第14話 初任務で核戦争勃発?(三)
艦長が外来患者の診察に忙殺される医師のように、素っ気なく見解を述べた。
「九十九%以上の確率で君に起きたのは、アプス水の水分子が引き起こす、酸素抱き込み効果による一過性の虚血性貧血と突発的な頭痛だ」
(私に起きたのは、アプス水による一時的な脳の障害)
脳の障害なら、頭に傷がないのも説明が付く。が、問題もある。脳にまでアプス水が影響しているなら、病気はかなり進行しているのではないだろうか。
舞の頭の中を冷たい感情と、熱い混乱が層をなした。
舞はベッドのタオルケットをギュッと掴み、不安をぶつけた。
「私、あとどれくらい生きられるんですか」
艦長が淡々と告げた。
「わからない。もっとも、いつまで生きられるかは、ベッキー、神流毘栖、リタについても不明だ。明日かもしれないし、十年後かもしれない。だが、残りの寿命を気にして生きるのは、前向きだとは思えないな」
舞は来ないかもしれない明日に怯えていたベッキーを思い出した。
ベッキーは既に諦めていた。今なら少しベッキーの心境がわかった。
「でも、希望はないんですよね」
艦長が静かに命令した。
「よし、舞。希望を目の前に出しなさい」
舞は艦長が何を言いたいのか理解できなかった。また、どうしていいかも、わからない。
艦長が次なる命令を発した。
「出せないかね。じゃあ、絶望を前に出しなさい」
「希望も絶望も、見せられるものではありません」
艦長が頷いて、舞を優しく諭すように声を掛けた。
「そうだな。じゃあ、両者は存在しないんじゃないか」
いささか強引な艦長の答えに舞は抗議した。
「そんな、ことありません、心の中に絶望はあります」
「じゃあ、心の中を変えたらいい。心の持ちようは変えられる」
舞は自身の苦しさに、ベッキーの見せた苦しさを重ねて、苦痛を告白した。
「でも、ベッキーは認めているって」
艦長は舞を見据えて学者として、説得するように持論を述べた。
「暑いと寒いは正反対だが、温度という観点から見れば同じだ。希望と絶望も、そんなものじゃないのかね」
艦長は舞が何かを言い返す前に、今度は強い口調で付け加えた。
「確実なのは、ベッキーは今も生きている。君も今、生きている」
何か言おうと思った。でも、艦長の静寂に包まれた夜の砂漠のような瞳を見ていると、言えなくなった。
艦長も奇病の発病者だ。が、艦長は病気に恐怖を感じているようには見えなかった。
恐怖を感じない人に、今の舞の心境など、理解してはもらえまい。
舞は議論を諦めた。
「わかりました。希望論については、また今度、話をさせてください」
艦長は立体ディスプレィを展開して舞に命令した。
「点滴が終わってからでいいから、一つ文書を作成してくれたまえ」
「了解しました、速やかに作成します」
舞は報告書の類だろうと思って、画面に触れ、文書フォーマットを開いた。
艦長が作成を依頼した文書は、舞の遺言状だった。
舞は絶句した。が、艦長は舞の態度を全く気にせず、授業が終わった教師のように、医務室から出て行った。
艦長が出て行った扉に、怒りの言葉を投げつけた。
「な、なんてひどい人」
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