第13話 初任務で核戦争勃発?(二)

 舞は艦長室を出て発令室に戻ろうとした。発令室に向かおうとした時、舞は背後で気配を感じた。


 振り向くと、視界の端の曲がり角に影が映った。

 何気なく、舞は呼びかけた。


「ベッキー、リタ」

 舞は、該当しそうな人物名を挙げたが向こうから反応はなかった。

 気のせいかと思って、発令室に戻ろうとしたが、気になったので角まで行って確認する。


 が、誰もいなかった。

「六人目がいるのかな」


 可能性は、なくはない。案内されなかったから医務室の中を見ていない。ひょっとしたら、医務室の中に病気の人が寝ていたという可能性もある。にしても、ベッキーの性格を考えると紹介をしなかったとは思えない。


 潜水艦は海の中だ。当然、外部から人が入って来るとは思えない。

 慣れない緊張のせいで、交感神経が高ぶっているのかと思った。


「気のせいか」

 今度は通路の奥から、数歩だが足音が聞こえた。


 舞は気になり、足音が聞こえた方角に歩いて行った。足音を追って階段の所まで来ると、艦尾に向かう人の黒い頭が見えた。


(黒髪? ということは、リタ? でも、なんで)

 ベッキーの説明では、艦尾には機械室と発電室しかない。


(リタは機関士も兼ねているの?)

 でも、機関士兼任なら、ベッキーは紹介の時にきちんと説明するはずだ。


 舞はリタと思われる人物を静かに追った。

 機械室は静かに動いていた。異常はない。人影もない。


 機械室は広くはないが、整備や保守の関係上、隙間や空間があった。

 視界を巡らしリタを探した。が、リタは見当たらなかった。


 小柄なリタなら、機械室をよく知らない舞からは、完全に隠れられるだろう。

 リタに隠れられてしまったら、今の舞には見つけられない。


 奥の発電室へと続く、そっと丸扉を開けた。

 発電室も機械室と同様に、誰もいなかった。


 中に数歩そっと足を踏み入れ、中を見渡す。だが、誰もいなかった。

「やっぱり、気のせいか」


 発令室に戻るために、機械室に戻ろうとした。直後、頭に衝撃を感じ、気を失った。


 気が付いた時、白い天井の部屋にいた。舞はベッドに横たわっていた。

 視界をぼんやり動かした。すると、右手には、一昔前の血圧計を思わせる、自動点滴装置がついていた。


 自動点滴機の反対側から艦長の声がした。

「気が付いたようだね。点滴が終わるまでは、横になっていなさい」


 舞は上半身を起して、自身に起きた事件を説明しようとした。

「艦長、私、不審な人影を見て尾けていったら、誰かに背後から頭をハンマーのような物で殴られたんです」


 他のクルーに恨まれる理由はないだけに、襲われたのはショックだった。

 神流毘栖からは下に見られている節があるが、いきなり殴られる道理はない。


 艦長が椅子に座ったまま、舞が襲われた状況を黙って聞いた。

 艦長が、舞の話を全て聞き終えてから冷静な言葉を掛けた。


「舞君が他のクルーに襲われたとしたら問題だな。生憎、艦内には舞君の他四人しかおらず、誰しもがアリバイの立証は不可能だ。つまり、私も含めて誰にも犯行は可能だった」


 艦長の言葉に、舞は上から蛭が降ってくるような恐怖を感じた。

 潜水艦の中なら犯人は内部の人間だ。もし、舞を狙っているのなら逃げ場はない。


 艦長の考えは違うようだった。艦長が静かに説明した。


「君はハンマーで頭を殴られた、と言う。すると、気になる点がある。舞君の頭部には目立った外傷もない、脳の検査でも皮下に微量に出血した痕もない。殴られたにして妙だと思わないかね」


 艦長の言葉に、すぐには納得がいかなかった。頭を殴られた痛みは確かにあったのだ。


 舞は艦長の言葉を受け入れられず、艦長を思わず疑った。

(艦長が犯人なら皮下出血の痕をごまかせるかも)


 舞は艦長の顔を見たが、すぐに艦長犯人説は愚かな考えだと気が付いた。

(凶器がハンマーのような短い物なら、身長を考慮すると、神流毘栖にはギリギリ可能かもしれない。でも、艦長には無理ね)


 舞は左手で殴られた場所を触ってみた。すると確かに瘤などはできていなかった。

(あれ、そういえば今は、もう痛くない。瘤も、ない)


 殴られたのであれば、痛みはすぐに引かないだろう。

 舞は別の事実にも気がついた。


(殴られたのは側頭部で角度は斜め後ろから。ということは、犯人が背後から鈍器で殴ったのなら、左利き。だけど、艦内には左利きの人はいない。つまり、犯人なんていない?)

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