第23話 亡霊の影と溶ける大陸(三)
艦長にはやはり、秘密にしている情報があった。
パラオ沖のみならず、アジア・オセアニア地域でAI制御型の無人潜水艦や軍艦が行方不明になる事件が多発していた。
行方不明になったAI艦は、ラミエルと名乗る何者かに操られ、船を攻撃して沈めているらしかった。国連軍のオセアニア艦隊では、操縦を奪われたAI艦を見つけ次第、極秘裏に沈めるように通達が出ていた。
「ベッキーの話は正しかったんだ。でも、通達が出ているなら、艦長はなぜ、撃沈しなかったのかしら?」
艦長の行動がラミエルの拠点を調べるために見逃したのなら、理解できる。だが、果たして事態は、そんなに簡単なのだろうか。
アプス水によって空が絶えず厚い雲に覆われ、衛星による探知が難しくなったとはいえ、潜水艦や軍艦を何隻も抱える存在も見逃すだろうか。
「ひょっとして、ラミエルは国連でも手が出せない場所にいるのかしら」
ラミエルが外国のダミーのテロ組織なら、国際政治上の聖域が生じており、手が出せない地域に潜伏している場合もある。
舞は考え直した。
「でも、聖域になっていたとしたら、場所はわかるわよね。なら、やはり探査は必要ないわ。探査じゃないとしたら、なんだろう」
舞は、一つの可能性に気が付いた。
「相手の潜水艦に取り付けた小判鮫型ロボットには、秘密の書簡とかが入っていたとか」
神流毘栖は「小判鮫ロボットを付けても、潜水艦が浮上しなければ使えない」と言っていた。
あの時は思い浮かばなかった。が、何かを渡すために小判鮫ロボットを使ったのなら、説明がついた。
「まさか艦長は、ラミエルと接触して何か取引をしようとしているとか。でも、取引材料は何かしら。なぜ、タイミングは最近だったのだろう」
舞は気がついてしまった。艦長が最近手入れた材料でラミエルと取引可能な物。
「材料は、私だ」
正確には確率現実症を引き起こすアプス水だ。
書類には、ラミエルの活動拠点の一つがオーストラリアのどこかにあるらしい、との報告もあった。
「まさか、オーストラリアでの研究は嘘で、ラミエルに私を引き渡そうとしているとか」
艦長の幼い顔の裏に、悪魔の影が見えた気がした。
舞は即座に、浮かんだ考えを否定した。
「でも、そんな危ない人なら、ガーファンクルおじさんは、紹介したりしないわ」
舞は艦長を完全に信用していなかったが、ガーファンクルには全幅の信頼を置いていた。
他に書類を捜すと、神流毘栖、ベッキー、リタの個人情報ファイルがあった。
三人の奇病に関する情報に興味があった。一瞬、ファイルに手が伸びかけた。
舞は中を見ずに、書類を戻した。
「これは、見ちゃいけないわ。人には、知られたく情報だってあるもの」
他に目ぼしい情報はなかったが、最後に一枚の写真を見つけた。
写真は、壁に囲まれた植物園の中にある噴水の前で撮られたもので、桜の木の横の噴水は、旧約聖書のノアの方舟をモデルにした、黒御影石で特徴あるものだった。
風景には、見覚えがあった。風景はガーファンクルのいた病院を出るときに見た、病院の中庭にそっくりだった。
「特徴ある噴水だから、双子鰐島の病院の中庭かしら」
写真には四十代の後半くらいの白衣を着た白人男性二人と、病衣を着た一人の日本人の男性が写っていた。
白人の一人は、おそらく若き日のガーファンクルで間違いないだろう。
「写真のガーファンクルおじさんの年齢から推測すると、二十~三十年前の写真ね」
日本人は顔が父親に似ていた。が、昔の写真だとすると、父親ではない。
「これは、
舞は祖父の守に会った過去はない。が、いつかガーファンクルに画像を見せてもらったので、顔は知っていた。
ガーファンクルと祖父の若水守は知り合いだったので、同じ写真に写っていても不思議ではなかった。最後の一人の白人男性は、全く見当がつかなかった。
白衣を着ている点から見て、医者か研究者だろう。ガーファンクルや祖父に親しい共通の友人がいたという話は、聞いた覚えがなかった。
「何か話せない理由があった。それとも、たまたま話題にならなかっただけ?」
舞は写真を凝視した。けれども、やはり見覚えがない。
「でも、見れば見るほど。こう、なんて言うか、因縁めいた物を感じるんだけど」
舞の頭に考えたくない可能性が浮かんだ。
「まさか、写真に写ったもう一人の人物がラミエル! ラミエルと守お祖父ちゃんと、ガーファンクルおじさんは、知り合い?」
ありえない話ではないが、確証もない。
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