第7話 働く前から限界かもしれない(二)
舞はベッキーが立っている翼に上がった。
ベッキーは髪が短いせいか、どことなく、男っぽい印象があった。だが、近くで見ると、綺麗な女性だった。
(目鼻立ちがはっきりした顔と名前から、日本人とヒスパニック系のハーフなのかな)
やはり気になるのは、ベッキーの髪の色だ。舞は自然とベッキーの青い髪に目が行った。
ベッキーが舞の視線に気が付いた。
「あ、これね。別に染めているわけじゃないんだ。奇病に感染して、アプス水が毛根の遺伝子に入ってね、色が変わったんだ。最初は気になったけど、今では、もう慣れたよ」
(水分子奇病になると、外見が変わるんだ)
舞は自分の黒い髪を、そっと摘んだ。
ベッキーは、サバサバと笑った。
「ああ、でも、奇病に感染しても、全員、髪の色が変わるわけじゃないよ。もっとも、南国の鳥みたく、七色になるかもしれないけど」
舞は青い髪を見て、虎と遭遇した時のWWOの職員を思い出した。
「あれ、ひょっとして、以前、日本でお会いしませんでした?」
ベッキーは少し考えてから、笑顔で答え、握手を求めてきた。
「いや、初対面だと思うよ。だから、これからよろしく舞ちゃん。私のことは気軽にベッキーって呼んで」
舞は握手を返しながら思った。
(虎と遭遇した時に会ったWWOの職員さんは、防護服で顔がよく見えなかったから、別人なのかもしれない。いや、青い髪なんて普通ないからきっと、見間違いだったんだわ)
舞はベッキーの爽やかな笑顔に好感を持った。
「よろしくお願いします。それで、ベッキー。WWO奇病対策課って潜水艦で移動するの」
ベッキーは機嫌よく説明してくれた。
「ああ、潜水艦は移動用じゃなくて、職場だよ。まあ、ウチの係は実働部隊だからね」
(あれ、なんか話が違うわよ)
仕事はお役所で事務員だったはず。事務系の係には総務、庶務、給与、すぐやる係、なんでも係、はあれど『部隊』という単語はとつく係は軍隊を除けば存在しない気がする。
デスクがある場所が潜水艦の中というのも奇妙この上ない。
ベッキーは人違いをしているのだろうか? でも、ベッキーは、はっきりと舞の名を呼んだ。つまり、人違いではない。
舞は心の中で呻いた。
(実働部隊! なんか、嫌な予感がする)
また『騙されたのでは』という感覚を覚えつつも、尋ねた。
「でも、事務職なら何も潜水艦の中でやらなくても」
今度はベッキーが「おや?」という顔をした。
「事務職? 確かに書類の作成をやるけど、書類作成はメインじゃないよ」
頭に傭兵という言葉が浮かんだ。が、舞は傭兵という言葉を避けたいがために、別の言葉を口にした。
「え、じゃあ、労務作業、とか」
職場が水中の密室である潜水艦なのは、もうこの際、きっぱり譲歩しよう。仕事はコックや掃除係でもいい。だが、戦闘員は拒否したい。
ベッキーが怪訝な顔をした。
「あれ、ひょっとして詳しく聞いていないの? 軍隊にいた経験とかは」
「ない、けど」
軍事関係者歓迎とは、求人票には載っていなかった。いや、『軍人さん歓迎』や『重火器扱える方優遇』とあったら、ここには来ない。
ベッキーが舞に背を向けて、艦橋セイルの中に入った。
「まあ、従いておいでよ。他のクルーを紹介するから」
舞はベッキーの背中からまいったな、こりゃ、話が違うよオーラを感じた。
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