第17話 初任務で核戦争勃発?(六)

 また、あるとき、舞は発令室の机で勉強していた。

 発令室には神流毘栖がいた。が、神流毘栖との会話は一切なかった。


 神流毘栖が舞の邪魔をしないように気を使っている。というわけではなく、神流毘栖は舞を置物のようにしか見ていないようだった。


 神流毘栖とは、まだ打ち解けていない。神流毘栖から話し掛けてこないせいもあるが、舞も勉強に忙しかった要因が大きい。


 艦長がスーッと寄ってきた。舞は気を引き締めた。

(来たわね、口頭試問の始まりだ)


 艦長は舞の正面に来ると、いつもの調子で質問を投げ掛けてきた。

「陸の見えない沿岸部で、GPSが使用不可能になった。辺りを行き交う船舶もない。君なら艦の方向と位置を、どうやって知る」


 現代の航法はGPSなしに成り立たない。そのため、GPSを受信する装置の品質は格段に上がっている。使用不能な事態は、あまり起きるとは思えない。


 舞は考えた。が、方法が思いつかず、結局、教科書的な回答をした。

「六分儀と星球儀を使って、十海里の三角形を作って、艦の位置を決めます」


 発令室にいた神流毘栖が舞の答に噴き出し、鼻で笑われた。

 艦長はまたも、残念かつ哀れみを込めた表情をした。


 いつ見ても、艦長の残念かつ哀れみを込めた表情に悔しく思いをさせられる。

 舞の答を聞いていた神流毘栖は冷たく、酷評した。


「二十一世紀初頭の答だな。今は、空を覆うアプス水の影響で、星空なんてめったに出ない。舞の方法だと、かなり運に頼る事態になりそうだ。というより、六分儀と星球儀なんて、舞は使えるのか?」


 艦長も同じ言葉を舞に言いたそうだった。

 確かに、一度も天体観測から位置を割り出した経験は、舞にはない。が、答は天体観測しかないはず。


 舞は艦長から視線を逸らし、神流毘栖に聞き返した。

「じゃあ、どうすればいいんですか」


 艦長は不機嫌な顔で、呆れたように言う。

「私は、舞君に質問していたんだが」


 艦長は舞に背を向け、去ってしまった。

 舞は艦長の背中を黙って見送るしかなかった。些細な行き違いで恋人と喧嘩した後のような自己嫌悪に陥った。


(今回は今までの中で一番の出来の悪さだ)

 舞と神流毘栖が発令室に残され、重苦しい沈黙が二人の間に流れる。


 神流毘栖は何も言わなかった。それは、きっと神流毘栖も舞を見限ったからだろうと、舞は思った。


(私には、力がない)

 神流毘栖の言葉にイラッと来たのは確かだ。が、舞の力量からすれば、当然の評価なのかもしれないとさえ感じた。


 舞の落ち込みと、二人の間の沈黙を破り、声を出したのは神流毘栖だった。

 神流毘栖が立体ディスプレィを見ながら、大きな声で独り言のように話した。


「沿岸部なら、ラジオくらいは聞こえるだろう。ブリタニア号には世界中の詳細な地図、海図、海底の地形図が記録されている。地図には、ラジオ局の位置も載っている。アジア・オセアニアの一月分のラジオ局の番組表も記録している」


 舞は最初、神流毘栖が何を言いたいか、すぐにはわからなかった。が、すぐに神流毘栖がさっきの答のヒントを教えてくれていると理解した。


 舞は神流毘栖の言わんとする答を理解した。

(そうか、慣れない天体観測より、精度が高い電波的な方法をまず考えるべきだったんだ)


 潜水艦なら、電波が飛んでくる方向がわかる。使用している周波数がわかれば、地図からラジオ局の位置を特定できるので、艦の方向が得られる。


 A局とB局の二つのラジオ放送が受信できれば、大体の距離もわかる。

 電波が飛んで来る方向から、A局と艦を結び、地球のカーブを考慮して円錐曲線Aを三次元的な地図上に引く。


 次に同じように、B局と艦を結び地図上に円錐曲線Bを引く。AとBが交わった場所から大まかな位置が求められる。


 得られた大まかな位置から、近辺の海底地形図を検索する。現在いる海底の地形を、ブリタニア号のコンピューターに照合させれば、三分と掛からずに位置が得られる。


 西暦二〇〇〇年ならロランやオメガと言った電波航法が使えた。だが、GPSの発達した現代では、電波航法用の放送局が必要なくなり、廃棄された。


 電波航法は、航海史の教科書には載っている。されど、現在の教本から消えた存在となっていたので、舞は気付かなかった。


(気付かなかったのは、言い訳だ)

 現に、ブリタニア号の機能と所持する情報を把握していた神流毘栖は、短時間に正解に辿り着いた。


 舞は無知を恥じ、神流毘栖のさり気ない優しさに、感謝した。

 小さい神流毘栖をベッキーと比べ、心の片隅で侮っていたのかもしれないと、舞は気づかされた。神流毘栖は、やはり先輩なのだ。


 艦長は舞の応用力を試すと同時に、神流毘栖に対する態度を自覚させ、改めるように促したかったのかもしれない。


(私って、駄目ね)

 舞は立ち上がると、神流毘栖が好きなチェリー・ソーダを艦内の自販機で購入した。


 舞はチェリー・ソーダを神流毘栖の机に置いて、謝罪を込めながら、礼を述べた。

「教えてくれて、ありがとうございました」


 神流毘栖は目も合わさず、何も言わなかった。が、舞が席に戻ると、プシュと神流毘栖が缶を開ける音がした。


 舞は翌晩から、英語にも力を入れて勉強した。神流毘栖には頭を下げたが、負けっぱなしはやはり癪だ。神流毘栖に勝てる物が一つくらい欲しい。


 神流毘栖が英語が得意ではないとベッキーが言っていた。幸い英語なら、高校までは五だ、自信がある。

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