第18話 初任務で核戦争勃発?(七)

「総員配置に付け、潜望鏡深度まで浮上」

 目的地に着いたのか、艦長の号令が飛んだ。


 全員が発令室の席に着いた。全員が席に着くのは初めてだった。舞は展開される六つの立体ディスプレィを注視していた。


 一つに潜望鏡の映像が映し出される。

「久しぶりの外の映像」


 舞はちょっと心の躍るものがあった。だが、画面を見てがっかりした。

(また、外は雨が降っている)


 外は一面、灰色の雲が広がっていた。風がないせいか、海は荒れてはいなかった。が、海には大粒の雨が降り注ぐ。


 もし、GPSの表示がなければ、パラオ沖なのか双子鰐島沖なの区別がつかない。

 神流毘栖の声が、感情なく響いた。


「センサー、オール・グリーン問題ありません。予定通り、対アプス水分子弾頭搭載ミサイルの打ち上げ実験を開始しますか」


 画面の一つにGOの文字が表示され、忙しなく画面が流れていった。

 研修中の舞には、仕事はない。ただ、見学だけ。だが、気を抜けなかった。


 艦長は肝心なところできっと口頭試問をする。

(もう失望をさせない、きっと答えてやるんだから)


 舞は指示画面の見方を教えてもらったので、大よそ何が起きているのか把握できていた。


 舞は画面を見守った。作業は順調だった。

 行程の最終段階で、ベッキーが声を上げた。


「対アプス水消去弾頭、発射します」

 画面に、弾道ミサイルが打ち上げられる様子が図示された。結果は成功。


 一緒に打ち上げた観測マイクロ・マシンからも、徐々に大気からアプス水が消えていく様子が記録されていった。


 しばらくして、艦長が厳かに宣言した。

「これにて、作戦を終了する。本艦は双子鰐に向けて帰島する潜行を開始せよ」


 舞は艦長から口頭試問をされると思っていたので、少し拍子抜けした。が、安堵した。

(ふー。これで、一度は艦から降りられる。ちょっと疲れたかな)


 リタが舞に飲み物を持ってきてくれた。

「お疲れ、舞。これで、帰れるね。あーあ、でも、ちょっと残念かも」


 舞は帰れるのが何より嬉しかったので、リタが言う「残念」の意味がわからなかった。


 リタが楽しそうに言葉を続けた。

「舞、知っている。この海域には怪獣がいるんだって。怪獣、見たかったと思わない?」


 怪獣の話は以前にも夜に聞いていた。が、リタは舞に話したのを全く記憶してないようだった。

(記憶が飛んでいる。リタの態度といい、リタも、やはり奇病に罹っているんだ)


 舞は過去の出来事を指摘しようとかとも思った。だが、リタに悪い気がしたので、話を合わせた。


「へー、そうなんだ、怪獣って見たかったかも」

「あ、でも怪獣はとーっても大きくて、行きかう船を襲うんだよ、鉄の船でも食べちゃうんだよ」


 舞は笑顔で冗談を返した。

「へー、そうなんだ。じゃあ、安全のためにも、退治しなくちゃね」


 舞が発言した直後、神流毘栖が口を開いた。

「艦長、ソナー探知しました。距離三万m、深度五百mに、大きな反応があります」

 舞は神流毘栖が上機嫌なリタに付き合って、冗談を言っているのかと思った。が、笑えなくなった。


 画面の一つに確かに優に百二十mをオーバーする巨大な影が映っていたのだ。

(え、嘘、本当に怪獣なんていたの)


 神流毘栖が静かに仕事をこなし、情報を読み上げた。

「音声と形状より、改良型晋級潜水艦と断定しました。相手は、速度二十ノットで、こちらに向かってきます」


 艦長はすぐに神流毘栖に整然と聞き返した。

「本艦の存在に気が付いているか」


「旧式の晋級潜水艦の性能からいえば、ブリタニア号を探知できるとは思えません。が、が、本艦は先ほど研究用ミサイルを打ち上げたので、可能性はゼロとは言えません」


 海中より出てきたのが怪獣ではなく、原子力潜水艦なら理解できる。が、舞の頭には同時に疑問も浮かんだ。


(中国の原子力潜水艦は王朝の名前を付けるから、晋級なら中国の原子力潜水艦よね)


 舞はすぐに思い直した。

(中国の軍艦とは限らないか。中国は原子力潜水艦の輸出国だから晋級=中国所属とはならないわね。それに晋級っていうのも妙ね。晋級は今では、もう古くて造っていないはず)


 神流毘栖がファースト・フード店でセットメニューからポテトでも選ぶかのような気軽さで艦長に尋ねた。


「どうします。艦長。沈めますか」

 舞はすぐに抗議の声を上げた。


「いきなり、沈めるって、やり過ぎじゃないですか」

 ベッキーはやんわりと神流毘栖の発言を支持した。


「舞ちゃん、沈めるは、選択肢としては有りなんだよ。二十年前、領海が十二海里から二十四海里になって、十年前、二十四海里から三十六海里に変更になったでしょ。現地点はパラオから六海里だから、所属不明の原潜はパラオの領海内にいるんだ」


 ベッキーは立体ディスプレィに条約の条文を思われる文書を定時して説明をする。


「パラオには『領海における海賊および有害船舶に対する安全を保全する国際法』が適用される。更にブリタニア号は『国連の海上および海中における平和を維持するための艦船』として登録されているから、敵性潜水艦に対しては無警告で沈める権利を、国連から委譲されているんだ」


 沈める権利があるのは理解した。が、やはり心情的には抵抗があった。

「でも、相手は海賊船とは限らないんじゃ」


 ベッキーは困ったように、パラオ沖の情勢を舞に説明した。

「舞ちゃんは知らないかも知れないけど、最近パラオ近海で潜水艦によると思われる、船の行方不明になる事件が多発しているんだよ」


 ベッキーは、どうやら神流毘栖と同じく撃沈派らしかった。潜水艦による無差別攻撃が起きているなら、撃沈の理由も理解できる。


 神流毘栖が全員に聞こえるように発言した。

「海賊および有害船舶の確率、九十五・一%。撃沈に問題ありません。魚雷も発射数三で同時発射すれば、ほぼ確実に沈められます」


 流れは攻撃ありきだった。このままでは、晋級潜水艦が沈められる。

 舞は急ぎ発言した。


「でも、まず、呼びかけてからにしたほうがいいんじゃないですか」

 神流毘栖が罵るように冷たい声で返す。


「馬鹿か、舞。深度五百では、呼び掛ける手段が存在しない。あったとしても、こちらの位置を知らせる事態になる。敵性原潜に位置を知らせれば、こちらが逆に沈められるかもしれないぞ」


 神流毘栖はプイと画面に向き直って呟いた。

「まあ、私はいつ死んでもいいけどな」


 神流毘栖の指摘する危険は、もっともだと思う。が、心配事は他にもあった。

「晋級は弾道原子力ミサイル潜水艦なんですよね、だったら、攻撃した場合、原子炉からウランが漏れて、海が核によって汚染されませんか」


 神流毘栖が舞を見ずに、反論した。

「当たり前だろ、舞。汚染はパラオに近ければ近いほど、パラオが被害を受ける。沈めるなら、早いほう良いんだ」


 舞は艦長を見た。艦長の顔には躊躇いも迷いもなかった。おそらく、艦長はすでになんらかの決断をしているのだろう。が、舞には艦長の決断内容がわからなかった。


 艦長が静かに号令を下した。

「戦闘態勢を維持したまま静止。解析値は計算しておけ」


 魚雷を正確に命中させるには、深度と距離と相手の航行速度の他に水深、水温、潮流の速さ等が影響を及ぼす。故に、正確に命中させるためには解析値という数値が必要になる。


(艦長は晋級潜水艦をどうする気なのかしら)

 艦長が様子を見ると宣言すると、ベッキーも神流毘栖も口を挟まなくなった。

 艦内が静かになる中、正体不明の原潜は、ゆっくりとブリタニア号のいる方向に近付いてきた。

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