第16話 初任務で核戦争勃発?(五)
一週間が経過した時点で、更に大きな別の大きな問題が存在するのに舞は気付いた。
ベッキーの態度だった。
ベッキーは最初、面倒も良い明るい人からと思った。が、長く同じ艦で過ごすと、見えてくる物もあった。
ベッキーはスキンシップが過剰だった。最初はよく舞の体に触れてくるのも、教えるのが熱心なのかと思った。が、習熟して体を触る必要がないのに、触れてくるようになると違和感を持った。
最近はベッキーの視線をよく感じるようになった。また、艦が狭いせいもあり、偶然なのか、交代で風呂に入るときは頻繁に脱衣所でベッキーに遭遇した。
手を伸ばせば届きそうになる自室の天井を見ながら、疑惑を口にした。
「うーん、ベッキーってそっちの趣味があるのかな」
舞は即座に思いついた考えを否定する。
「いや、そんなことないよね。ちょっと閉鎖された空間で、限られた人間関係のせいで過敏になっているだけよ」
男ならセクハラで艦長に相談したいところだ。ただ、相手は女性でしかも、良い関係を構築できた教育係であるベッキーだ。艦長に話を持っていってこじれるのは、嫌だ。
リタや神流毘栖に相談するのも、ベッキーに対して仲間ウチで陰口を叩くようで、舞の性格からできなかった。
潜水艦はほとんど水中の深い所にいるので、外に連絡を取れない。相談する相手はどこにもいない。
「潜水艦ってある意味、水や空気と同じくらい、人間関係が重要なのね」
舞はベッキーに対する誤解を解こうと、よくベッキーを観察した。
ベッキーの神流毘栖に対するスキンシップより、舞に向けられるスキンシップのほうが濃厚に思えてきた。
リタはリタで、舞に対する態度と同じく明るいのだが、ベッキーのスキンシップを巧み避けているようも見えてきた。
ベッキーを観察すればするほど余計、深みに嵌って言った。
「ダメだ。どうしても、ベッキーの態度が気になる」
ベッキーと会わない日はない。話さない日もない。触られない日もない。
最初とても親しみを感じたベッキーに、苦痛を感じ始めた。
また、ベッキーが良い先輩だけに、舞は苦痛を感じる心に自己嫌悪を覚えた。
潜水艦という閉ざされた環境が、さらに舞に圧迫感を与え、舞の精神は少しずつ圧迫されていった。
舞はベッキーを避けて、独りで勉強していた。
すると、艦長がふらりと舞の許に来て、唐突に質問をしてきた。
「舞君、1982年のSkinnerの報告については知っているかね」
スキナーと言う名前には、すぐにピンと来なかった。素直に、「わかりません」と言おうとした。
けれども、艦長の舞いを見下ろす視線は、レストランの将来性を評価しにきた辛口評論家兼出資者のようだった。
視線はどこか冷たく、逃げるのを許さない雰囲気があった。
(だめ、とても、わかりません、とは言えない)
すぐに、脳内のマイクロ・マシンより検索を掛けた。艦長の尋ねたであろう、1982年のSkinnerの報告を見つけるまで、二分弱掛かった。
舞が調べている間、艦長は怒りも急かしもしなかったが、プレッシャーを強く感じた。
場の放つ重圧をから逃れるため、検索結果が出た所で、素早く概要を読み上げた。
「地球の水の分布についての報告ですね。地球上の水のほとんどが海水で人類が利用できる淡水は一%にも満たないとの報告です」
艦長は怒らなかった。
とはいえ、待たせ過ぎたせいか、顔には失望の色がはっきりと出ていた。
艦長が初霜のようにどこか冷たい言葉を舞に投げた。
「地球は水の惑星と呼ばれている。が、人間が簡単に利用できる淡水は、本来は地球上にある水全体の一%もない。WWO職員なら知っていて当然の常識だよ」
艦長は、水の分布を知りたかったのではないと思った。艦長は「目新しい潜水艦に気を囚われて、基本的な知識が欠落している勉強姿勢を改めなさい」と言いたかったのだろう。
(私はブリタニア号の乗員である前に、WWOの職員なんだ。学ぶべき事はまだいっぱいある)
艦長は舞に背を、向けると去り際に付け加えた。
「まあ、知識だけあっても、ダメだがな。地球上における雨の約八割は海上に降る。雨を陸地に降るように移動させれば、利用可能な淡水を増加させることができると昔の人間は考え、空にアプス水を散布した。空に散布されたアプス水も雨となり、空中から落下時に過剰なゼロ質量素粒子を水分子より放出する。アプス水は降雨の過程で空に拡散し、ただの水になるので人体には影響はないはずだった。だが、実際は大災害を引き起こした」
また、ある時、ベッキーとの講義を終え、舞は発令室でベッキーと雑談していた。
艦長が発令室から出て行く時に、思い出したように舞の許に来て質問をした。
「舞君、ソナーの種類は、わかるかね」
舞は、勉強したばかりの箇所だったので、自信があった。
「ソナーは二種類あります。発信して音を拾うアクティブ・ソナー。発せず音を拾う、パッシブ・ソナーです。艦首にあるバウ・ソナーはアクティブとパッシブ両方が可能です。艦体胴部のフランクアレイ・ソナーは、パッシブ専用です。船尾からは曳航用ソナー(TAS)を出せます。曳航用ソナーは艦体からの雑音を受けませんので、シグネチャ(音紋)を取り易く相手の目標種別に適しています」
舞は一気に説明を終えた。ベッキーをちらり見ると、ベッキーは「よくできました」という顔をしていた。
舞は「どうだ」とばかり艦長を見た。だが、艦長の質問は終わりではなかった。
「ソーサス(Sound Surveillance System)とソータス(Surveillance Towed Array Sonar System)についての説明も、して欲しいのだが」
舞の知らない単語だった。
すぐに答えられないと、再び艦長は残念かつ哀れみを込めた表情をして、去っていった。
ベッキーは気まずそうに声を出した。
「あ、ごめん。舞ちゃん。教えてなかったね。ソーサスってのは海底に設置される大型の装置で、潜水艦が通ると陸上の監視施設に潜水艦の存在を知らせるんだ。WWOが把握しているもので、世界の海に一万箇所ほど設置されているらしい。らしい、ってのは場所や数は機密にされているんだよ。ソータスは海洋監視艦に配備されている曳航ソナーの一種で、広範囲に潜水艦の音を捕捉するソナーだよ」
ソナーって、潜水艦に装備されている物だけじゃないんだ。確かに敵性潜水艦に備えるのに、こちらも潜水艦を使っていたら、結構な負担になる。
なるほど、重要なポイントには、監視に特化した装置や船舶を使ったほうが、効率がいいのか。
思いついた考えを確認するために、舞はベッキーに意識して尋ねた。
「二つは、組み合わせて使うの」
「うん、ソータスを搭載する海洋監視艦はソーサスより情報を絶えず受け、ソーサスと連携して海中を見張っているんだよ」
(海中って、全く目が届かないわけじゃないんだ)
ベッキーが教えなかったからと言って、ベッキーが悪いわけではないと舞は思った。
(焦りすぎなんだ)
ベッキーは優しく、舞の要望を聞いてくれる。舞は早く一人前になりたいと思い、あれもこれもとベッキーにねだり、勉強のペースを上げ過ぎたのだ。
結果、知識の取りこぼしという事態を招いた。艦長は浅く広く伸びていく舞の知識習得の態度に、警鐘を鳴らしに来たのだろう。
(焦る必要はない。もっと、腰を据えてやらないと。雑学になる)
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