第二章 傭兵企業に勤めることになりそうだけど、働く前から限界かもしれない
第6話 働く前から限界かもしれない(一)
青い空、白い雲、照りつける太陽と爽やかな風。と、南国の島がリゾート地だったのは昔の話。
現在は空は綿埃が舞い上がって層をなした汚い灰色。風は生温く、瀕死の病人の吐息のように弱い。
辺りを漂う空気にしても、快適とはほど遠い。空気は、古民家の使い終わったばかりの夏の風呂場のように、多量の湿気を含んでいた。
舞は汗ばむ体に、不快感を覚えながら、舗装された港に一人ぽつんと立っていた。夕刻の港には人気が皆無だった。
島全体はWWOが管理しているので、女性が夜一人で歩いていても問題ないほどに治安は良い。が、あまり長居したくない環境だった。
「そういえば、海面から手足が付いた鮫人間が現れて人を襲うホラー映画があったけど、こんなシチュエーションだったっけ」
舞は、自分の発した言葉に、軽く身震いした。
嫌な想像を避けようと、脳内のマイクロ・マシンにもう一度アクセスして、ガーファンクルから受け取った地図情報を確認した。
「やっぱり、ここ、よね」
地図の示す場所に、間違いはなかった。何度も付近を確認したが、無人の無機質な灰色の港が広がるのみで、全くと言っていいほど職場となる御役所らしき建物はない。
念のため、GPSで自分の位置情報も確認した。やはり、間違ってはいなかった。
正確には、指定された場所から少し離れた場所に倉庫か工場のような建物がある。が、建物には灯りがなく、人の気配もなかった。
舞は今は使われてない施設かと思った。けれども、大きなステンレス製のゴミ箱にプロペラと射出型スタンガンがついたような警備ロボが空を巡回しているので、廃墟ではないのだろう。
「ガーファンクルおじさんの話だと、職場に住む所が一緒にあるから行きなさいって言われたけど、どこにもそれらしい場所はないわね」
ガーファンクルが間違って地図を渡したのかと思い、再度ガーファンクルに連絡を取ろうとした。ガーファンクルは診察中で話ができなかった。
求人票にあった連絡先に電話を掛けても電話が繋がらず、留守電になっていた。
「開庁時刻が終わって、代表電話が留守電になったのかな」
仕方なくガーファンクルから連絡がくれるのを待っていた。
すると、水面が規則正しく揺れた。何かが海中を進んで舞に向かってくるのが見えた。
魚にしては大きすぎる、鯨だとしても、港に向かって進んでくるとは思えない。
心に先ほどのB級ホラー映画が浮かんだ。思わず数歩、びくっと後ずさった。
水面の揺れは、明らかに舞に向かっていた。舞は逃げ出した。
港に背を向けて走っていると、背後で巨大な何かが水面に浮上した音がした。
遠くから舞の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「おーい、舞ちゃーん。こっち、こっち」
舞は自分の名を呼ばれて立ち止まり、恐る恐る振り返った。
港には翼がついた黒い塊が飛び出していた。黒い翼の上には人が立っていた。黒い翼の上に立つ人は青い帽子を被り、青い作業着を着ていた。
青一色の人物は声を上げた。
「私は、レベッカ・
声はハッキリと聞こえるほどに強かったが、女性独特の甲高さがあった。
(あ、女性なんだ)
心の中の動揺が止み、女性の声に安心感を覚えた。
ベッキーに向かって早足に歩き出し、元気よく声を出した。
「今度お世話になる、若水舞です。よろしくお願いします」
舞は最初、ベッキーは青い帽子を被っているのかと思った。ところが、違った。
ベッキーの髪が青色だった。ベッキーは青い髪をスポーツ選手のように短く刈り込んでいたので、パッと見に、青い帽子を被っているように見えたのだ。
ベッキーは快活に挨拶をした。
「ようこそ、潜水艦ブリタニア号へ。歓迎するよ」
舞は港に近付き、端から下を見た。すると、金属ともゴムとつかない黒い板のような物体が港に横付けされ、海面に浮かんでいた。
舞は素早く視線を走らせた。
(艦は全長が七十m、幅が七mくらいか)
全長七十mくらいなら、民間の乗り物なら大きな部類に入るのだろう。とはいえ、潜水艦といえば軍艦というイメージがある。
(潜水艦の七十mは、小さいのかな)
舞は次に、港と潜水艦の間の距離を測った。
(潜水艦と港の間は二m弱くらいか)
立ち幅跳びの自己ベストは三m二㎝。二、三歩ほども助走を付ければ、まず跳べる。が、うっかり足を滑らせれば海の中、という状況は痛い。
ベッキーに近付くために、潜水艦の甲板まで跳ぼうかと考えた。
すると、港からゴム質の板がスルスルと延びて来た。ゴム質の板は、潜水艦から突き出している台形上の黒い塊まで伸びた。
板を渡り終えると、ベッキーから指示が飛んだ。
「舞ちゃん、今、昇れるようにするから、艦橋セイルを上がってきて」
おそらく、潜水艦から飛び出す台形の物体が、艦橋セイルと言うのだろう。ほどなくして艦橋セイルの側面から、取っ手が幾つも浮き上がり、昇れるようになった。
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