第20話 初任務で核戦争勃発?(九)
舞は無罪判決を待つ死刑囚のような気持ちで時間を待った。
ベッキーが艦長を振り返り、険しい顔で、緊張の篭った声を上げた。
「弾道ミサイルの発射口の開閉音有り! 相手は、弾道ミサイルを撃つようです」
(最悪の事態だ)
判断が甘かった。舞は判断ミスで小国の国家予算を摩ったトレーダーのように、激しく後悔した。核攻撃を避けるために、海洋汚染を選ぶべきだった。
舞の判断が、世界を破滅へ導くかもしれない。舞は安易な平和志向を激しく後悔したが、もう遅い。
舞はどうしていいか判断が付かず、思わず艦長を仰ぎ見た。
艦長は顔色一つ変えていない。
「本艦は状況を静観する」
一瞬、耳を疑った。艦長は動かず、表情に微塵も後悔も躊躇いもない。
舞は希望を持った。
(まさか、艦長はミサイルを迎撃する手段を、すでに持っているのだろうか)
ミサイル迎撃できれば、被害は少なくて済む。が、ブリタニア号は深度五百mにいるので、迎撃どころか、ミサイルが発射されたかどうかの状況すらわからない。
(とすれば、空に衛星がいるとか)
艦長は黙って経緯を見守っているので、真相は不明だ。
(いや、そうとも限らない。艦長はもう覚悟を決めただけかも)
舞は揺れ動く可能性の中で、艦長に真意を聞けなかった。嫌な時間が過ぎた。
神流毘栖がいつもと変わらない口調で報告をした。
「相手潜水艦が潜行します。現場から出現方向に針路を取っています。距離を取って追尾しますか?」
舞はとりあえず、ミサイル発射の報告を聞かなかったので、ホッとした。
(よかった、相手の目的は通信だったんだ)
艦長は、先ほどと変わらない態度で神流毘栖に命令を告げた。
「追尾の必要はない。相手潜水艦が捕捉できなくなるまで待機。待機後、潜望鏡深度まで上昇。観測機器より、観測マイクロ・マシンの信号を解析しろ」
舞は艦長の命令を聞き、疑問が湧いた。
(なぜ、大気観測用マイクロ・マシンの信号を再解析するのかしら。相手の潜水艦は、核ミサイルではない、何かを打ち上げたというの?)
ブリタニア号が潜望鏡深度まで浮上すると、神流毘栖が報告を上げた。
「大気中のアプス水に変化なし。ただ、対流圏における空気中のマイクロ・マシンが増加しています。新たに増加したマイクロ・マシンの用途の詳細は不明ですが、観測用マイクロ・マシンと思われます」
「よし、データをもう一度、収集後、帰島せよ」
舞は冤罪が晴れた死刑囚のように安堵した。
(なんだ、相手は観測用マイクロ・マシンを放出するためにミサイル発射口を開けただけだったんだ)
安心すると、晋級潜水艦の行動が、どうにも腑に落ちない。
(なんのために観測用マイクロ・マシンを散布したのだろう)
相手はブリタニア号の実験をどこかで知って、データを盗みに来たのだろうか。
WWOの研究成果は基本的に公表されるが、機密性の高い物は公表が遅れる。
舞は投機や特許の関係でデータを盗む者がいるという噂を知っている。今のが犯行現場なのだろうか。
別の疑問もあった。
(でも、なんで艦長は、黙って見過ごしたんだろう)
先ほど小判鮫ロボットを取り付けた事実から、囮捜査するためだろうか。
舞はすぐに思い直した。
(いや、艦長は作戦終了後、すぐに帰島命令を出した。つまり、相手と会ったのは偶然と考えたほうがいいわ)
舞は艦長の顔を窺った。艦長の思考がまるで読めない。が、艦長が何か晋級潜水艦について隠していると直感した。
(でも、聞いても答えてくれそうにないわよね)
疑問を胸の中に収めて、舞は他のクルーを見渡してみた。
神流毘栖、ベッキー、リタも、艦長に説明を求めたりしなかった。
舞は神流毘栖、ベッキー、リタが今回の行動について何も言わないので、心の中で新たな疑惑が芽生えた。
(あれ、ひょっとして、知らないのは、私だけ?)
有り得ない状況ではない。舞だけが新参者だ。ひょっとしたら、舞以外は何かの秘密を共有しているのではないだろうか。
舞だけが仲間外れ。仲間外れなら、舞は信用の置けない人物と評価されているのだろう。その一方で、非合法な活動をしているため、とも想定される。
前者なら面白くない。しかし、後者なら関わり合いになりたくない。
(知りたいけど、聞けば薮蛇になるかも)
舞の苦悩をよそに、帰島が開始された。
帰島が開始されると、普段なら訓練の時間になる。とはいっても、ベッキーは研究の後処理があるので、舞の訓練は自習となった。
艦長、神流毘栖、リタも何やら黙々と仕事をしていた。
自習なのだが、先ほどの件があってから、どうにも身が入らなかった。
舞は心ここにあらず、という状態で画面を眺めていた。すると、ソナーに大きな物体がいくつか映っているのに気が付いた
(さっきの晋級潜水艦クラスよりも大きな影、これは、大規模な艦隊?)
舞はとっさに声を上げた。
「艦長、ソナーに反応有り、海面近くに大きな影があります」
艦長の代わりに、神流毘栖がさも面倒臭そうに答えた。
「さっきから気が付いている。よく見ろ、舞。影は生物を現している」
舞は、まさか生物とは考えなかった。地球上最大の生物シロナガスクジラの最大記録でも三十三m。影は五倍以上も大きい。
リタがガバッと顔を上げた。
「え、ひょっとして怪獣?」
舞はもしやと思った。が、画面のデータをつぶさに見て考えると、神流毘栖が言いたい言葉がわかった。
「ごめん、リタ。怪獣じゃない。大きさや形状が微妙に変化しているし、第一、厚みが違う。シグネチャにも、泡のような形跡がある。これは、プランクトンとかオキアミのような小さな生物の塊だわ」
神流毘栖が何も言わなかったので、舞は完全な正解ではないが、大きく外れているのではないと思った。
リタはがっかりしたように、下を向き作業に戻った。舞は少し落ち込んだ。
(らしくないわ。いつもなら、こんな単純なミスはしない)
原因は複数ある。慣れない潜水艦暮らし。猛勉強による疲れ。奇病の恐怖。ベッキーに対する同性愛疑惑。
そこに追い討ちを懸けるように世界核戦争を見過ごしたプレッシャー。
(なんか、私、疲れているのかな)
舞は現実から離れるべく、しばらく、プランクトンの群れに怪獣の空想を重ね合わせて見ていた。
プランクトンの影が、辺りにいる小さな船と重なった。
(食べちゃうぞ、ガオー)
舞が心の中でふざけて、何気なく空想すると、本当に船が沈んだ。
(え、うそ、本当に沈んだ。でも、なんで)
舞は再び、動揺して声を上げた。
「大変です。影と重なった船が、沈みました」
舞の動揺に対して、神流毘栖がうんざりした口調で返した。
「船は、ずっと前から気が付いていた。沈んだ船は故障したおんぼろ漁船で、海上で投棄されていたものだ。位置的にも、晋級が消えた方向とも違う」
ベッキーがすかさず、舞のフォローに入った。
「沈んだ船の状態は、今の舞ちゃんの権限じゃ、わからないよ。まだ研修中だから、ブリタニア号のデータベースや予測シミュレーション機能とか、使えないし」
神流毘栖が艦長をチラリと見ると、艦長は頷いた。
神流毘栖がなにやら操作をしたのか、舞の立体ディスプレィ中にあった、灰色文字に反転して使えなくなっていた機能が、いくつか使えるようになった。
神流毘栖が画面を見ながら、投げやりに答えた。
「よし、これでわかるだろう。あとは、納得するまで調べるがいい」
舞は立体ディスプレィから新たに使えるような機能を使用した。
結果、船は形状から見て漁船であり、エンジンが動いていない事実が判明。救難信号も出ていなかった。
ブリタニア号の海上事故データベースを調べると、該当すると思われる漁船の事故が記録されていた。
記録によると、二日前に、建造後四十年ほど経った漁船が航行不能になった。乗員は漂流中に仲間の漁船に救助された。が、壊れた漁船は曳航できずに、廃棄したとあった。
海上の様子は、ブリタニア号によるコンピューターの予想では大雨。ボロ漁船の窓や戸が破損していたなら、沈んでも不思議な状況ではなかった。
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