第15話 初任務で核戦争勃発?(四)

 潜水艦は二十四時間ずっと休むことなく、目的地に向けて航行していた。舞は当然、潜水艦には夜勤というものが存在すると思ったが、夜勤はなかった。


 正確には、リタにのみに夜勤があった。リタは昼間を働き、夜勤もしていた。

 連続して夜勤をするリタは働き過ぎだと思い、心配した。


 夜、発令室に舞は顔を出した。

 発令室には一人、夜勤をしているリタがいた。


 舞はリタの名を呼んだ。だが、リタは返事をしなかった。リタの正面に回ると、リタが何もない空中をじっと眺めていた。


 もう一度リタの名を呼ぶと、数秒してから、リタは舞に気がついた。

 舞に気が付くと、リタの顔にいつも微笑みが戻った。


「舞、こんばんは。どうした。何か困ったことでもあったか」

「リタはずっと、働き詰めよね。辛くない」


 リタは白い歯を見せて、子供のような笑顔で答えた。

「リタはナポレオンと同じなんだよ。一日三時間しか眠れないんだ。それに、三時間も寝れば、元気いっぱいだよ」


 確かナポレオンはショート・スリーパーと言って、三時間しか眠らなかったらしい。とはいえ、リタは眠れないと言っている。


 舞は漠然と思った。夜のリタは少し変だ。昼も明るいが、もっと落ち着いた感じがある。

(奇病のせいかな)


 奇病が睡眠を奪い、リタの置かれた状況を無視して、明るくなるように性格を変えているのではないだろうか。


 艦内にいる人間は誰もが、どこかおかしい。悲観的になるよりは良いのかもしれない。だが、悲しみを奪われるのも酷く残酷な症状と思う。


 舞はそっと、リタの気持ちを正直に聞いた。

「ねえ、リタ。夜一人で夜勤をしていて、寂しいとは思わないよ」


 リタは間髪を入れずに答えた。

「思わないよ。だって、皆いるから」


 確かに艦内には人がいる。が、リタ以外は全員が寝ているか、居室にいる。

 朝まで発令室に来る者は普通、誰もいない。


(やっぱり、リタは変わっている)

 舞の心中を知らないリタは海図の画面を見ながら、舞に子供のように、問いかけた。


「ねえ、舞、知ってる。噂だと、パラオには怪獣がいるんだよ」


 もちろん、舞は怪獣の噂なんて知らない。というより、舞はオカルト、UFO、UMAについては詳しくなかった。


「御免、知らないわ」

 リタは少しハイになって、小学生のように得意げに舞に教えてくれた。


「パラオの海中には怪獣がいてね、通り掛かった船の底に、槍のような尖った舌を突き刺して、船を沈めちゃうんだよ。怪獣に襲われた船は全部、沈むんだって。そんでもって、乗っていた人も皆、食べられちゃうらしいよ」


 リタの子供っぽさに微笑んで尋ねた。

「そう、それは怖いね。でも、船が全部、沈んで、皆が食べられちゃうなら、どうして広い海で怪獣が船を襲っているってわかったのかしら」


 リタは舞の言葉を聞いてポカンとしてから、気が付いたように声を上げた。

「はっ、そうだ、パヨーム兄に騙された」


 舞はリタの態度を笑うと、リタも白い歯を見せて一緒に笑った。リタと少し他愛もないお喋りをしてから部屋に戻ろうとした。


 発令室から出る時に振り返った。リタは先ほどと同じように何もない空中を見つめていた。

 目的地までは、まだ、だいぶ時間があった。


 舞には覚えなければいけない知識が多い。舞のブリタニア号での日々はシミュレーターを使った訓練と演習漬けにスケジューリングされた。


 舞は潜水艦どころか、巡視船にすら乗った経験がなかった。軍にいた経験もなければ、銃を握った経験もなかった。


 ド新人からのスタートのため、覚えなければいけいない知識や技術は多かった。

 軍隊式の厳しい研修を覚悟していたが、ベッキーは優しい先生で決して怒らなかった。わからない点は何度でも繰り返し、わかるまで教えてくれた。


 ベッキーはいつも明るい。時折、兵士らしく、上品とはいえない冗談を交えて話した。ベッキーの言う冗談は、良い具合に舞の緊張をほぐした。


 ベッキーは勉強に意気込む舞を気にしてくれたのか、最初に優しい言葉を掛けてくれた。


「新兵だって、ひよこクラスになるには一年、使い物になるのに三年は掛かるんだ。ゆっくりやったらいい。覚えるまでは私がフォローするし、私がちゃんと舞ちゃんを守るから心配しなくていいよ」


「いい先輩だ」と、最初は素直に思った。

 だが、舞はベッキーの態度に甘えるような真似はしなかったし、したくもなかった。


 幸い、艦長が配慮してくれたのか、仕事量はあまりなかった。おかげで、勉強時間は充分にあったので、舞は勉強に励んだ。


 舞は日々の勉強の中で、やっていけそうな自信を高めた。

「うん、知識は、どうにかなりそうね」


 艦内では全て順調――とは、行かなかった。潜水艦には乗員の体力が落ちないように簡単なスポーツジムが備え付けられていたが、さすがに訓練施設はない。


 ベッキーが言うには、本来、潜水艦に乗る前には最低、防火、防水、個人脱出、救難艇による脱出訓練をする。が、どれも本格的にやるには潜水艦の航行中には不可能だった。


 銃の扱いについては知識を学んだ後、波や風がない晴れた日に一度だけ試射をした。


 試射は艦橋セイルから海洋に向けて、ヘッドマウント・ディスプレィ越しに的をライフルやハンドガンから射撃する。


 弾には機械が埋め込まれていて、着弾点をシミュレーターが計算して的に当たったかどうかを判定する。結果は散々だった。


「銃の扱う才能、ないのかな」

 ベッキーは舞の肩を叩いて励ました。


「反動に慣れてくれればいいよ。舞ちゃんの射撃データが取れたから、データを舞ちゃんの脳内マイクロ・マシンに、射撃支援ソフトと一緒にフィードバックしておくよ。次からは的の端には当るようになるって。後は練習あるのみだよ。私もとことん付き合うよ」


 舞は銃の訓練をしていて、ふと疑問に思った。


(銃の訓練って確かに必要だけど、潜水艦に乗るなら魚雷とかの発射法を先に覚えたほうがいいんじゃないの? それとも、魚雷の発射は重要だから、すぐには教えないのかしら)

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