第36話 艦長これは反乱です(二)
舞は銃をしまうと、ただ祈るように待った。何もできない自分がもどかしい。
瞬く間に一時間が経過した。が、ベッキーは見つからなかった。
舞は少し後悔していた。艦長は悪くない。艦長という立場上、乗員の安全を考え、帰還するのは当然の判断。
このまま、ベッキーが見つからず、嵐に巻き込まれるかもしれない。反乱まで起した、神流毘栖と自分はいい。が、艦長には申し訳ない。
できることなら、艦長は戻ってもらいたい。だが、もう燃料的に戻れないだろうし、艦長なしでは、ベッキーを探せない。
外を見た時、ベッキーの青い頭が見えた気がした。神流毘栖や艦長は気が付いていない。
舞は叫んで、外を指差した。
「ベッキーがいた、あそこ」
すぐに艦長が高度を十mに落とし、舞が指定したポイントを神流毘栖が解析した。
神流毘栖が残念そうに尋ねた。
「舞、見間違いだ。ベッキーは見えない。画像解析にも何も映っていない」
ティルト・ローターの扉を開け、床に手を突いて下を見ると、確かにベッキーの頭が見えた。
舞は慌てる気持ちを抑え。大きな声で叫んだ
「下です。真下にベッキーが見えます」
神流毘栖は扉から外を見ようとせず、画面を見ながら、発言した。
「いや、ベッキーは見えない」
艦長も同じく、舞の言葉を信じなかった。
「舞君、ベッキーとおぼしき物は見えないが」
舞は神流毘栖と艦長の冷静すぎる態度に苛立ちを覚えた。
画面しか見ない神流毘栖を引っぱってきて下を見せようとした。すると、ベッキーの頭が視界から消えた。
ベッキーが湖底に沈んだと思った。もう、猶予はない。高さは十mほどあり、足が竦みそうだった。けれど、ベッキーを助けたい一心でティルト・ローターから湖面に向けて、頭から飛び込んだ。
垂直に落ちたが、水は重く、舞の体を打った。興奮のせいか痛みはあまり感じなかった。
舞の体が水面を貫通して、深く沈んでいった。舞は必死に下を目指した。
(沈んだベッキーを早く引き上げないと、ベッキーが死んじゃう)
光があまり届かない水中は、暗かった。水圧が体に掛かってくるが、ベッキーがいる下を目指した。
息が苦しくなったが、ベッキーは見えない。もう、駄目だと思ったとき、手が髪の毛を掴んだ。
相手を確認せず、ありったけの力で掴むと、水面を目指した。
水面に出て、数回呼吸をすると、相手を抱き抱えた。相手は白い顔のベッキーだった。
舞は大声で艦長を呼んだ。
ティルト・ローターが離れた場所に着水してから、水面を滑って、舞のところまできた。神流毘栖と艦長が、ベッキーを引き上げた。
ベッキーの救助用衣は所々破けており、破けた場所から水がしたたり落ちていた。
破れた救助用衣の保温性は、著しく落ちる。
艦長の「心臓が止まっている」という声が聞こえ、神流毘栖がAEDを取り出す動きが見えた。
舞は自力でティルト・ローターに上がった。その頃には、神流毘栖と艦長が連携して、蘇生を試みていた。
もう黙って見守るしかなかった。蘇生に掛かる時間が、とても長く感じた。ベッキーは一向に、息を吹き返す気配がない。
神流毘栖が動作を止めて床に座り込み、艦長がAEDを床に置いた。
「心臓停止から十分以上が経過した。これ以上は無駄だ」
心臓が停止して十分が経過すれば、蘇生する可能性はほとんどないのは、舞にもわかっていた。
「ベッキーが死んだ。ベッキーが死んだ」
舞はすぐに艦長を突き飛ばすようにベッキーの側によって、ベッキーの名を呼んで心臓マッサージをした。
無駄なのはわかっている、でも動かずにはいられなかった。涙が出そうになった。手を動かし続けた。ベッキーはピクリともしなかった。
大きく息を吸い込んで、ベッキーにマウス・トウ・マウスで息を吹き込んだ。二回目の息を吹き込んだとき、ベッキーの舌が唇に触れた。
ゲッハという大きな声で、ベッキーが激しく咳き込んだ。ベッキーの顔が苦痛に歪んだ。
ベッキーが息を吹き返した。ベッキーの胸についていたAEDの脈拍計も数値を上げていく。
座り込んでいた神流毘栖がベッキーの服を脱がせた。舞もベッキーを温めなければと思い、服を脱いで、ベッキーを抱え込もうした。
神流毘栖が怒鳴って、舞を押しのけ、電気毛布で包んだ。
舞は、なぜ神流毘栖が怒ったのかわからなかった。だが、すぐに艦長が解説した。
「体温が下がりすぎた場合、肌と肌を重ねて温めると、冷たい血液が一気に心臓に流れ込んで、弱った心臓に大きな負担が掛かる。手足を擦るのも厳禁だ。こういう場合、毛布で包んで保温して、ゆっくり温めなければいけない」
舞は、後は神流毘栖に任せようと思った。神流毘栖のほうが、救急時の対処法を知っているようだった。
艦長が舞を見て、提案した。
「そういうわけで、舞君。何か着てくれたまえ。私は、体は小さくても、男なんだが」
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