第33話 地底湖の底で、水が呼ぶ者(七)

 プラントへの道を進むと、途中で島が終わっていた。通信はできないので、詳しい距離はわからない。感覚としては、プラントまで一㎞弱くらいあるような気がした。


 風がなく、小雨が降り続く状況なので、水面は穏やかだった。内陸に雨が貯まってできた地底湖という話なので、鮫や鰐と言った危険な水生動物もいないだろう。


 舞は泳ぎが得意なので、一㎞ぐらいなら、楽勝だ。とはいえ、もし、方向がずれていたり、プラントが水没していたりすれば、話は別だ。捜索や、引き返す距離を考えれば、往復で三㎞ぐらいの距離を泳ぐ事態になりかねない。


 友達とプールにでも遊びに来ているのなら、三㎞泳ぐのもいいだろう。

 泳ぎ終わったあとスパで寛ぎ、無人タクシーの中でウトウトしながら家まで送ってもらえばいい。


 遭難した状態での極度の体力の消耗は、自殺行為に成りかねない。

 普通なら、まず泳ぐという選択肢がありえない。ありえないのだが、なぜか迷っていた。


 舞は決断を急いだりしなかった。


「今回は珍しく、考える時間があるから、急がないでおこう。それに、もうプラントまで近いなら、艦長が操縦するティルト・ローターの音が聞こえてくるかもしれない」


 島の水辺に腰掛け、霧に隠れた向こう側を見ながら、ひたすら考えた。数十分したころに、雨が止んで、霧が薄くなった気がした。


 舞の脳内マイクロ・マシンがピッ、ピッという定間隔で発せられる音を拾った。衛星と通信はできない状況から、近くで何かが電波を発しているのを拾ったのだろう。

 舞は視界をグルグルと見回した。


 弱い風が吹いてきて、霧の視界に僅かに道ができるように、開けた。霧の向こうに、山のような影が見えた。


 目を凝らすと、山は人工的な建造物のように見えた。プラントは存在した。

 遠目にはプラントは稼動しているようには見えないが、電波はプラントから出ているようだった。


 風は数分で停まり、プラントが再び霧の中に姿を隠し、見えなくなった。霧が濃くなると、電波も止まった。


 電波を拾ったので、プラントは見間違いや、蜃気楼ではない。何かプラントが問題を抱えているのなら、向かうのは得策ではないのかもしれない。


 目で見た感じでは、距離も意外に遠かった。


 困難だが、距離と方向がわかれば辿り着けなくはないと、舞は判断した。プラントを見た以上、舞は泳ぐという決断をした。


 ゆっくりと、水面に足を入れた。救助用衣の性能が高いためか、水の冷たさは感じなかった。


 水の中にゆっくり、肩まで入った。足はもちろん、つかなかった。神流毘栖の話では水深はかなり深いので、力尽きて沈めば、世界の終わりまで、水の底だ。


 大きく息を吸い込むと、ゆっくりと泳ぎ出した。

 舞は自分自身に言い聞かせた。


「流れがないから、速度は必要ない。前方に注意して、着実に体力を効率よく使って進めば問題ないわ」


 唯一、露出した顔にかかる水は冷たく、水が体を押してくる。舞はそれでも着実に手で水を掻き分け、足で水を蹴り続けた。


 霧の中に、水面から伸びる塔が見えた。やはり、プラントがあった。舞は浮かれず、ゆっくり着実に進むと、段々と形が見えてきた。


 プラントは大型貨物船からから大きな円筒を突き出したような形状をしていた。舞は希望を持った。


 水面が、自然ではない揺れをした。揺れの原因の方向を見ると水中に大きな影が見えた。


 水温以外の冷たい何が首から下に降りていくのを感じた。水中の影は、大きさからいってブリタニア号並み。


 地底湖に巨大生物が存在するとは聞いていなかった。もし、肉食性のものなら確実にアウトだ。


 プラントまでは、まだ二百m以上あった。泳いで逃げられる相手ではない。

 できるだけ水面を揺らさないように、泳ぎ方を変えたが、もう遅い気がした。


 水面が大きく揺れ何かが舞の下を通過した。舞は全身が縮む思いだった。予想に反して揺れは舞の下を通り過ぎた。


 舞は不審に思った。数秒後、激しい音と衝撃と大きな波が舞を襲った。

 波に飲み込まれる前に舞が見たのは、海中に崩れてように消えていくプラントだった。


 舞は波によって水中に引き込まれる中で感じた。影の正体はおそらく、魚雷。魚雷がプラントを沈めたのだ。

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