第29話 地底湖の底で、水が呼ぶ者(三)
舞は気が付くと、緑色の島の上に上半身が打ち上げられていた。胸や腹部が痛いが、骨が折れたり、出血していたり、しているわけではないようだった。
足元に地面の感覚がないので、視線を向けると、下半身はまだ水の中だった。救助用衣の保温性が高いせいか、冷たさは感じなかった
「とりあえず、生きてはいるみたいね」
どれだけ、時間が経ったか見当がつかない。まだ辺りが暗くなっていないので、それほど気絶していたわけではないと思う。
おそらく、水面に落下したが、救助用衣の浮力で、水中には沈まなかったのだろう。
水の上といっても、衝撃はあったのだろうが、救助用衣の膨らみが衝撃を吸収したので、骨折を免れたのかもしれない。
気絶して漂った後湖面を漂って、島に打ち上げられたのだろう。
舞はゆっくりとした動作で、島に上がろうとした。手を突いて体重を乗せると、地面が僅かに沈んだ。
「島というより、なんだか巨大な板みたいな感触だわ」
島に上がって辺りを見回した。緑色の大地が続いているが、水面から立ち込める霧のせいで、遠くは見えなかった。
ベッキーの姿を探すが、ベッキーの姿は、どこにもなかった。
耳を済ませると、遠くからチャプチャプという水の音が聞こえてくのみ。
ティルト・ローターのローター音も聞こえなかった。ただ、水の音が単調に聞こえていた。動物や人の気配もなかった。
「水面に落ちたから助かったけど、島の上に落ちていたら、きっと大怪我をしていたわ」
ベッキーが水面に落ちた保証はないが、水面に落ちたと思いたい。
艦長と神流毘栖も心配だった。ティルト・ローターは墜落したのだろうか。
落下前の急な旋回は明らかに、機体に異常が起きた証拠だ。
「撃墜」という言葉が、脳裏に浮かんだ。
舞は不安になったが、不安を強引に頭から追い出した。
「私だって生きているんだ。ベッキーも大丈夫よ。ティルト・ローターが墜落したのも見たわけでもないし。きっと皆、無事よ」
持ち物を確認した。捜索活動やサバイバルに使う道具は、全部リュックの中なので、そっくり失った。
持っているのは、ベルト・ポーチの菓子、水筒、神流毘栖から渡されたライト、ベッキーからお守りとして借りた銃。
銃は必要ないと思ったが、襲撃を受けた事態を考えると、地底湖ないしは周辺に敵対する誰かがいるのは確かだ。
相手はティルト・ローターを攻撃する能力があるので、9mm口径のSIG SAURE なぞ、役に立たないかもしれない。
舞は銃身を見ながら思った。
「ひょっとしたら、これは自分に使うことになるかもしれないな」
すぐに思い直した。いや、それだけは辞めよう。ベッキー対して失礼だ。死ぬにしても、ベッキーの銃だけは使いたくない。
ベッキーの名を呼ぶのを一瞬、躊躇った。敵が近くにいるのなら、発見される。
「いや、積極的に声を出そう。どうせ、助けを求めるんだ。自分の位置を知らせたほうがいい。それに、やはりベッキーが心配だわ」
立ち上がってみると、やはり地面が少し沈んだ気がした。地面は板の上にマットを敷いたように柔らかかったが、踏み抜く心配はなさそうだった。
一旦、這うように地面に顔を近づけて観察した。
どうやら、島は陸地の名残ではなく、大きな木の枝に木材や葉っぱが引っかかりできた流木などの植物が、なんらかの原因で固まってできた島らしい。
顔を上げ、目を凝らして、島の端を見ようとした。が、島は霧の中に長く続いていた。「相当、大きな塊なのかもしれない」
大きな声で、五分ほど呼びかけながら、ライトを振り回した。その後、一分ほど、耳を澄ます動作を六回ほど繰り返した。どこからも応答はなかった。
相変わらず辺りからは霧が立ち込めたまま、チャプチャプという水の音がするのみ。
動かないで救助を待とうかとも思った。けれども、ベッキーが遭難しているのなら探さなければ、とも思った。
「暗くなるまで、辺りを探してみよう。ベッキーも打ち上げられているかもしれない」
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