第六章  艦長これは反乱です

第35話 艦長これは反乱です(一)

 舞はティルト・ローターの窓から下を見たが、霧でよく見えなかった。


 艦長が操縦し、神流毘栖がティルト・ローターのカメラの映像から霧を除いた画像を解析しながら、ベッキーを探していた。


 舞が発見されてから、二十分ほどが経過したところで、艦長が残酷な宣言をした。

「時間だ。ダーウィンに帰還しよう」


「待ってください、艦長もう少しだけ、ベッキーを探しましょう」

 神流毘栖が目を閉じて、天を仰ぎ、ゆっくり息を吐くように口を開いた。


「もう無理だ、舞。外の状況が悪すぎる。舞を見つけられただけでも、幸運だったんだ」


 舞は神流毘栖の発言に、危ないものを感じた。神流毘栖がベッキーを見捨てられるとは思えなかった。


 艦長がティルト・ローターで帰還したら、神流毘栖は一人で戻ってきて、ベッキーを探すつもりなのだろうか。


 舞は神流毘栖の顔を見て、直感的に「戻ってきて探す」という選択をしないと思った。神流毘栖の顔には、疲れとも絶望とも似て非なる表情が浮かんでいるように思えた。


 神流毘栖の視線が、ベッキーから預かった銃を見ている気がした。舞は直感した。神流毘栖はベッキーが戻らなければ自殺するつもりだ。


 神流毘栖の口癖「いつ死んでもいい」だ。

 舞が発見されたのは確率現実症のせいかもしれない。もし、確率現実症でなければ、ベッキーが発見されたかもしれない。


 舞の心は痛んだ。

(私の幸運が、ベッキーから奪ったものだとしたら)


 舞は立ち上がって、艦長に近付いた。艦長が舞に顔を向けた。

 これからやろうとしている行動がとても愚かで狂っていると思ったが、行動を起した。


 SIG SAURE P228を抜き、安全装置を外して、両手で構えて艦長に向けた。

「島に戻らないでください。ベッキーを探しましょう」


 銃を向けられた艦長の顔は、操縦者用のヘルメットで覆っているのでわからなかった。


「舞君。君は、何をしているか、わかっているのかね」


 艦長の言葉に、怒りも怯えもなかった。いつもと同じ口調だった。むろん、艦長に舞の決意が伝わっていないようには思えなかった。


「私は、本気です。ベッキーを探して、帰りましょう」


 ティルト・ローターが空中で静止した。脅しが利いたとは思えないが、艦長が舞の言葉を嘘だと思っていない証拠だ。


 ティルト・ローターにはまだダーウィンに帰還する分の燃料が残っている。ダーウィンまでは約九十分。単純に考えて九十分あれば、ベッキーを探せるかもしれない。


 ベッキーを見つけても帰還できない可能性は高い。アプス水がオセアニアに地域が多く含まれるのなら、嵐も激しいはず。


 ティルト・ローターごと飛ばされ、全員で溺死する事態も充分にありえた。

 死にたくないと思い、生き残った。にもかかわらず、結果、進んで死地に追い込むとは考えてもみなかった。


(もしかしたら、もう奇病で頭をやられて狂ってしまったのかもしれない。でも、いいわ。今は、このまま行きたい)


 神流毘栖が舞の背後から艦長に静かな口調で言葉を掛けた

「残念ですが、艦長。これは反乱です。おとなしく、従ってください」


 神流毘栖も同調した。三人しかいない状況で、二人が反旗を翻した。

 艦長は、ぼやいた。


「管理職とは大変なものだな。これでも、色々と気を使ってきたつもりだったが、反乱が起こされるとはね。いいよ、舞君の要求に従って、ベッキーを探そう」


 艦長はティルト・ローターを旋回させ、捜索活動を開始し、神流毘栖もモニター画面の解析に戻った。

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