分を指差した。

「ここだ、ここ。ここには扉の開閉制御パネルがあって、ここを壊せば扉のロックは外れるぞ。ただ、中からは壊せないけどね」


 外からしか細工できないなら、脱走には使えない。リサはからかっているのではないだろう。

(リサに聞いた私が馬鹿だった)


 舞はおとなしく、病室に戻った。

 検査に疲れ始めた三日後の夜になって、やっとガーファンクルが現れた。


 ガーファンクルの顔には洪水被災者のように疲れた顔があった。いつも綺麗な白衣を着ているガーファンクルだが、今日は白衣に皺が寄っていた。


 疲れているようなガーファンクルだが、舞を見ると、にこりと微笑んで挨拶した。

 ガーファンクルは舞のベッドの横にある椅子に腰掛け、優しく尋ねた。


「舞、職場で何かあったのかい? アプス水の体内含有がとても高い数値になっている」


 予想していた事態だ。地底湖での行動は寿命を縮めたかもしれない。今のところは、体にはまだなんの変調も出ていなかった。


 反乱の事実のみを伏せて、地底湖であった出来事を話した。

 ガーファンクルは特段、舞を咎めず、話を聞いていた。


 舞は全てを話し終えたあと、ガーファンクルに率直に尋ねた。

「病気は、やっぱり悪化したの? あとどれくらいで影響が出そう?」


「その前に一つゲームをしよう。これからサイコロを振るから、出ると思った目を当ててごらん」


 突然、ゲームが始った。舞は訳がわからなかったが、サイコロの目を適当に言ってみた。


 結果、ガーファンクルが十回サイコロを投げた目を、舞は全て当てた。

 サイコロに仕掛けがあるのかと思って調べたが、細工はなさそうだった。


 ガーファンクルが今度は、唐突に説明を開始した。

「確率現実症が進んでいる証拠だよ。体内にアプス水が貯まって死亡する濃度をWWOでは百単位としている。百単位を超えて十二ヵ月以上に亘って生存した例は二百に満たない」


 舞はサイコロを調べる手を止めた。ガーファンクルの言葉から、悪い数値が飛び出すと思い、覚悟した。余命宣告もあるかもしれない。


 ガーファンクルはいつもどおりの口調で、告げた。

「舞の体の中には今二十テラ単位量が存在する。単純計算なら、舞一人の体の中に二百億人の人間を殺せる量のアプス水が存在する計算になる」


 人間兵器という言葉が頭に浮かんだ。全人類を三回殺してまだ余る量だとガーファンクルは言う。だが、痛いところも、痒いところもない。


 寝起きはすっきり、ご飯は美味しく、手足の冷えも感じない。はっきり言えば、奇病宣告を受ける前より調子はいいぐらいだ。


 信じられない言葉だが、ガーファンクルは冗談を言っているようではなかった。

 ガーファンクルは言葉を続けた。


「最初は機械の故障かと思って三回測定したが、間違いではなかった。当然、影響が出ると思われた、生理学的数値の異常もない。二十テラも体内にアプス水が含まれれば、尿や呼吸からもアプス水が検出されるはずだが、検出もされない。もう舞の存在は、現代科学では説明できなくなった」


「いやいやいや、待って。ガーファンクルおじさん、現代科学が通用しないって。人をそんな、SFホラーのモンスターみたいに言わないでよ」


 ガーファンクルは立ち上がった。

「というわけで、治療とか研究の段階でなくなった。現代科学の敗北だよ。今後、舞に何が起きるかを予測するには、現代に存在しない、技術と理論を用いるしかない」


 余命宣告を受けなかったのはいいが、全く見通しが立たないのは困る。

「それで、その未来技術はいつ頃できそうなの」


 ガーファンクルは顎ヒゲを触りながら、見解を述べた。

「すぐと言うわけにはいかないな。まあ、ワープ航法とか、タイムマシーンよりは早く開発されると思うけど」


 見込みがないなら、ないと言って欲しい。舞は投げやりに聞き返した。

「じゃあ、私はどうなるの? このまま死ぬまで隔離されるの? それとも、未来技術が開発されるまで、氷浸けにしてコールド・スリープにでもする?」


 ガーファンクルは丁寧に説明を開始した。

「いや、退院してくれていいよ。友人のサハロフに簡単に計算してもらった。単純に舞が爆発すると想定する」


 アプス水の原型となった水素原子の原子プログラム技術は、常温核融合研究の過程で発見された。


 核融合を起すための技術由来なので、爆発はありえない話ではないのかもしれないが、聞いていて気持ちのいい話ではない。


「舞の爆発から人類を保護するには、地下百㎞より深くに、舞を生きたまま埋めなければならないそうだ。深さが百㎞に満たないと意味がないそうだよ。つまり地表にいるなら、どこにいても一緒、だから隔離は必要ないんだよ」


 地下掘削百㎞も、これまた未来技術だ。現実には不可能な処置。SFホラー・モンスターから巨大隕石にでも格上げされた気分だ。


 あまりの言われように、舞のことを言われている気がしなかった。

「じゃあ、もう、宇宙に打ち上げればいいんじゃないの」


 ガーファンクルは、とんでもないとばかりに首を振った。

「地球の上空は長大な不安定なアプス水の層だよ。そこに高濃度のアプス水の塊を打ち上げるなんて、人類という種の自殺行為だ。君は地上にサード・ノアを起す気かい」


「私は地獄からの使者か」と叫びたかったが、そこはグッとこらえた。


 ただ、確実な事実が一つ、ガーファンクルは匙を投げた。ただ、投げたのではない。特撮ヒーローも真っ青な豪快な必殺投げだ。

 もう、生きている間に、奇病が解明される未来は訪れないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る