第37話 艦長これは反乱です(三)

 舞が救助用衣を着ると、艦内は静かになった。舞は座って外を眺めた。


 艦長がティルト・ローターを操縦して移動を開始させた。ティルト・ローターは十分もしないうちに、湖面に浮かぶ島に着陸した。


(ここは遭難した時、打ち上げられた島ね。また、戻ってくるなんて。でも、かってプラントがあった位置に近いから、救助を待つのにはいいのかも)


 湖面にティルト・ローターを浮かべて、嵐をやり過ごすよりは安全だろう。安心はできない。雨量によっては島も水没するかもしれない。


 風が出てきたせいか、霧が薄くなり、辺り一面の水だらけの風景が広がっていた。

 ベッキーはとりあえず、助かった。だが、問題もあった。


 十分以上、心臓が停まっていたので、自発呼吸は回復したが、意識は戻らないかもしれない。どちらにしろ、治療が必要だ。


 ティルト・ローターの燃料は、もうダーウィンに戻る分だけない。サイクロンの到達予定時刻までは、二十分を切った。


 水や食料は遭難時のために積んであるが、果たして、三日も嵐を乗り切れるだろうか。


 艦長は特段、舞や神流毘栖を非難せず、静かに操縦席に座っていた。

 神流毘栖にいたっては、舞には一切構わず、ベッキーに付きっ切りだ。


(早まったかな。でも、引き返していたら、ベッキーは確実に助からなかった。さて、これから先どうしよう)


 助けが来る当てはなかった。こうなると、ブリタニア号に乗った時、艦長に遺言を書けと言われて書いたのは正解かもしれない。


 サイクロンが通り過ぎたあと、湖面に浮かぶティルト・ローターが発見されるとは限らない。


 舞は頭を振った。弱気を振り払い、強く舞は思い直した。

(いや、違う。私は諦めない。滅多に起きない事象が起きるのなら、起してやる。嵐だって、乗りきってやるんだから)


 名前を呼ばれた気がした。

 舞は顔を向けると、ベッキーが座り直していた。声の主のベッキーだった。舞はベッキーが座って喋れる事態に驚いた。


 ベッキーはタフな女性だが、この回復は異常だ。奇跡が起きたのかもしれない。

 ベッキーが疲れたように声を出したが、発音ははっきりしていた。


「舞ちゃん、無事だったんだ。よかった」

 ベッキーの声には安堵が篭っているようだった。


「無理に話さなくていいわ。これから、長い時間は、ここで過ごさなければならないんだもん。時間はいっぱいあるわ」


 ベッキーが、辛そうな顔で詫びた。おそらく、ベッキーの意識は少し前に戻っていて、神流毘栖から状況を伝え聞いたのだろう。


 舞は笑顔を心がけ、優しく声を掛けた。

「いいわよ。ただ、この埋め合わせは、帰ったら、きっとしてね」


 ベッキーは目を瞑って、ゆっくり頷いた。

 舞はベッキーを元気付けた。


「大丈夫よ、ベッキー。助けはきっと来る」

 ティルト・ローターが小さく揺れた。舞は何事かと思って外を見た。


 外に大きな翼の生えた塊が見えた。

 舞は目を見開いて、窓に釘付けになった。


「あれは艦橋セイル。え、あれはブリタニア号」

 オーストラリアのダーウィン沖にいるはずの、ブリタニア号が、内陸に囲まれた地底湖にいるはずはなかった。


 はずはないが、確かに黒い物体の正体は、ブリタニア号だ。舞が戸惑っていると、ブリタニア号からスピーカで拡大されたリタの声が聞こえた。


「ブリタニア号到着。迎えに来たよ、艦長」

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