第40話 艦長これは反乱です(六)

 ドアをノックする音で舞は目を覚ました。扉が開いて、リタが顔を出した。

 リタはいつもと変わらず、陽気な口調だった。


「舞、ご飯だよ。今日は豆と鶏肉のカレーだよ。食堂にレッ・ゴー」


 反逆罪で監禁されている人間が、食堂で食事をするのもどうかと思う。でも、ブリタニア号では、常識は通用しない。


 リタは舞に手錠を掛けることもなく、すたすたと歩いていった。舞はリタに従いて歩いていった。


 リタが途中で振り返り、思い出したように、聞いてきた。


「そうだ、舞。パヨーム兄を見つけてくれて、ありがとうな。体は、さっき回収したよ。で、パヨーム兄から預かった薄型コンピューターは持っているか。ほら、ポケットにあったやつ、覚えてないかな」


 やはり、死体はリタの兄弟だった。兄弟なら、妹のリタに遺品を返却するのは、当然の行為だ。けれども、素直に渡す気になれなかった。


 パヨームが持っているはずの物を持っていなかったら、当然、接触した人物を疑う。だが、なぜ、リタはパヨームの遺体と舞が接触したのを知っていたのだろう。


「ねえ、リタはなんで、私がお兄さんの遺体を発見したのを知っているの」


 リタは、きょとんして答えた。

「なぜって。パヨーム兄から聞いたからだけど」


 リタは、とぼけているわけではない。嘘を言っているようでもない。

 リタは死者と話ができると言いたいのだろうか。精神に綻びがありそうな、リタなら言い出しそうだ。が、「言う」と「実際そうである」は別の問題だ。


 リタの霊媒説より、可能性のある考え方もある。

 舞は率直に聞いた。


「ねえ、リタひょっとして、私、監視されているの」

 リタは同情したような顔で、舞に言葉を掛けた。


「うーん、舞、それは被害妄想っていうらしいよ。後で艦長に言って、精神療法っていうのをしてもらうといい。精神療法って何かわからないけど、きっと効くよ」


 確かに監視では説明がつかない。地底湖は電波状況が悪かった。電子的な監視は不可能なはず。


 なら、可能性は二つ。舞が知らないうちに教えたか、パヨームが証言したかだ。

 舞が答を出せないでいると、リタが困ったように聞いてきた。


「どうした、舞。薄型コンピューターをなくしたとか」

「なくした」と嘘をついても、リタは信じてくれるかもしれない。


 判断に迷ったが、返そうと決めた。

 舞は薄型コンピューターを渡して聞いた。


「ねえ、この中にどんなデータが入っているの」

「家族の記録とか、写真だよ。あと、パヨーム兄のアプス水の研究データも入ってるよ」


「ねえ、見せてもらってもいい」

 リタはニコリと微笑むと、パスワードを打ち込み、薄型コンピューターを渡してくれた。


 舞は脳内のマイクロ・マシンとリンクさせて、高速検索を懸けた。

 画像には確かに家族との写真があり、リタが写っていたので、リタの兄の物なのは間違いなかった。


 タイ語の文書ファイルは読めない。英語のファイルはWWOに提出する研究報告書のようで、専門的でわかりづらい。


 個人の物なのでデータをコピーするのは躊躇われたし、長い時間じっくり見ているわけにもいかなかった。


 舞はポケット・コンピューターをリタに返そうとした。その時、サハロフという人物とリタの兄が連絡をとっていたと思われる形跡を見つけた。


(ガーファンクル叔父さんの友人にも同じ名前の人物がいたわね)

 ポケット・コンピューターを返すときに、サハロフという人物は誰かと、リタに聞いた。


 リタは珍しく真剣な顔をして、人差し指を口の前に立てて小声で答えた。

「し――。舞、サハロフは存在自体が秘密なんだって。だから、言ったら駄目だよ」


 秘密と言うからには簡単には教えてくれないだろうが、リタの言葉からリタはサハロフについて知っているのは確実だ。


 舞は声を潜めて聞いた。

「じゃあ、一つだけ教えて。サハロフさんと会うことができる?」


 リタは複雑な問題を考える生徒のような顔で考えてから「秘密」と答えて、食堂に向って再び歩き始めた。

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