第19話 初任務で核戦争勃発?(八)

 相手との距離が二万mまで接近したところで、神流毘栖が声を上げた。

「相手原潜に動きあり、相手は深度を徐々に上げています」


 舞は艦長に不安な気持ちを隠しつつ、誰に聞くともない、声を出した。

「相手は浮上して、どこかと連絡を取るのでしょうか」


 ベッキーが不吉な可能性を淡々と述べた。

「あるいは、積んでいる核弾頭を使用するのかもね」


 舞はベッキーの発言に驚き、問いかけた。

「核の使用? なんのために?」


 艦長はいつもどおり、静かな口調で舞に説明した。

「いや、考えられない状況ではない。相手はセカンド・ノア以前に各国の緊張が高まった時に改造され、配置された、AI搭載の無人弾道原子力ミサイル潜水艦とも考えられる。AIはブリタニア号の実験ためのミサイル発射を核攻撃と誤認識し、プログラムに沿って、どこかの国に核ミサイルを発射しようとしているのかもしれない」


 舞は艦長の示した可能性に内心うろたえた。

(そんな、馬鹿な)


 偶然にしてはできすぎている。だが、舞の奇病は確率を変えるのだ。大変な事態になったと舞は思った。が、舞の奇病は公にはできない。


 それに、もう、奇病の公開がどうこう言う段階でもなかった。

 舞は平静を繕うように努力した。が、内心では、かなりの重圧を受けていた。

 艦長が唐突に発言した。


「よし、撃沈するか、静観するか、皆の考えを聞きたい」

 神流毘栖とベッキーが即座に撃沈、艦長とリタが、即座に静観を表明した。


 舞は判断に迷って考えていたため、出遅れた。気が付けば、最後の一人になっていた。


 艦長が舞を見て、状況を告げた。

「撃沈二、静観二。残るは、舞君だけだが」


 舞を除く四人の視線が舞を注視した。

 舞は激しく動揺し、四つの視線から顔を背けてしまった。


(これじゃあ、多数決というより、私に決断しろって言っているようなものじゃないの!)


 原潜を撃沈すれば、確実にパラオ沖を核で汚染する。水浄化技術が進んでいるとはいえ、回復には数年を有するし、パラオに住む人は島を捨てなければならないかもしれない。


 原潜を撃沈しなければ、汚染はない。原潜が核を発射するとも限らない。もしかしたら浮上して定期的な通信だけして、戻っていく可能性もある。


 けれども、原潜が誤認識によって核ミサイルを発射する可能性は、捨て切れない。

 核ミサイルが街に落ちれば、甚大な被害が出る。最悪、攻撃を受けた国が報復すれば、せっかく人類が回避した全面核戦争の危機が現実のものとなり、人類が滅亡する。


 事態は軍の首脳レベルがすべき難しい判断。難しい判断はなぜか、今は舞一人の手中にある。状況の重要性に反比例して、考える時間は少ない。


 舞が考えている間に、原潜は浮上を続けていた。

 舞は運命の女神を呪いながら「撃沈」か「静観」かの間で葛藤した。


(なんで、こんな事態に巻き込まれるのよ)

 舞が黙っていると、神流毘栖が淡々と告げた。


「舞、撃沈するなら、あと六十秒で決めてくれ。六十秒以後なら魚雷を発射しても、相手に核攻撃の意思があれば、停められない」


 いきなりの、制限時間宣告。どうすればいいのかと、考えれば考えるほど、頭も心も、暴雨風に舞う板のように激しく動揺した。


 神流毘栖の声が冷酷にカウントダウンする。

「残り十秒、九、八、七」


 舞は決断してサッと立ち上がり、声を上げた。

「私は、撃沈に反対です!」


 舞も驚くほど大きな声だった。

 舞の発言で艦内がシーンとなる。が、直後に艦長が宣言した。


「本艦は不明艦を監視する。神流毘栖、環境調査用の小判鮫型ロボットを出し、相手にゆっくり近付き、取り付かせろ」


 小判鮫型ロボは元スパイ用ロボットとして敵軍艦の船底に取りつけるように開発された代物だった。だが、潜水艦が相手では問題もあった。


 神流毘栖が艦長に確認するように問いかけた。

「取り付けだけを考えれば、晋級のような古く大きい艦なら、気付かれずに設置できます。ですが、常時相手の位置を探るのは不可能です。もし、AI型なら食糧の補給が必要ないので、電波の送受信が可能な深度まで再浮上するか、未定ですが、よろしいですか」


 艦長は黙って頷いた。

 舞は敵地の砦に侵入した斥候兵のように緊張しながら晋級潜水艦の動静を見守った。最終的な判断は艦長がした。が、先ほどの流れからすれば舞が決定したようなものだ。


(お願い、ブリタニア号に気が付かないで、通信だけして帰って)

 相手の潜水艦は核ミサイルが発射可能な潜望鏡深度まで浮上した。舞の祈る中、相手の潜水艦は停止。


 神流毘栖が報告する。

「小判鮫、相手に貼りつきました」


 舞は早く、相手に去って欲しいと願った。

 されど、晋級潜水艦は中々動きを見せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る