第11話 働く前から限界かもしれない(六)
ベッキーに一通り、ブリタニア号を案内してもらった舞は、発令室に戻ってきた。
発令室には、艦長と神流毘栖がいた。艦長は他の席より一段と高い立派な席に、深く腰掛けていた。
艦長は舞が戻ると、舞に確認した。
「これから本艦は、アプス水による長雨を消す実験のために、パラオ沖に向けて出発する。出発すると、もう艦を降りるわけにはいかないが、いいかね」
舞は深々とお辞儀をした。
「よろしく、お願いします。艦長」
ベッキーが舞に、空いている席の一つに座るように促した。
舞が席に座ると、ベッキーも席に着いた。
艦長が「出発せよ」の号令を掛けると、舞の座る席の前に六つの立体ディスプレィが表示された。
立体ディスプレィには文字や数字が刻々と表示されていく。舞がどれを見ていいかわからずに困っていると、ベッキーの声が上がった。
「舞ちゃんは取りあえず、何もしなくていいから。画面を眺めていて。艦が安定したら、手取り足取り、色々教えるから」
舞は黙って、ベッキーの言葉に従った。画面の意味はよくわからない。が、どうやら艦は目的地に向けて、進んでいるらしい。
速度を表すパラメーターが徐々に加速され、四十ノットを指し示した。
(一ノットは毎時、一・八五二㎞だから、時速換算で約七十四㎞か。結構な速さね。でも、最高速度が八十ノットっていうんだから、驚きだわ)
舞はブリタニア号の性能を見て、驚いた。
(ブリタニア号って動力に、静音スクリューの他に、スクリューの加速を補う、水分子誘導ドライブが搭載されているのね)
水分子誘導ドライブとは表面の水を超短時間だけアプス水に変換して、水流を発生させ加速させる装置だ。
単独使用すれば、音的にも艦が海流中の水の塊のように偽装されるので、全く感知されなくなる。もっとも、完全に偽装して進むには、速度十ノット以下しか出せなくなるので、単独で使用する機会はないのかもしれない。
潜水艦には窓はないので、外の景色は見えない。だが、艦は動いているのがわからないほどに、とても安定し、とても静かだった。
(潜水艦って、もっとうるさいものだと思った)
舞には意外だった点がもう一つあった。軍艦といえば、命令を大きな声で発声し、復唱するのが常だと思った。が、課長は何も命令せず、ベッキーや神流毘栖も無言だ。
(AI操作による出発なのかしら)
でも、そうなら、揺れも音もないのだから、席に着いていなくても良さそうなものだ。
舞は画面を見ていると、AI操作ではないであろうと推察した。
画面の一つにRebecca、Captain、Cannabisという文字が表示され、英文が続き、rogerやpermitという単語が現れて、色が変わっている。
音声を通さないで遣り取りしている。おそらく、体の中に組み込んだマイクロ・マシンを通して三人は遣り取りをして、画面で確認しているのだろう。
舞は画面上の遣り取りから、疎外感を持った。が、すぐに思い直した。
(画面を見ろというのなら、画面を見るのみ。いつまでも、神流毘栖に馬鹿にされるのは癪だもの)
舞は考古学者が碑文を読むような心境で、画面が何を表しているのかを読みとろうと努力した。
しばらくすると、背後でベッキーが舞を呼ぶ声がした。舞が振り向くと、ベッキーが目元に指を当てて、クルクルと動かしている。
「舞ちゃん、集中しすぎ。今からそれじゃあ目が凝るよ」
顔に手を当てて、そっと目じりをほぐし、笑顔をイメージしてみた。
舞は集中すると、目が悪鬼を睨む不動明王のように怖くなると、ガーファンクルから指摘された過去があった。
ベッキーが頷く。
「そうそう、スマイル、スマイル。せっかくの美人が台なしだよ。じゃあ、まず――」
ベッキーが舞いにグッと近付き、説明を開始しようとすると、艦長が割って入ってきた。
「説明は、後でいい。舞君、ちょっと艦長室に来なさい」
急に艦長から呼ばれた舞は、驚いた。艦長は舞の返事を待たずに立ち上がると、艦長室に向かって歩いて行った。
舞はベッキーを見るとベッキーは「仕方ないね、行っておいで」と言わんばかりに肩を竦めた。
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