第五章 地底湖の底で、水が呼ぶ者
第27話 地底湖の底で、水が呼ぶ者(一)
ダーウィンのWWO施設は、巨大な石油貯蔵タンクに似ていた。高さは三十m、直径は百二十m、外側は真っ黒な対アプス水コーティングが施されていた。
ダーウィンのWWO施設には、ヘリのように垂直離発着が可能で、より高速で移動できる。ティルト・ローターが配備されていた。
舞はWWOが開発した、海難救助者用の黄色い服に着替えた。服は作業着の内側にウエットスーツの生地を貼り付けたような造りだった。
海で仕事をするWWOの職員は多い。結果、遭難や二次遭難も多いので、防水性と保温性を兼ね備え、救命胴衣をより動きやすい救助者用衣が求められた。
舞は裸になると、救助者用衣に着替えた。服は体にフィットして、首と手首にピッタリと張り付いた。
素材は汗は通すが、水は通さない素材で、保温性も高かった。服の所々ある膨らみには空気が入っており、浮力を持たせるようになっていた。
救助者用衣は万一、二次遭難した場合でも、生存できるよう設計されていた。
服にはベルト・ポーチ、水筒固定用のストラップ、銃を入れるホルスターが付いていた。
ベルト・ポーチにお菓子を入れ、水筒には好物の砂糖入りのアール・グレイの紅茶を入れた。ホルスターは開けておいた。
救助者用衣に着替えた、舞はティルト・ローターの前に立った。
ティルト・ローターは、ずんぐりした赤い飛行機の機体に、二本の腕のようなプロペラを備えたローターがついていた。ローターは万歳したように真上に上がっていた。
胴体の下部には大きな膨らみがあった。おそらく、水上に離着陸できるなんらかの仕掛けなのだろう。
舞は乗り込む前のティルト・ローターを見て、感想を漏らした。
「変わった形の飛行機、いや、ヘリなのかな」
ベッキーが、吹奏楽で使うチェロが入りそうな大きなケースを持ってきた。ベッキーはティルト・ローターにケースを運び入れながら、説明した。
「ティルト・ローターは飛行機の仲間だよ。tilt(ティルト)の傾きが意味するは、プロペラがついたローターの傾きが変化するからだよ。まず、ローターを真上に立てて、プロペラを上げるんだ。ヘリのように垂直に離陸、高度確保後はローターを前方に向けてターボフロップ機になる。飛行機より離着陸場所を選ばず、速度は最大で音速の半分、ヘリより速いよ」
舞はティルト・ローターに乗り込むと、艦長が操縦席に座って椅子の高さや、角度を操作していた。
てっきりダーウィンの施設の人かベッキーが運転するのだと思っていたので、驚いた。
「艦長が、運転するんですか」
艦長は舞に背を向けたまま機器を確認しながら、当然のように答えた。
「この機体少々古く、AI支援が充分じゃない。対アプス水コーティングも不充分。メンテナンス状況もさっき確認した。飛べない状態ではないが、マメに手を入れていないようだ。なら、私が操縦したほうがいいだろう」
古くて、操作が難しいのなら、艦長ではなく、それこそ、専門の人間が操縦するべきと思う。大丈夫なのだろうか。
舞は不安だったので、ベッキーを見た。
ベッキーの顔は公共機関でも利用するかのように全く、不安がなかった。
「大丈夫よ、舞ちゃん、艦長に任せておけば。さあ、私たちは、携帯するリュックの中身を確認しよう。現地にはコンビニはないから」
地底湖にコンビニがないのは当たり前、ベッキーは冗談で気分を和ませようとしていた。
(私は気が付かなかったけど、外から見れば、そんなに不安気なのだろうか)
舞は己に言い聞かせた。
(もう行くって決めたんだ。行くからには、荷物はならないわ。それに、艦長は潜水艦の艦長だってできるんだもの、ティルト・ローターだって操縦できるよ。そう、艦長は天才児。であって欲しいな)
ベッキーが全長二十cmほどのオートマチック拳銃を渡した。
「SIG SAURE P228。必要ないと思うけど、服のベルトのホルスターに入れておくといいよ。私は、別なのを施設の人から借りたから」
舞は直感した。銃はお守りなんだな。銃はベッキーが常に携帯していた銃で、いつも手入れを欠かしていなかった。きっと大切な銃だと思う。
本来なら「銃なんて要らないよ」と返すが、ベッキーの心遣いなら、持っていよう。
不意に名前を呼ばれて、舞は顔を上げた。神流毘栖が煙草の箱のような物を投げてきた。
「おい、舞。必要になるから、持っておけ、胸のポケットにでも入れておくんだな」
煙草の箱のように見えたのは、ライトだった。これは、お守りでもなんでもないが、神流毘栖なりの気遣いなのだろう。
神流毘栖はどこかぶっきらぼうな所があるが、時々は優しい側面を見せる。
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