第41話 艦長これは反乱です(七)

 食堂には艦長とベッキーがいた。艦長は食事が終わったのか、カモミール・ティを飲んでいた。


 ベッキーは舞に貸した銃を分解して手入れしていた。

「あれ、ベッキー。もう、体はいいの? 寝てなくていいの?」


 ベッキーの顔には疲れがまだ残っていたが、さっきまで心停止していた人間とは思えなかった。


 ベッキーは銃の手入れする手を停め、笑って答えた。


「まだ、体は少しふらふらするけど、もう、大丈夫よ。気分は、寝たから晴れやかだよ。それに、銃の手入れは早いうちにやっておかないと」


 ベッキーの回復ぶりは異常だ、通常の人間の頑強さを超えていた。ベッキーは髪が青く変わった症状から、遺伝子がアプス水に影響を受けているのは確実。


 体内のアプス水が地底湖で活性化かして、ベッキーを助けたのかもしれない。

 舞が席に着くと、山盛りのカレーが出てきた。艦長とベッキーはダーウィンに着く前と同様に、普通に今後の予定を話していた。


 舞はカレーを食べ終わって、部屋に戻ろうとすると、ベッキーが引き止めた。

「ああ、舞ちゃん。このあと、ちょっといいかな」


「でも、部屋に戻らないと、私、一応、犯罪者だし」

 艦長が立体ディスプレィに報告書を写し見ながら、普通に発言した。


「犯罪者? 君は、何かやったのか。だとしたら、管理職である私に、あとで報告してくれたまえ」


 艦長が何を言っているのか、わからなかった。が、変わり身の早さには慣れつつあったので、舞は聞き返さなかった。


 ベッキーがそっと耳打ちした。

「あ、舞ちゃんの反乱は、なかったことになったから」


 急に犯罪者になったと思ったら、次は「さっきのは、なし」と来た。いったいブリタニア号は、どうなっているんだろう。


 艦長が立上がって部屋に戻ると、ベッキーが教えてくれた。

「神流毘栖が艦長に掛け合ってくれたんだよ」


 一番ありえなさそうな人物による、意外な展開だった。これも、確率現実症が起した奇跡だろうか。


 食堂に艦長の入れ替わりで、神流毘栖が入ってきた。

 神流毘栖は舞に対して、恩着せがましくすることも、詫びる様子もなかった。


 いつもどおりの、突っ慳貪な口調で話した。

「別に、掛け合った覚えはない。ただ艦長に、業務上の手順を二点確認しただけだ。一つ、艦長が艦内で急死した場合。島に着くまで、副艦長である私が艦長職を代行すること。二つ、艦長は権限として、艦内で死亡した人間を水葬にする権限を持つこと」


 舞は言葉を失った。それはもう、脅しでしかない。

 ベッキーは、ここまで回復しているのだ。神流毘栖と結託し、リタの寝ている間に艦長を殺して、海に捨てる展開は充分に可能だ。


 神流毘栖には決断力があり負い目があった。ベッキーには行動力がある。二人なら、やるかもしれない。


 舞は神流毘栖に聞いた。

「それで、その、艦長はなんて言ったの」


「規定と法令に照らすと、その通りだ、と仰った。そして、眉間を摘んで天井を仰いで、指示を出された。地底湖での出来事を記載した日誌は、舞に作成させるように、とのことだ。舞、艦長の温情に感謝するんだな」


 温情ならありがたいが、下手をすれば艦長が怨情を擁きかねない対応だ。

 舞は思い直した。いや、ブリタニア号の艦長なのだ、これくらいでいちいち動じていたら、心を病むだろう。


 ベッキーが銃の手入れを終え、銃を手馴れた作業で組み立てていった。

「よし、これで、安心して休める」


「銃、どこか壊れていた?」

「いや、大きな破損はないよ。ただ、内部が水浸しで、小さなゴミも、いっぱい入っていた。クリーニングしないと、撃てる状態じゃなかったよ。ほら、オートマッチ・ピストルって精密機械だから」


 舞は言葉を失った。確かにティルト・ローターから投げ出され、何時間も地底湖を漂流したのだ、銃が撃てないコンディションになっている状況は充分に考えられた。


 果たして艦長や神流毘栖は、銃が撃てない状態にあると気がついてなかったのだろうか。


 いや、おそらく二人とも銃が撃てない可能性に気が付いていたような気がする。そう、舞だけが知らなかった。


 舞は反乱の事実が記載されていない日誌を作成し、神流毘栖と艦長の決裁を取った。

 舞の作成した日誌が、公式な事実となった。

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