第22話 亡霊の影と溶ける大陸(二)
ブリタニア号は以前、港で見つけた、工場だろうか倉庫だろうかと思い悩んだ建物内に停泊していた。
建物内には海中からも進入でき、潜水艦が停泊可能な造りになっていた。スペースはブリタニア号の全長七十四m、幅六・八mに合わせてあったのか、ピッタリだった。
建物は堅固な造りで、入口も偽装されていた。普通に外から眺めていては、わからなかった。出入りにも三重のセキュリティ・チェックがあった。
建物内は窓がないが、いくつもの照明があるので、夜間開放されている体育館並みに明るかった。
天井は高く、停泊場から続く二階には事務所兼住居が存在した。
舞はライトに照らされたブリタニア号を見ながら、感想を漏らした。
「なんだか、秘密基地みたいね」
「そうだよ、秘密基地だよ。お帰り、舞」
急に背後で声がしたので驚いて振り向くと、リタがいた。
「た、ただいま、リタ」
誰もいないと思っていたので、リタの出現に、ちょっと驚いた。
(幽霊みたいに気配がなかった)
リタは手を合わせてニコリと微笑み挨拶し、説明した。
「艦長は、本部で会議。神流毘栖は、弾薬や物資の調達。ベッキーは、買い物。リタは、休暇だよ」
「リタは休暇」と言ったところを見ると、目の前の人物はリタではなく、病院でガーファンクルのアシスタントとして働く、妹のリサだろうか。
「あれ、リサなの? 病院の勤務は、いいの?」
リタとそっくりな人物は、とても愉快そうに笑って首を振った。
「私はリラだよ」
リサ、リタ、リラ、三人と会ったが、パッと見、見分けが付かなかった。リタの話ではあと三人、顔がそっくりな人物がいるのだが、おそらく区別はつかないだろう。
「初めまして、リラ。若水舞です」
挨拶をすると、リラはニコニコしながら、当然というような返事をした。
「うん、知っているよ」
(リサかリタから、私のことを詳しく聞いたのかしら)
舞はブリタニア号に続く桟橋から、艦に乗り込もうとした。
「そう、じゃあ、私は艦の中に戻るから、また後でね」
「今日の夕食は、外でバーベキューだよ」
リラと別れると、ブリタニア号に戻った。
ブリタニア号に戻ると、まっすぐ艦長室に向かった。艦長室に無断で侵入すれば、懲罰対象なのは、わかっている。
舞によく遇してくれる艦長に迷惑を掛けるのも心苦しい。だが、艦長は何かを隠している。
(潜入するなら、リラが外でバーベキューの準備をし、他の四人が外出中の今がチャンス)
舞は艦長室の前に来て、作業用の使い捨て手袋を嵌めた。
扉を開くには、艦長の静脈認証か、機械的な鍵が必要だった。
艦長室の予備の鍵をベッキーが出し入れするのを見ていたので、発令室からこっそり鍵束を持ってきていた。
鍵で扉を開けて中に入ろうとした。けれども、錠が開かなかった。代わりに扉の上部に、テンキーが現れた。
「機械式の鍵で開ける場合は、六桁の数字を入力しなければいけないの」
機械式の鍵を使って艦長室の扉を開けた経験がない舞には、知らない事実だった。
数字六桁なら、組み合わせは百万通り。普通にやっていては、まず、絶対に開かない。
舞は思案していると、背後から声がした。
「何しているの、舞」
心臓が高鳴り、振り向くと、背後にリラが立っていた。
どう言い訳しようかと考えていると、リラが手伝ってあげようかという風に口を開いた。
「舞、艦長室に入りたいの?」
舞が答えられないでいると、リラはすばやく左手でテンキーに六桁の数字を入力した。扉は一発で開く音がした。
リラがにっこり微笑んで、胸を張って自慢した。
「開いたよ。舞。停泊時は掃除で時々入るから、番号は知っているの」
リラが左手で扉を開けると、中に入っていった。舞もリラに続いて扉の中に入った。
リラは艦長室に入ると、当然のように尋ねてきた。
「手伝うよ、舞。何を探せばいい?」
舞はリラの態度に困惑した。舞が見つかって懲罰を受けるのは良い。舞には覚悟がある。とはいえ、リラを巻き込んでいいものだろうか。
「リラ、いいの? 艦長室に勝手に入って」
リラは艦長室に無断で入るのに、一切の躊躇いはなかった。
「舞だって、入っているじゃない。私も、艦長が何を隠しているか知りたい」
リラも同じ疑惑を持っているのだろうか。だとしたら、手伝ってもらえばいい。もう、リラも共犯同然だ。
だが、主犯はあくまで自分だと、舞は言い聞かせた。
「わかった、リラは、見張りをお願い。私が探すから」
「了解」とリラが艦長室の外に出た。
舞は、艦長のパソコンには触らないと決めた。
(どうせ、ログイン・パスワードはわからないし、艦長の性格からして、ノー・パスワードや推測可能なパスワードは、使用していないわよね。となると、やっぱり紙かな)
コンピューター技術が進みすぎた結果、破られないセキュリティは存在しなくなったので、紙による情報の保管が復権していた。
合鍵で、書類キャビネットや金庫を開けた。幸い、リラが外で見張りを引き受けてくれるので、焦らずに作業ができた。
(やはり、一人よりも二人のほうが心強い)
紙媒体による情報は英語で書かれていた。ブリタニア号に乗ってから空いた時間で英語を真剣に学んだ舞は、脳内の機械の辞書と付き合わせれば、書類を読めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます