第28話 地底湖の底で、水が呼ぶ者(二)

 ティルト・ローターが飛ぶこと約九十分。操縦席の艦長が声を上げた。

「一度、地底湖のアプス浄化プラントによって状況を確認した後、捜索を開始する。そろそろ、プラント近くだから、高度を下げる」


 窓の外を見ていると、機体の高度が徐々に下がり、雲に突入した。

 雲を突き抜けると、大きく霧が流れ込む崖が見えた。崖の先には陸地が見えなかった。


(あれ、また海に出たのかしら)

 舞が疑問に思っていると、ベッキーが横から教えた。


「あれが、地底湖だよ。地底湖って言っても、地表に覆われた地中に湖があるんじゃない。地表が深く陥没して、タライ状になって地表より低いところにある湖ってわけ」


 対岸は全く見えないので、湖はかなりの広さがあるのだろう。

 窓の外を見ている舞に、神流毘栖が後ろから声を掛けてきた。


「ここは、ダーウィンから西に約四百五十㎞、かって岩山バングル・バングルがあった場所だ」


「バングル・バングルの岩山は溶けて地底湖に変わった」とベッキーは説明していた。

「まさか、溶けたって、全部すっかり溶けたの」


 神流毘栖が、物を知って優位に立つ人間のように解説した。

「バングル・バングルは周囲二十㎞だが、地底湖は周囲九十㎞はある。地底湖の広さは、バングル・バングルがあるパーヌルル国立公園の約四分の一に相当し、東京二十三区を合わせた面積より広い。水深は平均五十m。深いところで百六十mくらい」


 神流毘栖から舞の脳内マイクロ・マシンに地図が送られて来た。

 地図を見て、舞は湖の広さに驚いた。湖は一つではないだろう。まだいくつもあるのだから、オーストラリアのアプス水が溢れ出せば、大変な事態になるだろう。


 急に機体が急上昇したので、舞はバランスを崩した。外から、くもぐった爆発音がした。


 操縦席から、複数の警告音が鳴り響いていた。

 爆発音が聞こえると同時、ベッキーが立ち上がり、持ち込んだケースを乱暴に開けた。ケースの中身は平和な楽器ではなく、二連装式の携帯ミサイルだった。


「神流毘栖、舞ちゃん、しっかり捕まっていて」

 ベッキーは機内の手すりと、救助者用衣のベルトをカラビナで繋いで即席の命綱とした。ベッキーが扉を開けると、ミサイルを下に向けて発射した。機体内にミサイルの発射音が響いた。


 機体が大きく揺れた。舞は理解した。今、ティルト・ローターは攻撃を受けている。乗っているティルト・ローターには兵装がない。


 相手が航空機なら間違いなく撃墜される。が、ベッキーがミサイルを下に向けて撃っているので、敵は地上もしくは、湖面にいるのだろう。だとすれば、厚い雲の上まで、上昇できれば、逃げ切れるのではないだろうか。


 ベッキーが二発目のミサイルを発射した。ティルト・ローターに衝撃が走った。体が軽くなったと思ったら、機体がもの凄い勢いで回転を始めた。


 舞の体は回転で体を固定していられなくなり、機内を転げ回った。墜落の恐怖を感じる余裕すらなかった。


 アっと思った時には遅かった。体がベッキーが開けた扉より、転がり出た。ベッキーが伸ばす手が見えた。


 舞は手を伸ばすと、ベッキーの手を掴めたが、ベッキーの命綱が切れたのか、ベッキーも機外に落ちてきた。


 ベッキーを掴んだ手が離れた。舞はそのまま、空中を遠心力で飛ばされるように飛んだ。二秒弱で、強い衝撃が舞の体を襲った。

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